この記事で書きたいことは、大体以下のようなことです。

 

・ちょっと前、アンディ・ウィアーのSF小説、「火星の人」「アルテミス」「プロジェクト・へイルメアリー」を読み終えました

・個人的な好みとしては、「火星の人」が今まで読んだSFの中でもトップクラス、「プロジェクト・ヘイルメアリー」が本当に僅かな差でその後を追う位置づけ

・「アルテミス」も面白かったんだけど、作品の方向性の違いもあり、その二作には(私の中では)やや届きませんでした

・アンディ・ウィアー作品の真骨頂は、「大きな問題提示の豪快なスケール」「小さな問題解決のテンポの良さ」「その問題解決手段の説得力」なのではないかと思いました

・「物語における文章リソースの割き方」もアンディ作品の大きな特徴の一つだと思います

・「火星の人」で既にその面白さが完成していたところ、「プロジェクト・ヘイルメアリーでは「大小さまざまな謎解き」がそこに加わって、更に面白さが五割増しくらいにはなっていると思います

・それでも火星の人好き(パスファインダーあたりの下りが好き過ぎる)

・アンディ・ウィアー作品、ものすっっっごく大変に面白いので皆さんも読んでください、未読の方には取り急ぎ「火星の人」がお勧めです

 

以上です。よろしくお願いします。

 

さて、書きたいことは最初に全部書いてしまったので、後はざっくばらんにいきましょう。

作品の最低限の特徴・面白さのポイント、及び序盤の展開については書きますが、中盤以降のネタバレになりそうな点については書きませんので、未読の方でもご安心ください。

 

アンディ・ウィアーの長編SF三作、「火星の人」「アルテミス」「プロジェクト・ヘイルメアリー」を読み終えました。

 

正確に言うと、「火星の人」は6,7年前に買って以来あまりの面白さに鬼リピしており、その後「アルテミス」を読んで、最近「プロジェクト・ヘイルメアリー」にたどり着いたらこれがまた凄まじく面白くてバク宙かって勢いでひっくり返った、ということになります。いやー、本当すごいですね、アンディ・ウィアー。

 

この記事では、「火星の人」「アルテミス」「プロジェクト・ヘイルメアリー」の味わい、それぞれを比較しながら、一体アンディ作品は何がそんなに面白いのかを考えてみたいと思います。

 

まず「火星の人」から。

皆さん、「火星の人」ご存知ですか?普段SF小説読まない人には、映画版タイトルの「オデッセイ」の方が通りが良いでしょうか。

「火星有人探査ミッション中の事故で、一人火星に取り残されてしまった宇宙飛行士の火星サバイバル」という、豪快な、けれど実にシンプルで分かりやすい設定のSF小説。それが「火星の人」です。

 

本来人類が生存出来る筈もない火星の過酷な環境、残された物資も食料もほんの僅か。そんな絶望的な状況で、主人公のマーク・ワトニーはそれでも諦めず、次の有人探査ミッションまで4年間生き残ることを決意する……って、これ、設定だけで既に勝利が確約されてないですか?

 

作品は、基本的にはワトニーの一人称視点、彼がサバイバルをしつつ残した日記という形で進みます。

当たり前ですが、火星には酸素もなければ水も食料もなく、人間が生き残れる環境は探査拠点である「ハブ(でかいテントです)」と探査車であるローバーの中くらいしかありません。

 

ワトニーが生き残る唯一の可能性は、「4年後の火星ミッションまで生き残ること」。

一方、6人チームの探査ミッションが数十日という前提で用意された食料は、どんなに切り詰めても1年程度しか持ちません。そんな中、植物学者兼エンジニアであるワトニーは、火星の土でジャガイモを育てることを思いつきます。

 

ここから始まる「火星の人」のストーリーは、「たった一人の生存劇」にきっちりピントが絞られつつも次から次へと展開し、読者を一切飽きさせることがありません。

 

ただ「生き残る」だけでも、ワトニーは数々の難題に対処しなくてはいけません。

土はどうする?水はどうする?植物生育に必須なバクテリアはどうする?生存の為の機器は問題なく稼働するのか?地球とどうにか通信をとって、自分の生存を知らせることは出来ないか?

