人の仕事、特に単純作業はいずれロボットに取って代わられるのではないか。

この問いへの答えは、ある程度はイエスだろうし、ある程度はノーである。

 

そう言うと、知識労働は残るだろう、と思われがちだがそうではない。

経済を最も根幹的なところで支えている作業者の仕事こそ、そう簡単になくせるものではないと思う出来事に出会った。

 

座り仕事に疲れてきたので、外に出てみた

在宅ライターという仕事は、とにかく不健康である。

基本、ずっと自宅で座って仕事をしている。

 

通勤時間も、自宅内で寝室からワークスペースまで移動するだけなので、たった数秒の話である。着替えや化粧も一切必要ない。

急ぎの仕事がない限り、ゆっくり起きてコーヒーでも飲んで、目が覚めれば勤務開始。

しかし集中力の限界がくれば勤務終了である。

質が下がっては意味がないからだ。

 

当然、引きこもり状態にもなる。

誰とも一言も会話しなくても仕事は進んでいく。

 

ある時、

「気がつけばここ2週間、コンビニで『レジ袋は必要ですか?』『いりません』と言う場面でしか声を発していない」

ことに気づき、ショックを受けたこともあった。

 

いろいろな意味でよろしくない。体も鈍る。筋力なんてほとんど残ってないんじゃなかろうか。

1月にひとつ歳を取り、その危機感がまた高まった。

 

そこで思いついたのが、単発で体を動かす仕事を時々しよう、ということである。

 

とはいえ愛想笑いは疲れる

とはいえ、オフィスワークや接客の仕事は嫌だ。

 

理由は2つあって、

まず今の自分の外見である。髪色がまずい。音楽をやっていることもあってこれまで好きな色に染めてきた。今はピンクだ。

しかも、スーツなんて会社を辞めたあとに全部売ったり捨てたりした。礼服すら持っていないので、結婚式や葬儀などで不義理をはたらきそうだ。

 

もうひとつは、会社員時代に山ほどやってきた「不必要な愛想笑い」が、今となっては異様なまでに疲れるのである。無駄な体力とすら感じてしまうのである。

 

よって選んだのは、倉庫の仕事。

物流倉庫での荷物の仕分けを黙々とやる、というものである。

学生時代によくやっていた。黙々とひとつの作業をやり続けることは嫌いではない。

 

DXなんていう綺麗事とは無縁の世界がそこにはあった

さて、いま日本全体的に「人手不足」「よってDXを」という機運にある。

いわゆる「単純作業」と呼ばれるものは機械に任せないと、およそ経済がまわっていきそうにない、というのは真実だと考えるし、その必要性をあちこちのコラムでも綴ってきた。

 

特に物流業界には「2024年問題」と言われているものがある。

通販業界が膨らみ、運ばなければならない荷物の量が増えている。一方でトラックドライバーの時間外労働が今年4月から規制されるため、運送力に限界が出てくるというものである。

現在の荷物の3割は運べなくなるとも各所で報じられている。

 

さて、倉庫の仕事は荷物をトラックに乗せる以前の作業である。

集荷された荷物は各地域の倉庫にいったん運ばれ、そこで行き先ごとに仕分けされ、行き先に沿ったトラックに乗せられる。

これはどの地域行きの荷物なのか、それを分けていくのがこの仕事である。

 

どんなシステムで仕分けされているか。

その現場にわたしは驚いたわけだ。

 

集荷して拠点に集まった荷物は、ベルトコンベアで流される。

そして、まず大まかな分類に沿って複数のエリア担当に引き込まれ、さらに細かく、例えば県ごとにどの拠点に送るかによって枝分けされていくという具合だ。

 

わたしが配置されたのは、そのベルトコンベアから伝票番号を頼りに、担当地域の荷物を自分の手元に引き込み、下流のより細かい作業を行う台に流すという仕事である。

立ち仕事は良いことだ、と気楽に構えていたのだが、そこでずいぶんいろいろなものを見てかなり考えさせられた。

 

結論としては、「こんなんDXとか言うてる余裕ないわ」である。

 

そんなん聞いてないんですけど?

そもそも伝票にはバーコードがついていて、それを読み取って仕分けるんだったらロボットでできそうだよね?

