コロナ禍のため、三年間ほど海外に出ることができなかった。

思えば長い三年間だった。コロナ禍のうちに東アジアの政治情勢は大きく変わり、中国本土への旅はいよいよ敷居が高い感じになってしまった。

 

ロシアのウクライナ侵略のために欧州便のフライト時間は恐ろしく長くなり、ロストバゲージや現地の治安悪化まで考えると割に合わない。じゃあアメリカ東海岸にでも出かけるか? これもこれで値が張るし、現地の物価の高さに泣かされるのは目に見えている。

 

どこかに行きたいけど、どこに行くのも大変──しかし比較的簡単に行け、何かを感じ取れそうな旅先があるじゃないか!

それは台湾だ。

台湾には故宮美術館もあるし中華料理については本場だ。すっかり駄目になった私の英語力でもなんとかなりそうな旅先でもある。じゃあ行くかということで台湾に行ってきた。そこで見聞したことを紹介してみる。

 

街を支えるおじちゃんおばちゃん達

日本から3時間ちょっとのフライトで台湾桃園空港に到着。台湾を旅する必須アイテム、悠遊卡 (Easy Card) を今回は持参していたのでスムーズに台北入りできた。

 

この、日本でいえばSuicaやICOCAに相当する交通カードがあればバスも地下鉄も近郊鉄道も怖いものなしだ。自動券売機でチャージする時におつりが出ない点を除けば、この交通カードには文句をつけるべき点が無い。

 

しばらくぶりに訪れる台北の景色はほとんど変わっていなかった。

路地を埋め尽くしているのはスクーターだ。東京のように鉄道旅客が通勤のメインになるでも、日本の地方都市のようなモータリゼーションが進行するでもなく、たくさんの人々がスクーターで職場に通っている。

 

ほとんど熱帯のような気候だからしょちゅう雨が降るが、現地の人々は器用に雨合羽を身にまとい、雨のなかにスクーターで飛び込んでいく。日本と違って雪が降ることがないから、雨さえ対策できればスクーターで構わないのだろう。

 

そして屋台と安い食堂、テイクアウト。

写真奥の「老虎醤温州大餛飩」はあちこちに存在するチェーン店だが、ここのワンタンスープは日本のファーストフード店と比較しても安く、なにより旨い。台湾ビールと一緒にやると極楽気分で、「台湾に来た!」という気持ちになる。

このほか、餃子の店、天心の店、揚げパンの店、等々が存在し、おじちゃんやおばちゃん、おじいちゃんやおばあちゃんが元気に働いている。

 

仕事に勉強に忙しい若い台湾人を支えているのは、こういう安くておいしい屋台や食堂なのだろう。

高級食材を出すような中華レストランも素晴らしいが、下町の屋台や食堂、居酒屋の料理も忘れがたい。そうしたお店では英語があまり通じないが、漢字が読めるのと、注文票が存在するので大抵どうにかなる。

 

今回の旅ではタクシーやバスや鉄道を使いまくったが、交通費は全体的に日本より割安と感じた。1000円でタクシーが走ってくれる距離は日本よりもきっと長い。バスや地下鉄の運賃も軒並み安く、100円未満で移動できてしまうこともざらだ。

 

タクシー運転手の多くは英語が話せないおじちゃんだが、google翻訳とgoogleマップがあればだいたい何とかなる。そしてgoogleマップが懇切丁寧に助言してくれるおかげでバス網を使いこなすのもたいして難しくなく、高速バスだって乗れてしまう。

 

タクシーの運転は荒い。いや、運転が荒いのはタクシー以外も同じだ。日本でも土地によりドライバーの荒さには差異があるが、台湾のそれは比較にならないほど荒かった。

 

