森薫先生が描くキャラクターの「等身大の善良さ」と、その善良なキャラ同士が織りなすストーリー展開、優しい起承転結が、読んでいて物凄く気持ちいいなあという話をします。PR記事ではないです。

 

皆さん、森薫先生の漫画、お好きですか?「エマ」とか「乙嫁語り」とか、とてもいいですよね。

 

まず、まだお読みでない方がいらっしゃいましたら、漫画雑誌「青騎士」さんの公式紹介ページから、下記の作品を読んでいただけないでしょうか。話はそれからだ。

 

森薫『シャーリー・メディスン』最新話!

先日掲載された、森薫先生の「シャーリー」の最新話です。

 

シャーリーとてもかわいいですよね。テーブルの上に乗っかって布地切ってるところの真剣な表情と、自分の小物が評判になっているって聞いた時の嬉しそうな表情、無口さに反しての豊かな感情がとても分かりやすく表現されていて大変に好き。

 

20世紀初頭、エドワード朝下のイギリス。産業革命による社会構造の変化も段々と落ち着いて、比較的穏やかな時間が流れていた時代、カフェ「モナ・リザ」を営む女主人ベネット・クランリーと、彼女の家のメイドとして働いている13歳の少女、シャーリーの物語。

 

「シャーリー」は元々森先生のデビュー前の同人作品だったところ、エンターブレインさんから単行本化されまして、以降「ハルタ」や「青騎士」に不定期で新作エピソードが掲載されています。

大体2年に一回くらいの頻度ですかね?その「シャーリー」の最新話が上記のリンク先作品ということになります。

 

元より、シャーリーの新作が読める機会って非常に貴重なので、今回webで新作が読めただけでも大喜びしてしまって、紙の本で持ってるのに電子版の1,2巻ポチってしまったりしました。はやく3巻出ないかなーと心待ちにしております。

 

しんざきは「エマ」の頃から森薫先生の作品が大好きなのですが、今回「シャーリー」の最新作を読んで、ちょっと「森薫作品の大好き要素」を言語化してみたくなりました。

 

皆さんも、ぜひ「乙嫁語り」や「シャーリー」の単行本をうっかり手を滑らせてご購入いただきたいと思う次第です。よろしくお願いします。

 

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まず、「シャーリー」から一旦離れて、森薫作品全般の話から始めさせてください。

 

森薫先生と言えば、もちろんメイドに対するこだわりが凄まじい点と、衣装・布地・家具などの怨念すら感じさせられる凄まじい描き込み具合が有名です。

単に「描き込みの凄まじさ」を体験するだけでも、森薫作品に手を出す価値は十分にあると思います。

 

「乙嫁語り」の1話、ComicWalkerで読めるんですけど、1コマ目からモニターの前で軽くのけぞっちゃいますよね。

アミルの嫁入り衣装の布地模様、なにこれどうやって描いたの……?これだけで何時間かかるの……??ってなりません?

 

このレベルの描き込みが数ページに1回どころか、うっかりすると数コマに1回くらいの頻度で出てくるの、人間の理解出来る範囲を若干踏み越えていると思うんですが、とはいえ今回主に書きたいのは描き込みについてではなく、森先生のストーリー作り、キャラクター作り、展開作りについての話です。

 

森薫先生の作品の好きなポイント、今回書きたいのは以下のような点です。

 

・登場キャラクターの主体が「いい人」「善良な人」で、ストーリーを受け取る上でのストレスが少なく、読んでいて安心感がある

・それでいて話の起伏はきちんと作りこまれていて、読む上での爽快感もある

・「いい人」「善良な人」がただ善良なだけではなく、一人ひとりにキャラクターとしてのアクもあれば人間みもあり、とにかく描写が自然

・いい人たちによる「異物の尊重と受容」が読んでいてとても心地良い

 

まず、森薫先生の作品って、登場キャラクターに「いい人」が多いんですよ。

お話上明確な「悪役」「敵役」が描かれることも時にはある(「エマ」のキャンベル子爵とか、乙嫁だとハルガル一族のベルクワトとか)んですが、基本的には「あ、この人いい人だなー」「善良な人だなー」と感じられるキャラクターが、ストーリー展開の大部分を占めている。

 

