うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ。

 

おめーは何にも知らないくせに、なぁ〜にが「あんたは、商店街の内情をよその人に喋ったらいかん」だ。ふざけんな。

こっちは商店街に義理もへったくれもねぇんだからな。おめぇらの体面なんざ知ったこっちゃねぇし、だいたいもうそんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇんだよ。

 

商店街組合連合の事務局長に呼び出され、やんわりと説教をくらった私はブチ切れた。だから、洗いざらいぶちまけてやったんだ。

 

私が事務局を引き継いだ組合は、なんと発足してから35年もの間、ずぅうーーーっと運営が杜撰だったことを。

去年ようやく退職した勤続35年の前事務員・岡田さんは、頭を抱えたくなるほど仕事がいい加減で、経理や会計はテキトー。決算書の数字もでたらめだったってことも。

 

けれど、誰もチェックしないものだから、これまで誰にも気づかれず、不正会計と粉飾決算が常態化していたんだってことをな!

 

「これは昨年の決算書です。ここの数字を見てください。高度化事業未収金となってますよね。これは全額が不良債権です。請求先は倒産していたり、行方不明になったりしています。本来は回収不能となった事業年度に貸倒損失を計上してこなければならなかったのに、未処理のままなんですよ。それが積もり積もってこの金額です」

「えっ?高度化事業って、何十年も前の…」

 

「そうです。大昔のものが放ったらかしなのです。しかも、よく見ると高度化事業『他』って、なっているでしょう?この『他』の部分に、色んな未収金が適当に突っ込まれているんですよ」

「普通は、未収金にはその内訳をあわせて記載するものだが…」

 

「内訳なんてありません。岡田さんは、組合がやっている事業の入出金をちゃんと記帳していなかったので、詳細は不明なままです。例えば、こちらの連合との共同事業ですが、当組合の会計上は存在していないことになっています。入出金の記録がまったくないからです」

「ええっ?それは…、一体どうして…」

 

「面倒だったんじゃないですか?なんせ、紙に手書きでお仕事をされてましたからね。毎月、数十件にものぼる取引をいちいち伝票と元帳に書いていたら大変ですもの」

「でも、顧問税理士が居るだろう?税理士は何も言ってこなかったのか?」

 

「顧問は居ません。お世話になっている会計事務所には、決算の後に代理申告を頼んでいるだけです」

「えええ?では、会計理事や監査は何をしていたんだ?」

 

「それはこっちが聞きたいですよ」

「そんなやり方で、これまでお金は合っていたのかね?」

 

「合うわけがないでしょう!」

 

怒気を含んだ言葉を叩きつけると、ようやく事務局長も真顔になった。

 

「いいですか。私は4月に事務局を引き継いだのに、6月になってもまだ通帳を見せてもらえなかったんですよ。

新年度が始まって2ヶ月以上が過ぎても、岡田さんが『お金の管理は私がやるから』と言って、通帳も財布も渡そうとしない。『いいかげんにしてください』ってぶんどったら、すっからかんだったんです。そんな状態なのに、今年度は100万円近い赤字が出る前提で予算が組まれていたんですよ。ありえない」

「しかし、組合が赤字前提で予算を組むこと自体は、ままある話で…」

 

「すでに資産を使い果たしていて、赤字を補填する財源はなく、このさき収入が増える見込みも無いのにですか?」

「いや、それは…」

 

「とっくの前からこの組合は破綻しているのです。毎年秋には様々な支払いが集中するので、まとまった額のお金が必要になります。だけど、どう考えてもその時期にそれだけの余裕はありません。

岡田さんに『お金がないのに、今までどうやって支払いをしていたのですか?』と聞いたら、『そういう時は、とりあえず自分が立て替えて支払いを済ませておくの。それで、組合にお金が入った時に、ちょっとずつ引き出して清算すればいいからね。私はずっとそうしてたから』って言われたんです。つまり、彼女は毎年50万円以上のお金を個人で立て替えており、場合によっては持ち出しもしています。あろうことか、私にもそうするように言ったんですよ。組合の資金として私の銀行口座を当てにするなんて、冗談じゃない!」

「えええ…。個人での立替は、役員借入という形で理事長や理事が資金を出すなら分かるが…、事務員にそんなことをさせちゃいかん。組合の理事たちは、このことを知っているのかね?」