歩行者の動き、スクーターの動きもなかなかだ。交通標識や信号だけに頼っておらず、ドライバーも歩行者もお互いをよく認識しあっている、そのような交通世界だ。

日本では認知症ぎりぎりの高齢ドライバーがトロトロ運転している場面、信号や標識だけを見て他は何も見ていないドライバーや歩行者がしばしばいるが、台湾ではそんなドライバーや歩行者は生きていけないのではないかと思うほど、交通世界全般が俊敏だ。

 

とはいえ、いくら俊敏でも事故が避けきれるわけでもなく。実際、日本と台湾の人口あたり交通事故死亡者数を比較すると、台湾のほうが交通事故で命を落とすリスクがかなり高い。

 

また、健康については、あちこちで長寿や健康を謳ったサービスや食品が売られている一方、実際には意識が低いんじゃないかなぁ……とも思われた。

 

日本と違って台湾では歩きたばこは一般的で、そこらじゅうで喫煙者の喫煙風景に出会うし副流煙にも遭遇する。

実は、台湾の喫煙率は日本よりも低く2020年の段階で13.5%だが、副流煙についての意識は日本ほど進んでいなさそうだ。

 

道行く人の体型も、アメリカや南太平洋諸国などに比べれば痩せているが、日本よりは恰幅の良い人の割合はまだ高い。

念のため、world obesittyというサイトで日本と台湾を比較してみたところ、台湾のほうが肥満率が高いという結果が出ていた。

 

また、2010年代の個人ブログの記事には「台湾では恰幅の良さがお金持ちの象徴とみなされている」とも記されていた。

 

台湾には檳榔(びんろう)という嗜好品も残っている。

檳榔はアッパー系の刺激をもたらす嗜好品で、果実を噛むことでその効果が得られる。

しかし檳榔には発癌性があり、また檳榔を噛み捨てると血のように赤く見た目が悪いため、台湾政府は檳榔売りを規制したという。

 

しかし写真にもあるとおり、檳榔を扱っている店はそれなりに存在している。郊外の、高速道路のインター近くの檳榔売りの店のまわりには、噛み捨てられた檳榔がたくさん転がっていた。

 

こうした諸々を見ていると、日本と同じ健康意識ではないのだろうな、と感じる。制度面では台湾の健康政策は日本より進んでいるかもしれないが、健康習慣、健康意識の面では日本に比べて不徹底にみえる。

 

肥満度の高さや、ドライバーや歩行者の挙動は、そうした不徹底の産物だろうか? それとも制度や法律を遵守する度合いの違い、なのだろうか?

 

健康政策や道路交通法そのものは、台湾と日本でそこまで違わない。技術水準もそうだろう。でも個々人が政策や法律をどこまで遵守するか、その程度には違いがあるかもしれない。

 

少なくとも台湾の肥満度や交通マナーには日本と違っているところがある。それは日本でいえば昭和の、世界でいえばいわゆる先進国より開発途上国寄りのソレだろう。

 

台湾は日本との物価の差や一人あたりGDPの差が小さくなり、ハイテク化も進んでいる。

けれども人々の振る舞いや意識にはやっぱり開発途上国的なもの、昭和的なものが残っていて、私は郷愁を感じるとともに社会としてそれってどうなのだろう? とも思った。

 

だってそうだろう?

先進国らしさと途上国らしさが台湾社会には同居しているのだ。それってジェネレーションギャップや意識や習慣の移り変わりという点で、めちゃくちゃ大変なのではないだろうか。

 

日本よりも大卒率が高く、少子化も進んでしまった国

日焼けしたおじちゃんおばちゃんが屋台や食堂やタクシーを回している一方、台湾の若者たちは大卒ホワイトカラーな境地を目指している。

台湾のユースカルチャーを眺めていると、日本のソレによく似ている、と感じる。

 

中年や年配者が昭和然としているのをよそに、台湾の若者の服装や所作はまるで日本の若者のソレだ、いや、流行には少しばかりの差異がある様子だけど……。

こんな風に、街を歩くと日本由来のユースカルチャーをあちこちで見かける。

台北市の中心部のオシャレな店などは、店のつくりも若い店員もまるで日本のよう。「武蔵野のロールケーキ」「札幌の薬局」といった謎なブランドを見かけたりもするが、そこは置いとくとして、若者の振る舞いには途上国っぽさがぜんぜんない。

