先日、フェイスブックの社員の給料が年収2600万円であると報じられた。
フェイスブック社員の年収2600万円 17年中央値 ソニー平均の3倍 :日本経済新聞
2017年の中央値は2600万円で、パートタイム労働者も含んだ数字であるとして平均年収はもっと高い可能性があるという。
少し前には中国のIT企業ファーウェイの初任給が月額40万円だと話題になった。グーグルの新入社員は年収1800万円と報じられたこともある※1。
国内の大手企業やIT企業と比べてもフェイスブックの給料は著しく高い。なぜここまで高い給料を払えるのだろうか。フェイスブックは儲かっているから、というだけの話なのか。
■フェイスブックの脅威の利益率
フェイスブックの給料が高いのは儲かっているから、という指摘は当然のことながら正しい。
2017年の売り上げは約406億ドル、営業利益は202億ドル、営業利益率は約50%と驚異的な数字だ。日本の上場企業でもこれくらいの企業はあるが、日本円換算で兆単位の売上規模がありながらこの数字は驚異と言える。
生産性の観点でも、社員一人当たりの売り上げや利益で見るとやはりフェイスブックの数字は抜きんでている。
国内で最も売り上げが大きいトヨタ自動車と比較すると、トヨタ自動車は社員一人当たりの売り上げが約7481万円、フェイスブックは約146万ドル、1ドル109円で換算すると約1億5972万円と、およそ2倍となる。
これが社員一人当たりの利益だと、トヨタ自動車が約496万円、フェイスブックは約6260万円と、10倍以上の差だ※2。
ウェブサービスを主とする企業とモノづくりの企業で利益率が異なるのは当然とも言えるが、製造業の中でも効率性が高いと言われるトヨタと比較してもこれだけの差が出てしまう。
■日本の企業はなぜ給料を上げられないのか
フェイスブックがたまたま儲かっているから給料が高い、というのであれば特殊な事例ということで何の参考にもならない。
しかし、日本はデフレが続き給料は長期間にわたって下がり続けていた。名目所得が過去20年でアメリカは7割、欧州でも4割上がっているが、日本は1割も下がっている(日本総研 政策観測No.33 2012/02/27)。
日本の給料が下がる一方で他の先進諸国の給料が上がっているのなら構造的な問題がそこにあると言える。
その最大の原因は強い解雇規制にある。
例えば日本国内にある企業であっても、外資系企業の給与水準はあきらかに日本企業より高い。
自分はFPとして多数の顧客にアドバイスをしているが、外資系企業に勤務している人ならば30代で年収1000万円超は当たり前といった水準だ。
これも解雇を前提とした給与体系になっている事が大きな理由だ。今の働きに今の給料で応える、逆に言えば業績が悪化すれば大幅に給料を減らしたり解雇をする前提なので給与アップが将来のコストアップ要因とはならない。
外資系企業でも日本にある以上は当然のことながら日本の法律に従って違法行為にならないように対応はしている。
とはいえ、実際には法の穴をかいくぐって(現在の法律ではグレーゾーンとなる)実質的な指名解雇が行われており、従業員も概ねその慣習を受け入れている※3。
外資系企業はクビに出来るからこそ高い給料を払える。
一方で日本企業は解雇が難しく、なおかつ不利益変更と言って急激な給与の引き下げも難しいため、業績が悪化した時の事を考えて給与の引き上げには慎重にならざるを得ない。
そして解雇規制は他の部分にも様々な悪影響を与えている。
解雇は制限される一方で転勤は企業の裁量でほぼ自由に認められている。残業時間もほぼ青天井だ。
電通では新入社員が長時間労働を理由に自殺する事件が発生したが、過労死基準とされている一か月あたり80時間程度の残業は多くの企業でごく普通に行われている。
つまり、雇用調整を解雇ではなく低賃金や転勤、長時間労働で行っているのが日本企業ということになる。
そして解雇を制限出来ても採用を強制することは出来ない。可能な限り少ない社員で、一人当たりの労働を限界まで増やすことで業績が悪化した時でも解雇出来ないリスクをヘッジする……これが日本の雇用ではスタンダードなやり方だ。
果たしてこれは健全な状態と言えるのか。解雇を過剰に避けようとするあまり雇用がゆがめられているのではないか。
■守るべきは「雇用」ではなく「人」
守るべきは雇用ではなく人と考えると、一定の解雇手当と十分な失業保険さえあれば必ずしも解雇を過剰に制限する必要性はない。