「イヤなやつ」によってストレスをかけられることが少ない。まず、単純に「いい人たちが多くって、安心して読める」というところが、個人的にはとても大きなポイントの一つなわけです。

 

けれど、その上で、話の起伏というか、起承転結はしっかりと作りこまれていて、ハラハラさせられる時もあれば意外な方向に話が転がっていくこともあり、ピンチを脱して爽快感を得られる展開もある。

 

「読者にストレスを与えて、そこから脱することで気持ち良さを感じてもらう」って一つの定番の展開でして、「イヤなヤツが出てきて読者の反感を買った後、そのイヤなヤツを懲らしめて溜飲を下げる」なんてその代表的なパターンですよね。

 

もちろんこれが悪いという訳ではなく、面白ければ定番展開も全然アリなんですが、一方「善良なキャラクター」主体で起承転結を作りこむのって、それはそれで相当労力がかかることだとも思うんですよ。

 

お話上のトラブル発生を「イヤなやつ」に頼らない。いってみれば、「優しい起承転結」とでも言うのでしょうか。

これ、森薫作品の一つの特徴でもあると思うんです。

 

たとえば「乙嫁語り」で言うと、一人目の「乙嫁」であるアミルが嫁いだエイホン家の人たちって、みんなすごーくいい人たちばっかりなわけです。

思いやりがあって、他者を受容する度量があって、けれど相手との距離感もちゃんとわきまえている人たちばかり。

 

上記リンクの「乙嫁語り」の第一話で言うと、話の展開は「アミルが兎を狩りに行って、帰りが遅くなってカルルクが心配する」というだけなんですが、アミルが狩りをするシーンの躍動感もさることながら、アミルとカルルクを見守る周囲の人々の反応がすごーく善良なんですね。

 

本来アミルがやっていることって「エイホン家の文化にはなじまないこと」つまり異物な筈なんですが、アミルが飛び出して行っても嫌な顔をするわけでもなく純粋に心配し、アミルの弓の腕や料理の味には素直に、ごく自然に感心している。

もちろん戸惑うところでは戸惑うんですが、妬むでも蔑むでも大げさに持ち上げるでもなく、ごく自然にアミルに感心し、アミルを受容しようとしてくれているわけです。

 

アミルが子どもたちにせがまれて弓の腕を披露する場面、カルルクの父・祖父がアミルの弓に感心している描写があるんですが、この時の描写も決して大げさな感じではなく、「昔は決して珍しくなかった」という文脈の上で「見事なもの」と感心しているわけで、文化の隔たりや変遷と穏やかな受容を同時に描いているの、すごーく読んでいて気持ちいいんですよね。

アミルの料理を味わう時の驚きの反応も、決して大げさ過ぎず冷淡でもなく、とても自然で心地よい。

 

この辺、「いい人」「善良な人」の描写が等身大というか、決してただ「善良」なだけではない、という点も重要なポイントです。

 

例えば一話の当初はアミルが周囲に馴染めなくて手持ち無沙汰になってしまっている描写もあるし、結婚式ではアミルとの年齢差に周囲が戸惑っている描写もある。後の話では、末っ子のロステムを叱り過ぎてセイレケが後悔している描写やら、風邪をひいたカルルクを心配し過ぎるアミルに若干雰囲気が微妙になる描写なんかもあり、それぞれ人間くさい部分、日常生活ならではの消耗なんかもきちんと描かれている。

 

作られたわけではなく、内側からにじみ出てくる自然な善良さとでもいうのでしょうか。これもまた、キャラクターそれぞれの「善良さ」を表現する一助となっていると思うわけです。

 

ちなみに、これはもちろん遊牧民の客人を重んじる文化を反映したことでもあるのですが、明らかに異民族であるヘンリー・スミスがごく自然とエイホン家の客人としてなじんでいる描写も、「異物の受容」の一つの象徴的な表現になっていると思います。

 

スミスさん、当初は本当に殆どキャラクターとしての説明がなくって、「この人何者なんだ……?」って戸惑っちゃいましたよ。

これもまた、遊牧民族の文化を説明する、森先生一流のテクニックなんだと理解しております。

 

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さて。上記のような話を踏まえた上で、「シャーリー」の話に戻ります。

 

