ずっと不安だった

おれが自分の性格というものを説明しようとすると、以下のような言葉が並ぶ。内向的、心配性、後ろ向き、弱気、消極的、意志薄弱、怠惰、マイナス思考、ネガティヴ思考、悲観主義……。

 

陰キャで、非リアで、なんの前向きさもない人間ということになる。

今の時代、いや、いつの時代でも人間に求められる資質に反していることこの上ない。そして、その通りおれは底辺に近い人生を送っている。

 

それにしても、なんで、こうなんだろう。というか、世の中の人で、こうでない人がいるのはなぜなんだろう。少なくとも、こう見えない人は存在する。

 

おれは双極性障害(躁うつ病)持ちである。これはおれの性格の前提なのだろうと思われるかもしれない。

しかし、おれがそう診断されるずっと前、それこそ、物心ついたころから、おれは常にそうだった。

 

そして、常に不安だった。

 

幼少期の無力感

おれはちびだった。いや、いまも平均身長から10cm低いので、おれは今もってちびだ。そしてなおかつ、早生まれだった。

 

幼少期の身体能力や知能、感情の発育において、下手すれば一年違う人間と同じことをやらされる。これはかなり難題だ。

おれはたくさん恥をかいた。辛酸を嘗めた。おれはおれを恥ずかしいと思った。なにもできない人間、昔の言い方では「みそっかす」ということになるのか、そういう人間であることを嫌というほど思い知らされた。

 

恥をかくことは苦痛だったし、それを恐れるようになった。なにかを人前でするのことが恐怖になった。それを考えると不安でしかたなくなった。

しかし、だいたい人間生きていると、人前でなにかしなくてはいけないことになる。そんなだいそれたことでもなく、学校行事、発表、体育、音楽、二人一組……書いているだけでいやになってくる。

 

ともかく、おれは幼稚園、小学校、不安にまみれて生きていた。だったら、最初から友達の一人もできないような子だったのか、ということになるが、そうでもなかった。

ただ、人間関係を維持することが無理だった。いじめられはじめた子の側について自分が無視されるようになったり、周りが幼稚に見えて嫌われたり、結局のところ無視され、いじめられる子供になった。

 

そこから逃げるように私立中学校に進学したが、まあ中高一貫六年間、最後はまったく同じように人間関係がなくなった。

おれは生きるのが下手だ。いや、そんな言い回しは格好がよすぎる。おれは人に嫌われる人間だし、なにをやってもうまくいかない。恥をかくのをおそれて、常にびくびくしている。

 

「成長して、背が伸びて、大きくなったらこんな自分も変われるかもしれない」という思いは、小学生のころにはあった。もっと生々しい言葉でいえば「今に見ておれ」だ。『こち亀』で見た両津の言葉だ。

 

が、「今」はこなかった。おれはずっとちびのままだったし、人間関係でうまく立ち回れる技術もなければ、感心されるような才能もなかった。

 

おれはいつも不安のなかにあった。不安はいろいろ不吉な想像につながる。

たとえば、小学生のころ、我が家は毎年夏休みに国内家族旅行に行っていたのだが、いつもおれの脳裏に浮かぶのは「一家心中に行くのではないか」という不安だった。見送りをする祖母の顔を見ては、これが最後なのだろうと思っていた。こんなのは普通のことだろうか。よくわからない。少なくともおれはそうだった。

 

不安が当たり前でも

「それでも、普通の人生を歩んできたんでしょ?」となれば、おれの不安が病的なものと浮き彫りになるのだが、そうでもないから少し面倒だ。

 

おれの親は会社の経営に失敗して、一家離散することになった。土地も家も失って、バラバラだ。

大学の人間関係(大学にもなって「二人一組を作って」をやらされた。おれに一組は作れなかった)など嫌になって中退、ニートをしていたおれも一人暮らしすることになった。あ、もちろん大学に入るのも不安だったし、知らない人と関係を築くのは困難だったし、うまくいかなかった。

 

そんな情況で不安にならない、というほうが難しいはずだ。おれはもちろん不安だった。だが、今思い返してみると、常に不安だったので、不安の特盛みたいにはならなかったような気もする。もちろん最悪の精神状態になったが、ずっと最悪だったような気もする。

とはいえ、そのころの具体的な記憶がまったく抜け落ちているので、平気だったわけでもない。人間、ほんとうに嫌なことは、記憶から抜け落ちる場合もあるんだな、と思う。

 