 

まず、「火星で生き残る」という大きな問題が読者に提示された後、その枠内で、細かな課題・問題が続々登場し、ワトニーはいちいちそれに対処しなくてはならないわけです。

この並立的な構造がそのまんま、読者に物語を飽きさせない仕組みになっているわけです。

 

その対処自体、きっちりと科学的なポイントを抑えてあって(SFなんだから若干のウソはもちろん混じりますが、少なくともそれを感じさせないくらいの綿密さで)、「ああ、こういう状況になったら、確かにこうする必要がありそうだな」という納得感と説得力盛り盛り。しかも、サバイバルものならではの楽しさ、「生き残るための創意工夫」も山積みです。

 

たとえば、「水が足りない→余った推進剤であるヒドラジンから水素を作って、その水素を燃やして水を作ろう」だとか、「空気中の酸素を取り除きたい→空気調整機をだまくらかして酸素を分離させよう」とか、ワトニーの様々なアイディアと工夫がまた素晴らしい。

 

「火星の人」の面白さの根幹が、この「大課題を提示しつつ、平行して次から次へと発生する(大課題に比べれば)小さな問題やトラブルに、ワトニーがどんな解決法を見出すか」というポイントにあることは疑いないでしょう。

 

一方、これは「火星の人」の特徴というより、アンディ作品共通の特徴だと思いますが、「主人公の思考過程」に割かれる物語上のリソースがすごーーく多いんです。

「ワトニーが何を考え、どういう判断をして、その結果どういう行動をとったか」ということが、実に実に丁寧に、綿密に描写されている。「普通の小説ならここまで書かないだろ」っていう思考ロジック、様々なアイディアの検討過程まで、きっちり文章で表現されているんです。ワトニーの思考が全部書いてある。それを体験出来る。

 

結果、この物語は、「読者がワトニーの思考というガイドラインを得て、ワトニーと一緒に考える」という物語になっている、と私は思います。

 

「考えて、思いつく」って滅茶苦茶気持ちいいんですよ。それを、最高の舞台設定、最高のガイドラインで読者に体験させてくれる、これは「火星の人」を手放しで賞賛して良いポイントだと考えます。

 

また、この作品、登場キャラクターたちが全員いい味出してるんですよ。

 

主人公のワトニー自身、どんなに絶望的な状況に陥っても、愚痴や文句を吐きつつ絶対に諦めない強靭な意志の持ち主ですし、ちょくちょく出てくるジョークも切れ味抜群です。ルイス船長が残した70年代ディスコミュージックに一生文句言ってるところとか超好き。

 

他の登場キャラクターたちもきっちりと自分の仕事を果たす、非常に有能で、しかし人間くさいキャラクターばっかりです。個人的には、ものすごーーーくコミュニケーションが苦手な人だということがよくわかって、けれど劇中最重要の一手を考えだすリッチ・パーネルがお気に入り。

 

ということで、まずは一点、「火星の人めちゃくちゃ面白いですよね」という話でした。

 

***

 

次に、「プロジェクト・ヘイルメアリー」の話をします。

この作品、正直「火星の人」に比べて、だいぶネタバレ耐性は低い小説だと思います。つまり、「読み進めるにしたがって判明する事実が読者を驚かせる割合」が高い。

 

ネタバレはなるべく避けますが、最低限の物語設定については言及せざるを得ませんし、それが初読の面白さを多少なりと削いでしまう可能性はあります。

まずは、「火星の人を読んで「面白い」と思った人なら、「プロジェクト・ヘイルメアリーを読んで「損した」と思うことはほぼないでしょう」ということだけ言わせてください。

 

以下は、その上で、最低限のネタバレを踏んでも構わないという人向けの文章です。

 

さて、「プロジェクト・ヘイルメアリー」。この作品もやっぱり、「火星の人」の「面白さの構造」はそのまんま踏襲しています。

 

まず、これだけは言わないといけないのですが、「火星の人」でいう「火星で生き残らなくてはいけない」という大課題。

プロジェクト・ヘイルメアリーでのそれは、「太陽の光を食ってしまう未知の細菌への対処法を見つけて、地球を救うこと」です。

 

これまた、とんでもなく豪快な設定じゃないですか?

