あぁ、暑い。夏だ。祭りの季節だ。

 

四国の3大祭りの1つ、徳島の阿波踊りを一生に一度は見に行きたいと思いながら、思い続けて見に行かないまま20年くらい経ってしまった。

そうこうするうち、伝統の祭りは巨額の赤字問題が表面化した上、利害関係者同士の対立が泥沼化してしまい、今もまだ混乱が続いているようだ。

こんなことなら早く行っておくべきだった。

 

喧嘩祭りと名高い新居浜(愛媛県)の太鼓祭りの方は、昨年ようやく楽しむことができた。間近で見るのが初めての私には、豪華絢爛な男祭は迫力があって新鮮だった。

けれど、地元のご高齢の方は、

「昔はこんなもんじゃなかった。もっと担ぎ手が多くて、みんな若くて、太鼓台を持ち上げる動きも一糸乱れずビシーっとしちょってねぇ。だから厳かな感じがしたもんやけど、今は男衆も少なくなって、高齢化して、太鼓台がよたよたしよる。祭りの時だけ、都会へ出た若い子を呼び戻したりしよるけんどね」

と、さみしそうに話していた。

地方の祭りは金の問題と担い手の問題で、どこもが頭を悩ませているのだろう。

 

高知が地元である私にとって、祭りといえばよさこいだ。

徳島の阿波踊りのように賑やかな祭りを高知でも開催しようと、戦後に商工会議所が企画したのが始まりだという。

 

よさこい祭りの歴史は浅いが、楽曲のベースとなった土佐の民謡「よさこい節」は、起源が分からないほど古いものらしい。

「土佐の高知のはりまや橋で 坊さんかんざし買うを見た」

という歌詞は、幼い頃から繰り返し聞かされてきたため、内容については深く考えることがなかった。

とは言え、なぜ唐突に坊さんが出てくるのか。坊さんがかんざしを買ったからと言って、それが何を意味しているのかについては、子供心に不思議であった。

 

それでもなんとなく、恋の歌なのだろうと察していた。

高知の代表的な土産ものに「かんざし」という名の菓子折りがあって、そのパッケージに若いお坊さんと娘の絵が描いてあるからだ。

 

私はそのイラストから、お坊さんと町娘の初恋の物語を想像していた。

若いお坊さんが可愛い町娘に恋をして、想いを伝えるためにかんざしを買った。けれど、立場上ふたりの恋は許されず、若い二人の淡い恋は実らずに終わったのだと考えていたのだ。

その菓子折りに1本だけ入っている、かんざしに見立てたヤマモモ味のピンクの飴が、いかにもウブな若者同志の初恋を連想させたせいもある。

 

実は、そのお坊さんと娘は実在し、駆け落ちまでしていたと聞いたのは、高校生くらいになってからだったろうか。逃げた二人は県境を超えたところで捕まって連れ戻され、別れさせられたのだそうだ。

どうやら、私が想像していたよりも情熱的な恋だったらしい。

それほど思い合った二人が無理やり別れさせられたのだから、二人の悲恋が語り継がれ、「よさこい節」の中に物語として残ったのだろう。

 

と、長年思い込んでいたのだが、真実は全くちがった。よさこいで歌われていたのは、実のところ若い恋人同士の初恋でも悲恋でもなかったのだ。

 

坊さんかんざし事件の詳細は、「はりまや橋物語」という半世紀前に高知市都市計画課が作ったパンフレットを、たまたま手に入れたことで分かった。

それは、がっかり名所として有名だったはりまや橋を、市がリニューアルした際に配ったものだ。市民へ向けて「はりまや橋再整備のための計画と事業の流れ」を説明するための冊子である。

 

そのパンフレットの冒頭に、はりまや橋に関係する話として、かんざし事件の顛末と、それが歌の歌詞になった経緯が載っていたのだ。

その内容を簡単に紹介しよう。

 

幕末も近い安政元年(1854年)頃、五大山竹林寺脇坊の修行僧であった慶全は、寺に出入りしていた鋳掛屋(いかけや)の娘で、美人で評判だったお馬を見初めた。

けれど、二人の恋の語らいは長続きせず、お馬の心は次第に寺の住職である純信に移っていく。

 

お馬の心が自分から離れていくのを感じた慶全は、彼女の心を引き止めるため、なけなしの金をはたいてはりまや橋でかんざしを買い、それを彼女にプレゼントした。

 

当時のはりまや橋は街の中心であった為、当然ながらお坊さんがかんざしを買う姿は多くの人々の目に留まり、町の噂になってしまう。

当時の僧侶は妻帯を禁じられており、女犯は厳しく罰せられていた。だからお坊さんが恋人のためにプレゼントを買い求めるなど、ありえないことだったのだ。このことを知った市井の人は、

