以前から読みたかった本が、ようやく図書館に入荷した。「ルポ書店危機」という本だ。
近ごろの私は、ほとんど本を買わない。読書量は以前と変わらず多い方だと思うが、もっぱら図書館を利用している。
どうしてもすぐに読みたいけれど、発売されたばかりで図書館にない場合や、人気がありすぎて予約が多く、数ヶ月先まで順番が回ってこない場合には、仕方なく購入する。紙より安くて便利なKindle版を。
私と同じく読書家の夫や友人たちも、読みたい本はまず図書館で探し、なければBOOKOFFオンライン、Amazon、楽天を利用していると言うから、そりゃ書店も危機になるわけだ。
申し訳ないと思うが、もうオンライン書店や電子書籍が無かった頃の暮らしには戻れない。
かつての私は、暇さえあれば書店に通っていた。
もう15年ほど前になるが、30代前半の頃は本好きが高じて、書店で働くほどだったのだ。
それなのに、今ではリアル書店へは週に1度どころか、月に1度も足を運ばない。
もし住んでいる街から書店が無くなってしまったらと思うと寂しいけれど、じゃあ無くなったら困るかと言えば、特に不便を感じないだろう。近所のレンタルビデオ屋が無くなっても、ちっとも困らなかったように。
私のような消費者が多いのか、ただいま全国的に書店は激減中である。
最近では首都圏の書店でさえ閉店が相次ぐようになったため、いよいよ国が支援に乗り出すそうだ。
経済産業省は、2024年3月5日に全国で減少する書店の振興に取り組む「書店振興プロジェクト」を設置。書店は地域の文化拠点としての役割があり、日本人の教養を高める重要な基盤であると定義。プロジェクトでは、書店の経営者を呼んで意見交換を行い、カフェの併設やイベント開催で集客するといった様々な工夫によって、利用客を増やした事例を全国の書店に紹介するとともに、事業継承の課題などを把握、新たな支援策を検討していくという。
「ルポ書店危機」より
書店員だったことがあるくせに冷たいことを言うようだが、リアル書店を支援してどうするのだろう。もはや市場から見放されてしまった業界に政府が手を突っ込んだところで、衰退の未来は変えられないのに。
出版不況と言うけれど、電子書籍は売り上げを伸ばしているのだから、本が売れていないわけではない。活字や漫画を紙で読む文化が衰退しているのだ。
ならば、主に紙の本を売る商売が立ち行かなくなるのは当然のなりゆきであって、何の不思議もない。
それなのに、また国はこうした無駄な事業に税金を溶かすのかと思うと、心の底からうんざりする。
書店振興のために政府が支援策を検討してもうかるのは、全国の現場でふんばっている書店と書店員ではなく、東京のコンサルだろう。
リクルート出身かどうかは知らんけど、「お上に言われたし、予算も消化しなくちゃいけないから、とりあえず支援に向けた仕事をする振りだけしよう」と考える地方公務員の役にしか立たないタイプのコンサルだ。
「地方の中小の書店を切り捨ててはいけない!」
と言いながら、行政から依頼を受けたその手のコンサル先生が東京からやってくる。
そして、地方自治体の商業振興課のお膳立てで「書店経営者のためのセミナー」を開催したり、公務員をぞろぞろ連れて書店を回り、地域の実情を知らないために的外れな提案をしたりして、何も解決していないのに高額なコンサル料をかすめていくのだ。
そんな風にして東京から下りてきた補助金は、地方に居着かないままコンサルの懐に入り、東京へと帰っていく。いつものことだ。
補助金とは、きっとホームシックにかかりやすいタイプのお金なのだろう。
地方にある昔ながらの街角の本屋さんは、もはや店を開けていても店頭販売はほぼしていない。
店主は高齢で年金受給者。子供はいるけれど後継者はいない。いた場合でも、親が倒れたら閉店か業種転換を考えている。今すぐ店を閉められないのは、高齢の親が商売を辞めて家に居るようになる方が、家族にとっては手がかかるから。
生活が変わることや生きがいをなくすことで、要介護になられたらたまらない。それならば、売り上げがなくてもお店を開けてレジに座らせ、わずかな常連客とおしゃべりでもしていてもらう方が、ボケと寝たきり防止になって、総合的にはコストが下がるというわけだ。
もっというと、めったに客が来なくても古ぼけた書店が営業を続けられる理由は、地域の学校の教科書取次店をしていたり、不動産を持っていたりして家賃収入があるからである。
書店にも儲かった時代が過去にある。その時に蓄財した店主は生活に困っていない。だからこそ、今ではほとんど売上のない店でものんびり続けていられるのだ。
そんな現役からの引退か現世からの引退が近い人たちが、いまさら集客の工夫なんてしたいと思うだろうか?