そして、不安はつねにつきまとっていた。不安じゃないほうがおかしいだろう、という暮らしにあって、それは正常な反応だったろう。おれは物心ついてから二十年、三十年、ずっと不安にとりつかれていた。

 

病気としての「不安症」

そんなおれが精神科に行くことになった。不安が原因ではなかった。どんな状態で精神科に行ったのかは、前に書いた

 

はじめは強迫性障害と診断された。そして、その後、双極性障害と診断された。

躁うつ病。双極性障害の薬はおれに効いたので、おれは双極性障害なのだろう。おれは障害者手帳をとったりした。

 

で、不安はどこにいったのか? どこに行ってもいない。つねに不安はあった。もちろん、医師にも話した。最初からだ。

で、たぶん、最初から「抗不安薬」を処方された。

 

詳しくは覚えていないが、「電車に乗ることへの恐怖」や、「広場恐怖」などについて訊かれたように思う。

そういうのじゃない。全般的に怖いんだ、不安なんだ。そう説明したと思う。

 

というわけで、抗不安薬を処方されている以上、おれは「不安症」の人間だと自称しても構わないのではないだろうか。不安障害。

しかしなんだろう、おれは、自分の双極性障害や依存症(アルコール、ギャンブル)についてはいろいろ本を漁って読んで勉強してきたつもりではあるが、自分の不安症についてはあまり考えたことがなかった。

 

でも、たとえばこんな本は読んだ。

双極性障害と不安症は併存することが多い。そういう話だ。

おれの不安症傾向は幼少期のころからのもので、なんというか、自分があらためて「不安症なんだな」と思うことはあまりない。

 

というか、不安症ってなんだろうか?

「go.jp」のドメインのサイトなら当たり障りのないことが書いてあるだろう。いくつか分類されているな。

社交不安症は、他の人々の前に出たり、特に話しをしたり、注目され、評価される状況に対して強い不安を感じ、そうした状況を避けるようになります。恥ずかしい、悪く思われている、などと悪い方向に考えてしまうことが多くみられます。親しい人や、自分に関心を持たない他人の前では不安が生じないこともあります。(こころの情報サイト)

まず、おれはこれだろう。というか、医師とそんな話をしたこともある。

 

それにしてもなんだろう、「親しい人や、自分に関心を持たない他人の前では不安が生じないこともあります」って、まあ、親しい人の前ではそうだよな。でも、おれは「親しい人」が極端に少ないしな。というか、不安にならないでいい、「気が置けない」人を「親しい人」というのではないか。

 

あと、「他人」というのはなんだろうか。たとえば、おれは大規模チェーンの飲食店でも店員の存在や店のシステム(システムに対応できなくて店員や他のお客さんの迷惑にならないか、そうなって自分が恥をかかないか)が気になって入れないことがある。そういうときはコンビニで食べ物を買って帰る。けっこう重症か。

 

そしてもう一つ、これだ。

全般性不安は、はっきりとした対象にではなく、色々なことに対して次々と過剰な不安を生じる状態です。安心できない状態と言ってもよいでしょう。そのために常に落ち着かず、そわそわとし、疲れやすく、いらいらし、集中力が続かなくなります。

はっきりした対象のない不安。おれがおれを「不安症だな」ととくに感じるのは、これが出てきたときだ。

 

自分の暗い将来とかを思い浮かべて不安になるなら普通のことだ。昔の失敗を思い返して不安になることもあるだろう。でも、そんなんじゃないとき、なんでもないとき、突然、不安感に襲われる。急に不安になる。対象はとくに思いつかない。「急にお腹が痛くなった」ような根拠のなさで、不安でいっぱいになる。

 

これはもう、本当に根拠がない。たとえば最近「ドゥーム・スクロール」という言葉を知ったが、そういう不安心がかきたてられるような情報に長く接していたから、というやや漠然とした理由もない。

むろん、ネットにしろテレビにしろ、暗い話題を追いつづけていると、心が根腐れするような気になるのは十分知っているので、避けるようにはしているが。

 

まあ、ともかく、根拠のない、対象のない、ただただ漠然とした不安感。具体的には動悸や発汗などについて、いったいどうすればいいのだろうか。

認知行動療法? 勉強していない。そのあたりはよくわからない。よくわからないので、おれは頓服的に抗不安薬を飲む。抗不安薬の機序を正しく理解しているわけではない。でも、理解できない不安に薬が効くなら、頼るしかない。

