世の中には、「仮定の話ができない人」がいる。
私がそのことを初めて強く意識したのは、プロジェクトで「リスク管理」の話をしていた時だ。
リスク管理は、基本的には「仮定の話」を中心に進む。
例えば、「ここで要件が変わったらどうする」とか、「協力会社の納期遅れが発生したらどうする」とか、そういう「致命的だけど、ありえない話ではないこと」をきちんと表に出してリストにし、一つ一つ影響度などを議論するのが、リスク管理の基本だ。
しかし、このような話に対して、コミュニケーションが困難、あるいは「聞かれたことを無視」する人もいる。
例えば
「要件を変えることそのものがおかしい」とか
「協力会社の納期遅れは我々の責任ではない」とか。
まあ、たしかにそうなのだが、今はその話をすべきときではないことくらい、わかるはずだ。
また、ひどいケースになると、リスク管理が必要と認めつつ、リスクの具体的な話になると
「やる気がないのでそういう事が起きる」とか
「私の経験では、そのようなことは一度も起きていない」と、言われたこともある。
いやいや、そもそも、事故は起こさないのは当たり前だけど、リスク管理なのだから、事故が起きた想定の話をしたいのですが、と言っても、それが理解してもらえない。
こうなるともう、リスク管理は機能しない。
「希望的観測」のみに依拠して進められたプロジェクトは、何もなく終わることもあるが、結局は運しだい、となる。
なぜ、仮定の話ができないのか
ではなぜ、彼らは仮定の話ができないのか。
「人類のIQの長期的な上昇」(フリン効果)の研究で知られるジェームズ・フリンは、仮定の話ができない人は「IQが低い」としている。
つまり、脳の機能の話だ。
実際、フリン教授は、
・仮定を真剣に受け止めること
・分類すること
・論理を使って抽象概念を扱うこと
の3つの分野に、IQの高さが顕著に現れるとしている。
中でも、「仮定を受け止める」について、フリン教授は父親との会話を引き合いに出す。
私と兄は、父を相手に人種問題についてよく議論した。
父が人種差別を擁護すると、私たちは「もし父さんの肌色が変わったらどうするの?」と食ってかかった。
すると、具体的な事柄にこだわる1885年生まれの父はこう言い返してきた。「バカも休み休み言え。肌色が変わった人なんて見たことあるか?」
また、仮定を受け止められない人の反応は、つぎの「ラクダとドイツのインタビュー」にもよく現れている。
問い:ドイツにラクダはいない。B市はドイツの都市だ。では、B市にラクダはいるか、いないか?
答え:ドイツの村を見たことがないからわからない。大きな街ならラクダくらいいるだろうさ。
問い:でも、ドイツのどの場所にもラクダはいないとしたら?
答え:そこは小さな村で、ラクダには狭いのかもしれないな。
仮定の話をしているにも関わらず、「見たことがないからわからない」と述べて質問を無視するのは、様々な状況を仮定しなければならない、複雑な仕事には不向きな特性であることは言うまでもないだろう。
もちろんこれは別に仕事だけではない。
「戦争になってしまったらどうすべきか」を議論したいのに、「戦争を起こしてはいけない」との回答。
「貧困家庭に生まれたらどうすべきか」を議論したいのに、「貧困は撲滅すべき」との回答。
「神が存在するとしたら」を議論したいのに、「私は神を信じていない」との回答。
彼らの言っていることは特に間違ってはいないのだが、残念ながら、生産的なコミュニケーションは取れない。
このように「仮定を真剣に検討しない」人は随所に見られ、軋轢を生んでいる。
複雑な仕事は苦手
したがって、仮定の話ができない人、つまり「オレの経験」を基にしてしか話ができない人は、マーケティングやマネジメント、そして冒頭に挙げたリスク管理など、複雑な仕事が苦手だ。
それは「他者の立場」「自分の経験したことのない条件」を仮定して思考することができないからだ。
他者の立場を推定する行為は、「仮定」に満ちている。
もし結婚していなかったら?
もし女性だったら?
もし地方在住だったら?あるいは海外在住だったら?
もし年収が200万円だったら?逆に1000万円だったら?
こうして条件を仮定し、推論を積み上げ、仮説を検証して、すこしずつ正解に近づけていくのがマーケティングやマネジメントであるため、「オレの経験一本」で勝負する、古いタイプの管理職などは、現代の複雑な仕事に耐えられない。
「仮定の話ができない人」の適材適所
したがって、彼らに対して、「仮説検証」を繰り返すタイプの仕事を与えてはならない。
おそらく早晩、行き詰まる。
逆に彼らに適しているのは、「あれこれと悪い想像をしない」ので、とにかく現場で行動をするタイプの仕事か、現物を相手に、手を動かして試行錯誤できるタイプの仕事だろう。
仮にあなたがマネジャーだったら、
「どうも仮定の話が通じないな」
「仮説検証が苦手そうだな」
と思ったら、これは良し悪しではなく、適材適所の話だと割り切って、別のタイプの仕事を割り当てると、結果を出してもらえるかもしれない。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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