一方、地方でも中規模以上の店舗や独立系書店になると、上から教えられなくても自分たちでできる努力はすでにしている。
こだわりが見える選書。手の込んだPOPやディスプレイ。本を紹介するフリーペーパーの発行。お店独自の賞の設置。読書会の開催や、本の著者を招待したイベント。SNSの活用。カフェの併設に、本と組み合わせた雑貨の販売などなど。あの手この手で集客の工夫をしている。
意欲的な事業者は、補助などなくても様々なチャレンジをしており、やれることはやりつくしているのだ。
ひとつ疑問なのだが、国が書店を支援したとして、それでリアル書店というビジネスが延命できたとして、そこで働く人たちの処遇は改善するのだろうか。
書店員とは、やりがいを搾取されやすい職業である。
「好きな場所で好きなものに囲まれる幸せ」が仕事のやりがいになるため、純粋に本が好きで真面目な人たちが、超低賃金でも嬉々として働いてしまうのだ。だから書店員の給料は最低賃金に近い。
特に、優秀な人材でも非正規で働かざるを得なかった氷河期世代は、使い勝手の良いコマだったろう。
私が書店員をしていた頃、会社はそうしたスタッフの存在に甘えて正社員を減らし、パートやアルバイトに担当ジャンルを持たせていた。
私が最初に勤めた大手チェーンの書店ではそうだったし、次に勤めた家族経営の書店でもそうだった。ちなみに、当時はまだ幼い子供の子育て中だった私が担当したのは児童書だ。
担当する棚を持ったからといって、時給が上乗せされるわけではないし、売り上げを伸ばしてもボーナスは出ない。それでも担当ジャンルがあるのは、誇らしい気持ちにさせられた。
とはいえ、社員と同等の仕事をさせて、ジャンルの売上に責任を持たせながら、最低賃金に近い時給で非正規のまま働かせるのは「おかしいだろう」という気持ちはあった。
では、社員になれば待遇が良くなるのかと言えば、そうでもないのが悩ましい。
正社員になっても超低賃金は変わらないのである。そのため、大手書店の男性社員たちは「家族を養えないから」という理由で、結婚を機に転職していく者が少なくなかった。
書店の仕事はもともと薄利多売の上に、仕入れては返す自転車操業に陥っている。非効率な仕事は長時間労働になりがちで、書店員は本のプロであるはずなのに、本を読んでいる暇もないほど忙しい。
まだ電子書籍が世に登場する前で、紙の雑誌とコミックが堅調に売れており、東野圭吾と村上春樹の新刊が出るたびにバカ売れしていたあの頃から、すでに現場で働く書店員たちは食い詰めていたのである。
さて、未曾有の人手不足が到来し、他業種間で労働者の取り合いになっている昨今、「非効率」「低賃金」「長時間労働」の三拍子そろった書店業界で、わざわざ働きたいと思う物好きがどれだけ居るだろうか。
いくら国が事業者を支援しても、現場で働く労働者の環境と待遇が良くならなければ、リアル書店に持続可能性は無いと思うのだ。
私は、紙の本が世の中から消えるとは思っていない。例え主流の座を電子書籍に譲っても、コレクターズアイテムとして根強い人気が残るはず。
ただし、そうなれば書店は地域の文化拠点としての役割を降りて、一部のマニアを相手にした趣味の店になる。そうしたニッチな需要を満たす商店は、人口の多い都市部でしか成り立たない。
残念ながら、人口が激減中の地方に住む私の生活圏からは、リアル書店は消える運命だろう。
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【著者プロフィール】
マダムユキ
最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。
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