と思われるかもしれないし、技術的にはじゅうぶんできるはずだし、実際物流倉庫内でも、一部はバーコードによる自動仕分けが導入されている。

 

しかし、ことはそう簡単ではない。
そもそも、呆れる量の荷物がコンベアを流れてくる。こんなん、全部ロボットに置き換えたら何台必要やねん。消費電力どんだけやねん。
なんかもうわたし、通販あんまり使わんようにしよう、そう思ったくらいである。
一方で倉庫は、1日たりとも止められない。

仮にその量のロボットを導入するにしてもだ、例えば高速道路や電車の線路の場合、「工事によりこの時間帯止まります」ということができる。

そしてユーザーは、他の経路で移動することだってできる。

 

しかしこの業界でそれをやろうものなら、時間指定サービスが一旦止まる。

一回それをやったらどうなるか。

事情はわかるけれど、それじゃこちらは商品の納期を守れなくなっちゃう、それだったら他の会社使うよ、となる。

 

入れ替えようにもそんな悠長な時間はない。

そしてこれだけの量をさばくには、結局人を雇った方が維持費も安上がり、となりそうだ。

 

「そんな動体視力ねーよ!」と言いたい量が流れ続ける。

小さいと思って片手で弾こうと思ったのに、めちゃくちゃ重かった場合、筋肉は大ダメージである。

準備運動なしで、重さを知らされていないバーベルを一発で持ち上げろ、そんな状態である。

 

わたしなんかは肝が据わっているところがあるので、「そんなん無理。どうせもっかい流れてくるやろ。焦って荷物壊すより見逃した方がええやろ」と初日ながらたかを括っていたので危ない目には合わなかったが、ろくな説明を受けていない人が、ピックアップできなかった荷物を、レーンを乗り越えて拾いに行こうとする。

 

これ、いつか事故る。

わたしはたまたまコンベアの止め方を教わっていたが(それも途中で)、隣の人はそうでなかったらしい。

 

荷物が目詰まりを起こす。すると、再稼働したときに、等間隔ではなくひとつの箇所で一気に10個くらい引き上げなければならないレーンが発生する。そんなん無理やん。そしてまた止まる。

 

まあそもそも、日雇いの人を集めて業務させているにしては、最初の説明が雑すぎた。

「何をすべきか」を教えるだけで、「もしうまくいかなかったら」「もしミスをしたら」を全く教えられないまま配置に送られる。

 

これはどんな仕事であっても大事だと思う。

「簡単なお仕事です♪」とか言っておきながら、しかしこちとら人間である。

「ミスった時にどうするか?」

最初に教えるべきだと思う。

 

例えば新入社員に「これやっとけ」と言って、ミスをしたときの対処を教えなければどうなるか?

想像に難くない。

 

まず、入ってすぐの社員は、ミスを言い出せないだろう。そして「自分は無能だ」と凹む。

全てに対して及び腰になる。モチベーションどころかマイナスの気持ちが積み重なる。

あるいは、この倉庫で起きた出来事のように、荷物を落としてしまう。

 

ミスは深刻になればなるほど、隠したくなる。

ひとつ隠すと、どんどん隠さなければならなくなる。そして、取り返しのつかない事故が起きてはじめて上司の知ることとなる。

そんな悪循環しかわたしには思いつかないのだが、どうだろうか。

 

「プレイングマネジャー」とはなんぞや?

別にわたしは、特定の業界を非難したいわけではない。
これって、あちこちで起きてるんじゃないだろうか?と思うのだ。

みんな忙しすぎるのである。そしてこの倉庫のように、「フル稼働」が裏目に出るわけだ。

 

「プレイングマネジャー」という言葉をよく見聞きする。すっげーかっこいい感じみたいに。

実務の現場を知らんやつが人を管理するなんてけしからん、という考えで、そのことじたいは悪くない。

 

しかし、ヘタをすると裏目に出る。

例えば営業現場で、プレイヤーであるからにはかっこいいところを見せたいから、いっぱい案件を取ってこようとするプレイングマネジャーが出現したとする。これはある意味では怖い。

どれだけそこが頑張っても、それらを処理するキャパがなければどこかで目詰まりを起こすからだ。

 

「ボトルネック」はけしからん、と思ってそれを避けようとすればするほど、その先の処理をする人間のキャパを超える。

結果、事故が起きる、あるいはストレスを溜め、ひとつひとつの処理が雑になる。

 

ろくろを回る土に適度に窪みをつけて美しい陶器の造形を作る存在、それがプレイングマネジャーでなければならない。むしろそこに美学を感じるべきだろう。

あるいは、プレイングマネジャーほど部下の補佐に回るべきだろう。

 

「引き上げる」のではなく、「底上げする」「土台を強化する」視点も必要だ。

 

あと、繰り返しになるが、「ミスした時の対処法」は何よりも最初に教えるべきことだと思う。

筆者は会社員時代によく、新人に「何でも聞いていい。ただ、それは2年目までね。だからちょっとでも疑問に思ったことはいまのうちに全部聞いとかないと後が大変だよ」と伝えて脅したものだ。

 

これ、間違ってなかったと思う。

できないことをできないと言える勇気、それこそ大切なんじゃないだろうか。

 

あと、こうやって本当の最前線の現場にいる人ほど、大切に扱うべきだと思います。

だって、大企業がひとつ潰れても経済は案外止まらない。

 

でも、ここで働いている人が一斉ストを起こしたら、本当に経済が止まってしまうもの。

 

 

 

 

 

【プロフィール】

著者:清水 沙矢香

北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。

Twitter:@M6Sayaka

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Photo:Claudio Schwarz