「シャーリー」は主人公であるシャーリーと、彼女をメイドとして雇ったベネットの日常生活や関係性を描写した作品なんですが、読んでいる時の安心感というか、心地よさが上記で書いた森薫作品のお気に入りポイントそのまんま、むしろそこが凝縮されているような、私にとっては「森薫作品のエッセンス」そのものみたいな一作なんですよ。

 

まず、シャーリーとベネットが凄くいい子・いい人。

 

シャーリーはもちろん、無口で物静かなようでいて実は感情豊かで、それでいていつも一生懸命、横で見ていると自然と応援したくなるような頑張りっぷりが大変かわいいわけです。挙動のひとつひとつがいちいち可愛い。

 

ただ、それ以上にベネットの善良さと、その自然な表出が本当に大好きでして。

 

年齢制限を書き忘れたばかりに応募してきたシャーリーのあまりの若さに戸惑いつつ、シャーリーの行き場を案じ、得意料理を口実に雇い入れることにした第一話を皮切りに、「シャーリー」では全編にわたってベネットの「いい人」っぷりが描写されます。

シャーリーのことを思いやったり、給与の使い道を心配したり、シャーリーの心情を測りかねて困惑したり。冒頭の最新話では、シャーリーの表情を見て大事なお客であることを察し、即座に店を休みにしてしまう場面もあります。

 

とにかくベネット、シャーリーの内面に踏み込み過ぎず、かといって突き放したり距離をおくわけでもなく、自然な付き合い方でシャーリーを思いやっているところがいい人過ぎるんですよね。

 

メイドとしては(若すぎて)異物であったシャーリーに対するごく自然な受容、ちょっと戸惑いつつもシャーリーの真面目な仕事ぶりに感心する描写なんかも「乙嫁」のエイホン家の描写と通底するところですよね。

最新話で、シャーリーの作った小物が褒められたことに我がことのように喜んでいるところもとても善良。

 

ただ、単に「いい人」というだけではなく、時には抜けているところもあり、そそっかしいところもあり、また主人としてきちんとシャーリーを叱責する場面もあります。

周辺キャラクターもいい人たちばっかりなんですが絶妙に人間くさく、最新話で出てきている孤児院の先生だって、いかにも善良でありながら端々では結構シビアな雰囲気も漂わせていて、これも「等身大の善良さ」の一つの表出だと思います。

 

「報われて欲しい」キャラクターの極致であるシャーリーが、ちゃんと善良で思いやりがある主人のもとに勤めていられる姿は、本当「幸せになって欲しい」感が満たされて素晴らしいとしか言いようがありません。

 

森薫先生の「善良なんだけどちょっとそそっかしい」キャラクターの描き方がこれまた大好きなんですが、この点乙嫁語りのアミルとベネットも同系列のキャラクターだと感じます。

アミル程天然ではありませんが、ちゃんと大人な女性なんだけどどこか子どもっぽいところもあり、時々大失敗をやらかしたりもする。

 

その辺、シャーリー以上に「ベネットの挙動」が物語を動かす直接的なキーになっているところでもあり、皆さんにも是非ベネットの描写に注目していただきたいところ大なわけです。

 

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ということで、長々と書いてまいりました。

最後に書きたいことを簡単にまとめておきますと、

 

・森薫作品の個人的な大好きポイントは、「善良な人たちがおりなす優しい起承転結」

・「シャーリー」は森薫作品のエッセンスを煮詰めた煮こごりのような作品

・シャーリーは「幸せに暮らして欲しいヒロインランキング」作ったらトップランカー

・縫い物面倒くさがるけどあとでちゃんと反省するベネットのいい人感は異常

・皆さん「シャーリー」読んでくださいあと出来れば単行本買ってください2巻しかないんで

・全然関係ないけどアニメ版「エマ 第二幕」の公式サイトで、森薫先生の普段の様子なんかが描かれた「舞子の部屋

というコーナーがありまして、最近見直したらFlashのサポート終了で全部読めなくなってたガッデム!ってなったんですが、久慈光久先生名義の「鎧光赫赫」に収録されているという情報をお聞きして早速ポチりましたやったぜ

 

こんな感じの内容になるわけです。よろしくお願いします。

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Lesly Juarez