一戸建てに住んでいる人ならあるあるネタだと思うが、家が古くなると突然、キッチンの排水が鈍くなることがある。

 

おもしろいものでトイレの詰まりはラバーカップで押し流せるのだが、台所の詰まりは厄介で、「高圧洗浄」と呼ばれる特殊なサービスを呼ばないと解決しないことが多い。

脂肪や油分が固まり、ガッチガチに固化してしまうためだ。

ちなみに私は以前、キッチンのつまりをラバーカップで押し流そうとして排水管を破壊し、床一面を汚物の海にしてしまったことがある…。

 

とはいえ通常、このような惨事は5年に1回程度というのが相場である。

天一のスープをそのまま流すようなヤバいことでもしない限り、そうそう短期間で詰まるものではないからだ。

 

しかしそんな中、我が家ではここ6年で3回もキッチンの排水が詰まった。

6年前に高圧洗浄に来てもらい、3年前にも来てもらい、それでもなお、昨日からキッチンが溢れてしまったのである。

 

ウチでは、洗い物は油分を拭き取ってから食洗機にかけているので、特別排水が詰まりやすい環境というわけがない。

にもかかわらずこれはどういうことなのか。

しかも、高圧洗浄を呼ぶとだいたい、1回3~5万円取られるのが相場なので、手痛い出費なのである。

 

私はさっそく、若干キレ気味でハウスメーカーに電話すると、怒りをぶち撒けた。

「わざと中途半端に汚れを残して、定期的に手間賃稼ごうとしてへんか?あかんやんけ!!」

 

すると営業担当は平謝りで、地元の業者さんを手配するので直接やり取りしてくださいと言う。

そして3時間ほどして到着した高圧洗浄の業者さんだったのだが、幼さが残るような若い兄ちゃんであった。

 

「このたびは、本当に申し訳ございません…」

「いえいえ、頭を上げて下さい。悪いのはハウスメーカーのあのイモ野郎ですから。アイツいつも適当なんですよ」

「…ありがとうございます!ほっとしました。いつも怒られるの、下請けの僕らなんです(泣)」

「そんなことするわけないじゃないですか。すぐに来てくれて本当に助かりました。イモ野郎は簡単に許しませんけど、現場の職人さんに八つ当たりなんかしませんよ」

「ありがとうございます!すぐに作業にかかりますね!!」

 

元気のいい素直な兄ちゃんで、ほっこりする。

ただ、作業を始めるにあたり困ったことがいくつかあった。

 

ウチは猫の額ほどの庭に心ばかりの人工芝を張っており、排水マンホールはその下にあるのだ。

さらに物置の下にもマンホールがあり、それをどかさないと高圧洗浄の作業にかかれないというのである。

そういえば3年前にもごちゃごちゃ言われて、イモ野郎はいったん帰りやがったんだった。

一人で人工芝を剥がし、物置を移動させたことを思い出して舌打ちした。

 

「桃野さん!俺、高校野球の強豪校で1軍だったんです!体力には自信がありますので、芝生剥がしも物置移動も任せて下さい!」

「いえいえ、そんなことさせられるわけないじゃないですか。手伝って頂けるなら、一緒にやりましょう!」

 

そんなことを言いながら炎天下、一緒に庭作業に汗を流し排水口を点検しながら、彼は丁寧に説明をはじめた。

 

「桃野さん、大変申し訳無いのですがこれいつも通り詰まってたら、4万円ほどお願いすることになると思います」

「仕方ないんで、いいですよ。必要な作業をやって下さい。ちなみにハウスメーカーにどれだけ抜かれるんですか?」

「今回はチョクなんで、全部ウチの会社に入ります。イモ野郎さん、完全に逃げましたので(笑)ただ、ボクは作業者なんで会社に半分くらい取られちゃいます」

「まあ仕方ないですね…。ちなみにこのお仕事、給料は良いんですか?」

「出来高なんです、僅かな固定給はありますが、現場を回った数で給料が決まります。だからボクも早く独立して、親方になるのが夢なんです」

 

若者らしい素直さが、本当に気持ちいい。

そんな熱い夢を聞きながら排水口を露出させ中を点検すると、彼が妙なことを言いだした。

 

「桃野さん、これもしかして排水口の詰まりじゃないかも…。奥の方まで点検しましたが、すごくキレイなんです」

「へ?どういうことですか?」

「もしかしてなんですが、これキッチン真下の排水管が詰まっているだけかもしれません。ちょっと見ていいですか?」

「はい、もちろんです」

 

そして家に上がると、彼はキッチン下部を要領よく解体し、露出した管を揺すって見せた。

するとシンクに溜まっていた汚水が”ゴボゴボゴボッ”と音を立て、流れてしまったではないか。

 