「既存の科学の枠内に囚われない豪快な設定」はSFの重要な味わいの一つですが、その真骨頂といってもいい設定だと思います。

 

「火星の人」と比べて、「プロジェクト・ヘイルメアリー」には「様々な謎解きと、徐々にそれが明かされていくカタルシス」分が多めになっています。

「ヘイルメアリー」の主人公は宇宙船に乗っているのですが、何故か物語当初記憶を失っていて、自分が何故、何の為に宇宙旅行をしているのか知りません。船の中にある謎の遺体の正体も、様々な実験器具の用途も分かっていません。

 

「太陽光を食う細菌」の存在は物語最序盤に明かされるのですが、とはいえ「その細菌は一体なんなのか?」「何故そんな細菌が産まれ得たのか?」「その細菌は何をもたらすのか?」「そもそも自分は何をすればいいのか?」といった様々な謎は、主人公の記憶と共に、徐々に、本当に徐々にその全容を明かされていきます。

 

その過程で発生する、「火星の人」と同様、あるいはそれ以上に濃厚な「様々な小トラブル」「主人公の思考過程」「課題に対する解決法」。単に「課題を解決する為の創意工夫」でも面白かったところ、更に「一体何故なんだ!?」という謎や疑問と一緒に試行錯誤が展開していくのですから、そんなもん面白くないわけがありません。

この点、単に「課題解決のカタルシス」という点だけからいうと、「ヘイルメアリー」は明らかに「火星の人」を越えていると思います。

 

物語中盤では想像もつかないような方向に物語は展開し、読者は「一体どうすればいいんだ!?」と「一体どうなるんだ!?」の二つの疑問を解決していくことになります。

火星の人のマーク・ワトニーと同様、こちらの主人公の思考も実に綿密に、丁寧に描写されていまして、読者から睡眠時間を強奪します。

 

この読書体験だけは、どうしても「体験して欲しい」としか言いようがなく、一方やはり向き不向きはあるので、先にある程度一般向けの「火星の人」を読んでみるのはいかがでしょう、とご提案する次第なわけです。

取り急ぎ、「プロジェクト・ヘイルメアリーに登場するバディあまりにも可愛すぎるし好き過ぎる」とだけ書かせていただければと思います。

 

最後に、「アルテミス」についても書かせてください。

「アルテミス」は「火星の人」や「プロジェクト・ヘイルメアリー」とは少々趣を異にした作品でして、舞台は月の小都市アルテミス、主人公はその中でポーター(運び屋)として仕事をする女性であるジャズです。

とある目的の為に金を稼ごうと必死になっているジャズが、謎めいた仕事を受けるところから話が始まるという、SFというよりはサスペンスに近い作品です。

 

こちらも、「様々な課題、トラブル」「その課題を解決するためのジャズの思考、発想」という面白さ、カタルシスはちゃんとあって、その点さすがの筆致だとは思うのですが、一方サスペンスならではの特徴として、「組織と組織のぶつかり合い」「人間と人間の意志の読み合い」というところにだいぶリソースが割かれてます。

 

また、例えば火星の人なら「火星で生き残る」、プロジェクトヘイルメアリーなら「地球を救う」という、いわば物語の大目的というものが提示されるのがかなりゆっくりめ。

これはこれでもちろん物語の味の一つだと思うんですが、「大目的と小課題の並立」という構造が好きな身としては、他二作には一歩譲るかな、という印象は禁じ得ませんでした。アルテミスはアルテミスで面白いんですけどね。

 

ということで、長々書いてまいりました。

 

私が言いたいことを簡単に要約すると、

 

・アンディ・ウィアー作品超面白いですよね
・まだ読んでない人は、とりあえず「火星の人」から読み始めて、次は「プロジェクト・ヘイルメアリー」に行ってみてください損はさせません

 

の二点になります。よろしくお願いします。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Nicolas Lobos