結局は企業にどこまで雇用の責任を求めるべきか?という話になる。責任がゼロならば解雇は自由、責任が100%ならば解雇は絶対禁止となる。最適な解はその中間にあるはずだが現在の状況は責任が100%に近い。
理想としては解雇が禁止された上で給料が高く、一方的な転勤も長時間労働も無い状況が良いのかもしれないが、残念ながらそれは無理だ。
企業の収益は様々な事情により乱高下する。そんな中で雇用だけ独立して安定させるのは不可能だ。
「船」が揺れているのにその「乗客」だけが揺れを受けない仕組みを作ることは出来ない。つまり消すことが出来ない経営のリスクを、どこでどのように吸収させるのか?という問題だ。
解雇という形でリスクを吸収させるのか、解雇はしない代わりに低賃金・長時間労働・転勤で経営悪化のリスクに備えるのか。
企業の払う給料は失業保険ではない。セーフティネットの役目を企業から切り離して、失業保険の役目は分離させれば良い。
「船」から落ちても「浮き輪」さえあれば「乗客」が死ぬことは無い。いつ消えてなくなるか分からない企業がセーフティネットの役目を担うことは出来ない。
正規雇用であれば安心、つまり雇用がセーフティネットかのような倒錯した状況の方がよっぽど危険だろう。
つい先日、働き方改革関連法案に対して野党が対案を提出した。
その中身として、残業時間の上限規制は立憲民主党が月80時間、国民民主党が政府と同じ月100時間としている。
アベノミクスをはじめ、あらゆる政策に対して徹底的に反対している野党ですら現在の雇用体系で大幅な労働時間の削減は困難であると認めている。雇用をセーフティネットにしようとした結果、長時間労働・突然の転勤・低賃金とあらゆるデメリットが発生している。
■「北欧神話」という勘違い
時折表れては消えていく話の一つに、自分が「北欧神話」と呼んでいるものがある。
北欧は福祉が充実している、老後の不安が無い、学費は無料、給料も高い……といった北欧は素晴らしい国であるといった内容だ。
しかし実際には福祉や教育費の原資として税率は極めて高く、欧米諸国と変わらずゴリゴリの資本主義が実践されている事がその土台にある。
もう少し抽象化して表現するのなら「メリットの裏にはデメリットがある」という当たり前の話にしかならない。
日本企業で働く人は、解雇規制のメリットを受けるために低賃金で長時間労働というデメリットの甘受を余儀なくされている。これが最適な雇用形態だと思う人が多数派だとは到底思えない。
一定の金銭の支払いで解雇を認めることを金銭解雇と呼ぶが、金銭解雇を認めると社員は全員クビになると勘違いしている人もいる。
しかし、実際には解雇が出来るから雇用が促進される、ということになる。
労働市場という言葉があるように、雇用もまたマーケットの原則が働く。
株を買う人は「売れるから買う」。つまり流動性があるから買える。
買ったら30年間売れません、といった状況で株を買う人はいない。労働市場は魚や野菜のように一度買うと消費して消えてしまうものではなく、取引が成立した後も再び市場で取引される株式市場に近い。
流動性の枯渇した市場で取引は成立しない。日本の労働市場はまさにそのような状況に陥っている。
結果的に「最初の取引」の価値が過剰に上昇する。新卒一括採用により、就活の失敗で自殺者が出るような状況は過剰な解雇規制の裏返しでもある(人手不足で会社を辞めやすくなったことにより、この状況が変化しつつあるのは皮肉とも言える)※4。
フェイスブックの年収2600万円という数字が日本の雇用に投げかけるモノは、決して軽くは無い。
※1 グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか? (シェアーズカフェのブログ)
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43503648.html
※2トヨタ自動車は2017年5月期決算から、フェイスブックは2017年の決算から。為替水準は執筆時点の数字を参考とした。
※3 ブラック社労士が必要とされる理由。(シェアーズカフェのブログ)
http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47021815.html
※4 マーケットが常に正しい価格や取引を担保するとは限らない。これを「市場の失敗」という。当然のことながら金銭解雇の導入には雇用保険の充実と市場の失敗が起きないように慎重な制度設計が必要となる。
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