 

「言いましたよ。報告はしましたが、問題の解決に駆けつけるどころか、詳しく話を聞きにきた理事は一人もいません」

「なぜ?」

 

「さあ? みなさんお忙しいんじゃないですか?対策を協議すべき人たちが話を聞こうともしない中で、私にどうしろと?理事が頼りにならないなら、関係者に全てを打ち明けて、協力を仰ぐよりほかないじゃないですか。他にどうすればよかったんですか?」

 

もはや事務局長は私の目を見れなくなっている。気まずそうに視線を外したまま、

「….そうか」

と呟くと、それきり黙ってしまった。

 

「言っときますけど、こうした問題があるのはうちの組合だけだと思わないでくださいよ。連合傘下にある他の組合だって、機能不全に陥っているところが少なくないんですからね!」

と畳み掛けて、私は憤然としたまま局長室を後にした。

 

まったく腹がたつ。商店街組合の腐れっぷりは根が深く、もはや事態は内々で処理できる話ではなくなっているのだ。

 

私のやり方が気に入らないのなら、クビにすればいい。むしろ、こちらは「さっさとクビにしてくれよ。とっとと辞めてやるから」という心構えでいるのだ。

ずいぶん前から辞職を願い出ているのだが、後任が見つかるはずもなく、懇願されて仕方なく残っているのである。

 

残るからにはできるかぎり問題解決に努めるが、この先もずっと頼りにされては困る。ある程度の整理がついたら辞めるつもりだ。

二言目には、「本業が忙しいので、組合には関われない」「自分たちはもう年だから、何もできない」と言い募る組合員たちからの要望を際限なく聞いていたら、やがて私が第二の岡田さんになるだろう。岡田さんとて、最初から仕事を投げていたわけではないのだから。

 

「事務員さんには絶対に居てもらわないと困る」と商店主たちは言うが、それは「自分たちの代わりに面倒なことを何でも引き受けてくれる便利な人に居て欲しい」というエゴである。

 

組合の事務員は用務員ではない。それなのに、商店主たちは何を勘違いしているのか、公園や道路脇の花の世話や、ゴミ集積所の管理まで任せようとしてくるのだからたまらない。

 

道路脇の花壇が手入れもされず、ゴミが放置されて街が荒んでいるのは、事務員が仕事をしなかったからではない。

この街のありように責任を持つべき地権者と商店主たちが何もしなかったからだということを、まずは彼らが自覚すべきだ。

 

こちらがそう言うと、必ず「昔とは違うから無理」だと言い訳が返ってくる。

 

「今は余裕がないんだよ。みんな自分の店のことや生活で手一杯なのだから、街のことを考えたり、組合の活動をするお金と時間がある店主なんて居ないんだ」

と。それはその通りなのだろう。だったらなおさら、やるべきことがあるはずだ。

組合の解散である。

 

元はといえば、この組合は商店街の高度化事業(アーケードの設置や道路のカラー舗装)で助成金を得るために法人化したのだ。

 

高度化事業を終えて、借入金もすべて返し終わった今、組合は役割を終えている。

もっと言えば、すでに商店街そのものが地域住民の買い物インフラとしての役割を終えているのだ。昔ながらの商店街が無くなったところで、住民は買い物に困らない。

 

いいかげんその現実を受け入れて、状況に合わせて変化すべき時が来ている。

現状維持にこだわって、時代の中で役割を終えたものを無理やり延命させているから、余計なコストがかさむのだ。

 

みんな頭ではそれを分かっているのに、

 

「それは正論だけど、口に出したらいけないよ」

「そう白黒はっきりつけようとするな。グレーなものはグレーなまま置いといてくれ」

 

と、私を諌め、問題の先送りを続けようと必死だ。

だったら、好きにすればいいじゃないか。

 

もはや自分たち自身が微塵も信じていない「商店街活性化」に逃げ続け、その場しのぎのイベントを乱発してお金と時間を無駄にしながら、1日でも長く決断を先延ばしにしていたいのなら、ご自由にどうぞ。

私は覚悟を決めない連中にいつまでも付き合う気は無いので、

どうだっていいぜ問題はナシ。

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

マダムユキ

最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Luz Fuertes