「思ったとおりですね、もうこの管、持った感じでズッシリなんです。ここが詰まってるだけっぽいです。ここキレイにするだけなら、15,000円も頂ければ大丈夫です!」

「え…?遠方から来て頂いた日当としても安いですよ?そんなもんでいいんですか?」

「もちろんです、不要なお金は頂けません」

「4万円の売上になるところだったのに…なんか申し訳ありません」

「ぶっちゃけボクも、ムカつく客なら予備洗浄でもしてお金を貰ったかもしれません。でも桃野さんみたいないい人に、不誠実なこと言えませんよ!」

(いい子だなあ…キミ(泣))

 

そして作業中、いろいろ雑談をしていると実は彼、まだ21歳の若さであり、高校卒業後にこの仕事をはじめて3年目なのだという。

そして19歳で子供ができて、彼女と結婚したこと。

先月2人目が生まれたばかりで、いっぱい稼いで家族を幸せにしたいと思っていることなどを、ちょっと眩しく感じるくらいの笑顔で語ってくれた。

 

「ただボク、数学が大の苦手だったんで、本当に独立して親方になれても、きっと儲けられないですよね!(笑)」

 

そんな雑談をしながら排水管の洗浄が終わると、もう何の淀みもなく水がキレイに流れるようになってしまった。

彼の見立通り、高額な高圧洗浄をするまでもなく、簡単な排水管の清掃作業で済んでしまったのである。

単価が高いであろう高圧洗浄車で駆けつけてくれたのに、本当に申し訳ない・・・・。

 

「桃野さん、じゃあ申し訳ございませんが、15,000円でお願いします!えっと・・・消費税入れたらいくらになるんですかね…ちょっとお待ち下さい」

「15,000円の10%だから、1,500円ですね。消費税込みで16,500円ですよ!」

「あ、そうなんですね。本当に数学が苦手で…」

 

そして彼に2万円を手渡すと、

「えっと…お釣りはいくらになるんだろ。ちょっと車から電卓取ってきますね!」

「20,000円-16,500円だから、3,500円ですよ!大丈夫です!嘘つきません(笑)」

「そうなんですね、桃野さんを信じちゃいます!じゃあ3,500円のお釣り、どうぞ!」

 

そして帰り際、安く済んだお礼にと、冷蔵庫で冷えていた一番搾りの6缶ケースを袋に入れて彼に手渡す。

 

「えーっ!いいんですか?ボク今、節約して頑張って貯金してるんで、本当に嬉しいです!!」

「当たり前じゃないですか、今日はもう上がりですか?」

「はい!家に直帰するのでさっそく飲みます!」

 

彼の誠実な仕事の答礼として、本当にこの程度のこと、大したものではない。

なのにびっくりするくらい、喜んでくれる。

 

その時に、ふと思った。

今日本で、「毎日幸せ日本ランキング」というようなものを測定・実施することができれば、いったい彼はどれくらいの位置にいるだろう。

きっと上位3%に入るくらいの、“超高偏差値”な、人生の達人ではないだろうか。

 

その一方で、“学歴超高偏差値”を勝ち抜き、大組織でキャリアを重ねる人の中で、彼ほどに幸せを感じながら仕事をしている人はいったいどれだけいるだろう。

 

18時には家に帰り、冷たいビールで愛する家族と晩酌

家族の幸せを目標に、貯金をして独立を夢見る毎日

顧客の幸せを願い、誠実に振る舞うことを許される仕事と職場環境

 

彼はその全てを、手にいれている。

しかし世の中で、これだけのものを手にしている人は一体どれだけいるのだろう。

というよりも、人生の幸せなどこれでほぼ100%、満たされているのではないだろうか。

そんなことを哲学的に考えさせられた”職人”との、感動すら覚えた出来事になった。

 

ただ、この後に少し問題が発生してしまった…。

 

「桃野さん!もしすぐに詰まるようなら、またすぐに駆けつけますね!携帯番号を教えてください!」

「はい、いいですよ。090-XXX…」

「いまワン切り入れました!私の番号ですので覚えておいて下さい、絶対に登録してくださいね!」

「もちろんです!というか今度、ぜひ一緒に飲みに行きましょうよ。今日は本当にありがとうございました!」

 

そして家に入り、スマホを見るとワン切りが入っていない…。

数字に弱いと言っていたが、いくらなんでもスマホの番号操作もできないのはヤバいだろ!

 

などと微笑ましく思い庭に出たら、彼の作業道具の延長ホースや養生シートがそのままに残されていた…。

車はもう、走り去ってしまっている。

どうやら片付けるのを忘れて帰ってしまったらしい(泣)

 

とても気持ちの良い青年ではあったが、このおっちょこちょいさでは、もうしばらく独立しないほうが良さそうである…。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

ハイビスカスが大好きなのですが、真夏の炎天下では色がくすんできれいな花が咲きません。
むしろ冬の室内のほうが、鮮やかな色の花を咲かせてくれます。
ハイビスカスすら夏バテするこの暑さ、ちょっとヤバすぎる。。

twitter@momono_tinect

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Photo by:Szilvia Basso