ひとつのジャンル、ひとつの夢の終わりに出会ったことはあるだろうか。
私の場合、つい最近出会ってしまった。ブルゴーニュワインというジャンルの終わりを。
上の写真は、ブルゴーニュワインの瓶である。悲しいことに、飲んでしまった後で中身が無い。ワイン愛好家の人なら、これらの空瓶のラベルを御覧になって「たいしたことのないメーカーだわ……」とニヤニヤするかもしれない。
そう。私が最近飲んだブルゴーニュワインのメーカーはいわゆる一流どころではなく、有名じゃなかったり最近パッとしなかったりするメーカーのものである。
そうした、二流以下のブルゴーニュワインすら漏れなく値上がりして、いよいよついていけない価格帯に到達してしまったのである。
あまり熱心に読む気がない人も、是非、「ブルゴーニュワインは価格的に終わってしまってマジで富豪の飲み物になってしまった」──これだけは覚えて帰ってください。
15年前、ブルゴーニュワインはまだ安いジャンルだった
私がブルゴーニュワインというジャンルに入門したのはだいたい15年前、00年代の終わり頃だった。ちなみに円相場は2008年時点で1ドル100~110円ぐらいだ。
「ワインなるものをちょっと攻略してみよう」と思い立った私はすぐにブルゴーニュワインというジャンルの旨さとわかりやすさに気が付いて、最優先ワインをトスカーナ州の品からブルゴーニュワインに切り替えた。
当時は価格も安かったのである。
ブルゴーニュワインはランクがかなり厳格に定まっていて、特級・一級・村名格・ブルゴーニュ赤(または白)と書かれたジェネリックなワイン、といった格付けがある。もちろん特級のすべてが低位のワインを完璧に上回るわけでなく、一流のメーカーが作ったジェネリックな赤ワインが三流のメーカーが作った特級より旨い、なんてことは起こり得る。
それでも格付けが一定程度あてになるのがブルゴーニュワインで、格付けを踏まえつつ、番狂わせが起こった時にオオーッ!っと感心するのがまた面白いのだった。
2008年の段階では、この特級が日本でも8000円ぐらいで購入できた。えりすぐりの特級となれば話は別だが、たいしたことのないメーカーの特級には十分に手が届く。一級なら6000円以下、村名格なら4000円以下といった具合だ。
ワインを始めたばかりの私は、現実的な金銭感覚でブルゴーニュワインを買い始めた。その際、とても助けになったのは格安の一級たちだ。私は4000円以下の一級、ときには2000円ぐらいの一級を大喜びで飲みあさった。
たとえばメオ・カミュゼというメーカーの一級は現在は16000円ほどだが、かつては4000円台で買え、それはそれは旨いものだった。最もジェネリックなブルゴーニュ赤(または白)なら2000円台で一流メーカーの品もちゃんと手に入ったし、さらに番外とでもいうべきボジョレーやアリゴテといったワインがもっと安く購入できた。
特級や一級といったハイレベルクラスが凄いだけでなく、お買い得な価格帯にも内実のしっかりしたワインがごろごろしていたから、当時の私は「ブルゴーニュワインはお買い得だ」と認識した。
もちろんブルゴーニュワインにも問題点があった:温度変化に弱く、ダメになった品を引くと本当に目もあてられない。それでも同価格帯のボルドーやトスカーナ州のワインに比べれば「ホームラン」が飛び出す可能性が期待できたし、格付け制度をとおして体系的にワインを理解できるのは素晴らしい長所だった。
この「体系的にワインを理解しやすい」という長所は、価格的に終わってしまった現在のブルゴーニュワインにも当てはまる。もし、うなるほどお金を用意できてワインを手早く把握したかったら、コスパは悪いがブルゴーニュワインはとてもわかりやすい。色々と飲み比べれば短期間でかなりのビジョンを獲得できるはずだ。
本当に終わり始めたのはコロナ禍の後
しかし楽園は長く続きしなかった。ブルゴーニュワインが、値上がりしはじめたのである。
なぜ値上がりしはじめたのか?