 

 

そして苛烈な受験戦争。台湾の大学進学率は95%で、あちこちにこういう塾が存在する。

教育にかける費用は相当のものだろうし、それは子どもの心理的成長にとってプレッシャーとなるだろう。

 

もし親たちが共働きで捻出したお金が若者に注ぎ込まれ、親の愛という名目のもと、子どもに高学歴たれ、立身出世たれと命じるとしたら。考えるだに怖ろしい。

 

そのように子育てにお金がかかり、ジェネレーションギャップもきっと大きく、稼ぐ親と勉強を強いられる子どもがすれ違いそうな台湾において成人が子育てをためらうのは、ごく自然なことのように思える。

台湾の住宅地には保育園があちこちにもうけられていて、上の写真も、とある準公立保育園に掲げられていたものだ。

台湾では子育て支援が進んでいて、たくさんの子どものいる世帯の支援が一層厚くなるようになっている。

また、台湾の地下鉄などにはファミリーシートなるものがあり、妊婦や家族連れが優先とされている。

街中の公園には子ども向け遊具がたくさん整備され、実際、結構な数の子どもが遊んでいた。

 

急激な発展とジェネレーションギャップは何を生むのか

私から見た台湾という地域をひとことでまとめると、「古くて新しい」、これに限る。

 

統計的にみた台湾は典型的な東アジアの新興国のそれだ。

一人当たりGDPは2022年の段階で32000ドルを突破し、日本を猛追している。合計特殊出生率や大学進学率については日本より未来に到達してしまった。

東アジアの新興国(や新興地域)はどこもそうだが、若い世代の教育事情・配偶・子育てについては全世界で最も進んだ(?)状況にある。

 

発展が急速だからこそ、人心が追い付いていない。人口社会学者の落合恵美子は、そうした「人心が追い付いていない」点が東アジアの新興国で起こっている急激な少子化に関連していると論じたが、今回もそれは強く感じた。

 

建築物やテクノロジーは先進国化しているし、若者世代はどんどん先進国然とした習慣を、いや世界で最も進んだ東アジア然とした状況を生きている。

だけど発展があまりに急速だったために、中年~老年世代の生活習慣がそれに追い付いていない。考え方も追いついていないだろう。そうした古さが運転の荒さや「恰幅の良い男性は豊かさの象徴」といった点に現れている。

 

中年~老年世代が昭和で時が止まったままで若者が令和どころかもっと未来を生きている社会は、きっとジェネレーションギャップが大きかろうし、新旧の家族観のすり合わせに要するコストも大きいだろう。

台湾の旧世代からみて今どきの台湾の若者はどんな風にうつるのだろうか? そして新世代からみた中年や高齢者の旧態依然とした考え方や生活習慣は、どんな風にうつるのだろうか?

 

日本はイギリスやフランスに比べれば発展が急速だったし、ジェネレーションギャップが盛んに語られたものである。低成長時代となった今でも、世代間の確執や誤解は珍しくない。

しかし台湾の場合、発展の急峻さは日本の比較にならない。韓国や中国沿岸部などもそうだろう。

 

そうした、あまりにも急激に発展してしまった国において、親子とは、世代とはどのような状況にあるのだろう? そして家族病理や社会病理にどのような影を投げかけているのだろうか?

古くて新しい国、台湾。そして東アジアの国々。

 

もっと知りたい、もっと人に会って話を聞いてみたいと思った。そして彼の地でどのような悩みや家庭問題が噴出しているのか、現地の同業者としゃべってみたいとも思った。

その機会が巡ってくるのかはまだわからないけど、巡ってきたら掴んでみたい。

 

 

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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