「おかしなことやな はりまや橋で 坊さんかんざし買いよった」

と、よさこい節の調子に合わせて歌いだした。

 

噂は寺にも伝わって、純信はこれ幸いとばかりに、恋敵の慶全を寺から追い払ったのだ。そして、邪魔者を追い払った純信とお馬は、それから毎日のように逢引きを重ねていく。

 

住職はズルいし、お馬もヒドい。しかし、慶全も黙って引き下がる男ではなかった。恋人も住まいも失った彼は復讐に燃え、

「かんざしを買ったのは住職の純信じゃ。ありゃとんでもない破戒僧や」

と、ふれて回ったのである。

 

かんざしの購入に関しては濡れ衣であるものの、若い女を恋人にして戒律違反を犯していたことは事実なので、取り調べを受けた純信は謹慎の身となり、お馬は寺への出入りを禁止された。

 

ここで身を慎めばよかったのに、禁じられるとかえって燃え上がるのが性欲、もとい恋というものである。

お馬への思いが断ち切れない純信は意を決し、1855年5月19日の夜に寺を抜け出して、稚児姿に変装させたお馬と駆け落ちした。

 

二人は関所を破って琴平(香川県)まで逃げたものの、土佐藩が差し向けた追っ手にあえなく捕まり、強制送還されてしまう。

 

裁判の結果、二人は思案橋、山田橋、松ヶ鼻の番所の前で3日間さらしものにされた上、純信は国外(土佐藩)追放となり、お馬は安喜川以東へと追放された。

 

当然ながら、17歳の美少女と37歳の中年坊主とのスキャンダルの話題で、高知の街は持ちきりとなった。

時はまさに幕末の風雲急を告げる頃。みんな大好き坂本龍馬が活躍した時期である。この時代に、土佐を出て長崎や京都へ進出した若者たちが、

「土佐の高知のはりまや橋で 坊さんかんざし買うを見た」

と、一連のスキャンダルを囃して唄った。そして、それがよさこい節の代表的な歌詞として流行し、そのまま定着したのである。終わり。

 

えっ……..。

この恋物、ぜんっぜんさわやかじゃないですけど?

初恋を思わせる甘酸っぱいヤマモモ味が、ちっとも似合ってませんけど?

ていうか「よさこい物語」って、男が二人おったんかーい!

しかも、歌とイラストに残っているのは若い男の方なのに、駆け落ちしたのはおっさんの方やったんかーい!

 

と、パンフレットを読みながら笑ってしまった。

実はこれ、今はネットを調べればあちこちに載っている話なのだが、詳細を知らずに慶全と純信をごっちゃにしている高知県民は珍しくないようだ。生まれも育ちも生粋の高知県民を自負している人たちでさえ勘違いしているのだから、私が知らなかったのも無理はないだろう。

 

ついでに調べてみたところ、この話には後日談があることも分かった。

(参考:高知銀行 千客万来おきゃくブログ「高知県の観光名所・はりまや橋の恋物語」

 

国外追放となった純信は、伊予国宇摩郡川之江(今の愛媛県四国中央市)で寺子屋の教師となるが、お馬のことが忘れられず、禁を破って彼女に会いに行った。

そして、もう一度かけ落ちしようとお馬を口説いたのだが、彼女の方は青春の熱が冷めていたのか、あるいは逃避行の失敗に懲りたのか、首を縦に振らなかった。

 

失意のうちに再び捕えられた純信は、改めて国外追放の憂き目にあう。一方のお馬も、それを機に須崎市の庄屋に預けられることになったそうだ。

 

その後、純信は還俗し、中田与吉と名前を変えて結婚している。お馬の方も庄屋の勧めで、須崎の大工と結婚した。二人とも子宝に恵まれて、幸せな生涯を送ったとされている。

熱く燃えた純信とお馬の恋はバッドエンドに終わったが、その後の人生はそれぞれハッピーエンドだったのだ。

過ちとスキャンダルの後にも人生は続き、世間では何を言われようとも、生きていればいつか幸せになれるのだと広末涼子ちゃんに教えてあげたい。

 

それにしても、二人の僧侶に道を踏み外させたお馬は、よほど魅力的な女だったのだろう。お馬が暮らしたとされる須崎市池ノ内には、お馬を祀った「お馬神社」があり、縁結びにご利益があると親しまれている。

男たちの人生を狂わせた上、自分はしれっと別の男と世帯を持って幸せになり、最後に神格化までされているのだから、魔性の女の鑑ではないだろうか。

 

今年のよさこいは70回目の節目であり、4年ぶりの通常開催だ。昔の恋物語に思いを馳せながら、各チームの演舞を見物するとしよう。

お金と担い手の問題はよさこい祭りも他人事ではないが、爆音に乗ったよさこい節が夏の空気を震わす祭りの日を、今から楽しみにしている。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

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