理由のひとつはブルゴーニュで不作が続いたからだ、と言われている。不作になればメーカーの実入りは少なくなる。だから値段が上がるという話は昔からあった。地球温暖化によって気候が難しくなったことも値上がりの要因に違いない。
けれども本当に問題だったのは、ブルゴーニュワインが投機の対象になったらしいことだった。
私からすれば、ブルゴーニュワインを投機の対象にするのは正気の沙汰とは思えない。なにしろ温度変化に弱く、へたな品を引くとまったく駄目になっていたりするのだ。
もちろん、ブルゴーニュワインのなかには高価格な品もある──愛好家以外にもよく知られたドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンテのワインなどがそうだ──し、最も長命な品なら数十年の歳月を乗り越えられるだろう。
とはいえ、全体としてはボルドーワインやドイツワインなどに比較すれば寿命が短く、傷みやすいのがブルゴーニュワインだ。投機目的で寝かせるより飲んでしまったほうがためになるワインがあるとしたら、それはブルゴーニュワインだ。
ところが2010年代以降、ブルゴーニュワインの値段はどんどん上昇していった。
はじめはトップクラスのメーカー、それこそロマネコンティのように知名度が高いメーカーのワインが先陣を切るように値上がりした。それに続いたのがワイン愛好家の間で一流とみなされているメーカーの特級や一級たちだ。
それらに引きずられるように色々なブルゴーニュワインが値上がりしていった。たとえば3000円だったワインが4000円に、4000円だったワインが6000円に、といった具合に。
とはいえ、リーマンショック以後、ワイン全体がじりじりと値上がりた側面もある。
たとえばよく知られたシャンパンであるモエ・エ・シャンドンやヴーヴ・クリコは00年代からコロナ禍までに二倍近い値段になってしまった。そこまで顕著でなくても、イタリアやカリフォルニアの優れたワインたちも値上がっている。
値上がったワインのなかには、投機の対象とは思えない価格帯の品も多く含まれていたから、たぶん新興国に新しいワインファンがたくさん生まれた影響も大きいのだろう、と私は勝手に思い込んでいる。
それが急停止したのがコロナ禍で、ブルゴーニュワインすらちょっと値下がりした。ここが最後の買い時だった。
日本以外の国々がコロナ禍から醒めていくなか、ワインの価格は再び上昇を始めた。その際、先陣を切ったのがブルゴーニュワインであるのは言うまでもない。一流メーカーのワインが根こそぎ買われていった。
たとえばコシュ・デュリという白ワインの有名なメーカーのワインは、一級や村名格だけでなく、ジェネリックな白ワインまで2万円ぐらいしていたが、これが4万円でも買えなくなった。
ちなみにこのコシュ・デュリの赤ワインは超穴場ワインだったけど、この頃には白ワインに迫る値段まで値上がりしている。
2021年から2022年にかけては、知名度の高いメーカーのワインから順番に高騰していった。10000円のワインは30000円に。3000円のワインは6000円に、といった具合に。
愛好家のあいだで定評のあるメーカーに続いて、「最近ちょっと良いんじゃないか」とみられている期待のルーキー的なメーカーのワインも値上がりしていった。値上がりはときどき電撃的で、ついこないだ30000円で買ったワインが三か月後に10万円になっていることも珍しくなかった。
なるほど、これは投機に向いているかもしれない。なにしろ買えば買っただけ、購入時を上回る価格がつくのである。それも、二倍、三倍といった価格が。まるでオランダのチューリップバブルじゃないか。
ただしオランダのチューリップバブルとは一線を画するところがブルゴーニュワインにはある。
チューリップの球根は品質管理さえしっかりしていれば色々な地域で生産できる。ところがブルゴーニュワインはそうはいかない。
過去、世界各地でブルゴーニュワインの互換品を作ろうと試みられたが、良いワインは作れてもブルゴーニュワインと同じものはほとんどできなかった。
そもそも、フランス政府が定めたAOCという制度のためにブルゴーニュワインはブルゴーニュでしか生産できないルールになっている。ために、チューリップの球根と違って、ブルゴーニュワインには供給過剰になってしまうおそれが少なく、世界のワイン愛好家が増えれば増えるほど値上がりする宿命を背負っている。
飲みジャンルとしては実質終わったブルゴーニュワイン
そうして迎えた2023年。
ついに値上がりの魔手は二流、三流のメーカーにまで及ぶようになった。たいしたことのないメーカーが作ったブルゴーニュワインなぞ数年以内に飲んでしまうべきで、投機の対象としては不適切だろうが、貪欲なマーケットはお構いなしである。
どんなにしょっぱいメーカーのワインでもどんどん値上がりするとなれば、投機目的で買っている人は面白くてしようがないんじゃないだろうか。これはブルゴーニュバブルではないか?
2023年の下半期になると、ブルゴーニュワイン全般が品薄になってきた。日本でブルゴーニュワインを買う際には、楽天市場のワインショップの信頼できる筋に頼って買うのが簡単だが、その信頼できる筋のブルゴーニュワインの在庫がとても少なくなっている。値上がりしている? もちろん! それどころかお金を用意してもロクにモノが出回っていない状態だ。
どうなってしまうんだろう? どうもこうもない。これから発売される2021年産のブルゴーニュワインは収穫量がきわめて少なかったといわれ、高騰は必至とされている。
ということは、来年以降のブルゴーニュワインは平凡なメーカーのジェネリックワインすら5000円以上、一級のワインなら20000円以上の世界だと思われる。残念ながら、私はそんなワインを平静な気持ちで飲める身分ではない。
こうしてブルゴーニュワインはマトモに飲める飲み物ではなくなり、投機の彼方に去っていった。もとよりワイン道楽にはカネがかかるものだし、ボルドーでもシャンパーニュでも高級品は慶事に分かち合うのが筋、何万円もするワインを日頃からガブガブ飲むものではない。
しかしブルゴーニュワインは高級品だけが値上がるのでなく、ジャンル全体が根こそぎ高騰したから、羽振りの良い旦那様でなければついていけないだろう。
今、ブルゴーニュワインを買うとは、バブルのように高騰する品を買い、しばらく寝かせて高く売るためのもの、投機や商売のためにならざるをえまい。痛ましいことだ。
ブルゴーニュワインといえども、本来、眺めるためでも転売するためでもなく飲むためのものではなかったか。今はそうではない。ロマネコンティともなると、空瓶すら、メルカリでそれなりの値段で取引されている。
つまり飲むジャンルとしてブルゴーニュワインは終わってしまった。かつてプレステージを体現していたのはボルドーやシャンパーニュだったが、ブルゴーニュワインはそれらに追いつき、追い抜いてしまった。オワコンとは、このことではないだろうか。
生きている間に自分の愛好したジャンルに丸ごと手に届かなくなってしまうのを経験するとは思わなかった。私に限らず、今、多くの日本人のワイン愛好家は今度はどこにしようか、思案しているに違いない。これを機に、アルコールをやめてしまうのも手かもしれない。
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著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
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ブログ:『シロクマの屑籠』
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