 

不安になったら薬を飲め

しかして、おれはずっとベンゾジアゼピン系の抗不安薬のお世話になっている。レキソタン、いや、ジェネリックを使っているからブロマゼパム、商品名でセニランと言ったほうがいいのか、ともかくそれだ。10年以上飲み続けている。

 

「ベンゾジアゼピンの長期処方はよくないのでは?」という声も聞こえてきそうだ。現にWikipediaなどにはそういった項目もある。

ベンゾジアゼピンの長期的影響/Wikipedia

ベンゾジアゼピン依存症/Wikipedia

ベンゾジアゼピン離脱症候群/Wikipedia

しかしなんだろうか、各薬品の項目でもなんでも、Wikipediaはベンゾジアゼピン系を目の敵にしているように思える。とはいえ、Wikipediaを編集する医者の人もいるのだろうから、偏った意見に覆い尽くされているというわけでもないのだろうか。

 

とはいえ、おれはおれが信頼する医師から処方されているので、問題なしと思って食べている。

基本的には一日三錠。寝る前には確実に飲むが、朝と昼は飲み忘れることも多い。その分、先に述べたように頓服的に飲む。予防的に飲む分には「効いてるのかな、このラムネ」くらいに思っているのだが、不安に襲われたときに飲むと、「やっぱり効くな」と思う。そんな感じ。

 

もちろん、対象のある不安ごとにも効く。完全に不安がおさまるわけではないが、あるていどは効く。

本来の問題の解決にはならないが、一種のパニック状態はおさまり、少しは頭が働くようになる。知らない場所(家系ラーメン店とかだよ)に行くときとかも、飲めば少し余裕ができる。

 

あ、いいじゃないか抗不安薬。すごくいいぞ。というか、なんでこれが子供のころのおれに処方されていなかったんだ。

物心ついたときから、レキソタンをがぶがぶ食べていたら、社交的で陽気なキャラとはいかないまでも、少しはまともな人間関係というものが築けたのではないか。友だちというものも作りやすくなったに違いない。そうであれば、どれだけ生きるのが楽だったことだろう。

 

というか、人間というもの、不安が暴力や偏見の源になることもある。みんなちょっとぼんやりと安心して生きるくらいがちょうどいい。水道水にフッ素を混ぜるように、学校給食とかにベンゾジアゼピンを混ぜるというのはどうだろうか。おれが政治家に立候補するときは、政策の一つとして盛り込もう。むろん、社交性不安のあるおれが立候補などできるはずもないが。

 

というわけで、「自分は緊張しがちだ」とか、「心配性だ」とか思う人は、抗不安薬を飲め。これがおれにできる唯一のアドバイスだ。

なに、精神科にかかると保険とかローンとかがなんだとか? そんな高級な人生を送っているやつは不安ぐらい我慢しろ、といいたいところだが、おれは心優しいのでいわないことにする。

 

それになんだろうか、当事者とはいえ素人が言っていいのかわからないが、レキソタンやソラナックスくらいの抗不安薬なら、「ストレスのせいか胃の調子が悪い」といって内科に行ったら処方されることもある。親しい人から聞いた話だ。

精神科、心療内科に抵抗があるなら、その線でいけばいいのではないか。というか、おれの信頼する医師によれば、対象のない不安にはレキソタン、対象がある場合にはソラナックスが一番効果ありという。ただ、これはおれが「もっと不安にならない、ぶち上がる薬はないですか?」みたいに聞いたときの答えだったので、方便かもしれない。

 

まあいい、おれのような内向きの根暗で消極的で不安でいっぱいの人間は、とりあえず抗不安薬を飲め。それが一番だ。SSRIやSNRIが合うやつはそれもいいだろう。薬が一番だ。

 

……と、言いながら、おれはもっと一番不安に効くやつをキメながらこれを書いている。非合法? 脱法? いや、違う。合法にして最強のドラッグ、アルコールだ。もっとも、こいつは朝から飲むわけにはいかないので、不安で眠れない夜だけにしておくべきだろう。

 

 

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(2024/6/2更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

著者名:黄金頭

横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。

趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。

双極性障害II型。

ブログ:関内関外日記

Twitter:黄金頭

Photo by :Christine Sandu