高知の夏は終わった。
いや、実際にはまだ終わっていないし、暑さが和らぐ気配はみじんもないのだが、高知では「よさこい祭り」が終わると同時に強烈な寂寥感が襲ってきて、気持ちの上で夏が強制終了してしまう。
目に沁みるほど青い空と強烈な紫外線に変わりはないのに、景色が鮮やかなカラーからセピア色へと変化したように感じるのは、街をおおう静けさのせいだろうか。
よさこい発祥の地である高知の「よさこい祭り」は、とにかく賑やかだ。
音響設備をのせた各チームの地方車(じかたしゃ)が、心臓にズドンズドンと響くような大音量で音楽を流しながら街中を進むため、祭りの間は市内の空気がビリビリ震えている。
昔はここまでの大音量ではなかった気がするのだが、今では地方車のスピーカーに近寄ると耳を悪くしそうなほどだ。
元はと言えば、夏枯れに悩む商店街に客を呼び込むイベントとして始まった祭りが、いつしか庶民参加型の一大エンターテイメントへと成長していく過程で、音楽も衣装も振り付けもどんどん派手さとスケールを増していったのだろう。
耳をつんざくような祭りの伴奏音楽を騒音だと感じる県民は少なくないし、全てにおいてド派手なことから「ヤンキーの祭り」だと敬遠する向きも少なくない。
高知のよさこいは自由で勢いがあるものの、伝統文化を感じさせる風情はないため、県民であっても好みが分かれる祭りである。
何にせよ、好むと好まざるとに関わらず、高知の夏はよさこいを境に空気がいれかわる。
今や高知を支配していると言っても過言ではないよさこい祭りだが、残念ながら持続可能な祭りではない。
市内の各商店街が競演場や演舞場の準備をし、金銭面でも労力面でも大きなコストを負担しているというのに、よさこい祭りが開催されることで潤うのは商店街ではないからだ。
祭りの運営コストを負担するものと、祭りによって利益を得るものが一致していない仕組みに持続可能性はない。
現在の運営方法では、よさこい祭りを開催するたびに商店街が疲弊してしまう。
前述したように、よさこい祭りとはもともと、夏枯れに悩む商店街の集客アップのために企画されたイベントである。
だからこそ商店街が舞台になったのだ。
祭りが始まった当初は、ちゃんとその目的にそっていた。
そもそも昭和から平成初期にかけては商店街しか買い物をする場所が無く、ゆえに殿様商売でも儲かった。
そんな時代だったからこそ、商店主たちにも地域貢献を考える余裕があり、費用の持ち出しにも大らかでいられたのである。
しかし、今やよさこい祭りも商店街をとりまく環境も大きく変化している。
競演場となる商店街は、お祭りの間だけは歩道をうめつくすほどの人が集まるが、普段はシャッター通りで、営業している店舗はほとんどない。
比較的元気と言われる中心商店街ですら空き店舗が目立っており、もはや全盛期の面影はないのだ。
「今の商店街で商売が成り立つのは、飲食店くらいじゃないか?」
と、ある商店街の大御所が話をしてくれたが、その通りだと思う。
しかし、かんじんの飲食店ですら、よさこい期間中は儲からない。
祭りのために店頭にビールサーバーなどを出し、唐揚げや冷やしきゅうりなどを売っているが、ああした店頭販売は手間と人手がかかる割に利益が小さい。
むしろ店内への来客は通常営業日よりも減るため、全体としては売上が下がるのだ。
小売店にいたっては、ほとんどがよさこい祭りのあいだは店を閉めている。
祭りの日に商店街に集まるのは見物客であって、彼らは買い物客にならないためだ。
過去にマナーの悪い踊り子や観光客に店を荒らされる被害にあい、こりて休業を決めた店も少なくない。
まともに商売ができないにも関わらず、負担だけは昔と変わらず求められているのだから、よさこい祭りに対して冷ややかな店主が増えるのも無理はない。
そうでなくとも余裕のない今の商店主たちに、昔と同じように運営の責任とコストの負担を求め続けるのは、無理があるし酷である。
また、いつか必ずくる南海トラフ巨大地震のことを考えると、各商店街のアーケードの老朽化も気になるところだ。
今年のよさこい祭りは、祭りの直前に南海トラフ地震臨時情報が出された。
そのため、高知県内の宿泊施設では10日〜18日までのキャンセルが9400人分以上にのぼり、よさこい祭りに参加する予定であった県外チームも出場を取りやめたり、参加者を大きく減らしたりしたチームもあったという。
それでも今年のよさこいは、久しぶりの通常開催だった昨年以上の盛り上がりを見せたように思う。もし南海トラフ地震臨時情報が出されなければ、より多くの人で賑わったのだろう。
結果的には何事もなかったのだから、祭りへの参加や観覧を見送った人たちは、さぞかし無念だったに違いない。
しかし、それは結果論であって、南海トラフを警戒して高知入りを諦めた人たちはまちがっていない。どんなに警戒や対策をしていようと、実際に祭りのさなかに巨大地震が発生したとしたら、悲劇的な大惨事は避けられないのだから。
みんな見て見ぬふりをしているが、どの商店街でもアーケードの老朽化が例外なく進んでいる。
もし、よさこい祭り開催中に地震におそわれでもしたら、ひしめき合う踊り子と見物客の頭上からアーケードの屋根が落ちてくるかもしれない。
そんな不吉な想像を振り払えなかったため、今年はどんなに暑くても屋根のある商店街で祭りの見物をしようとは思えなかった。
実際に地震が起こる可能性は決して高くないと頭では分かっていても、もしものことを考えると怖かったからだ。
商店街のアーケード老朽化は高知に限った話ではない。全国には老朽化して危険な商店街のアーケードが無数にある。
なぜ危険と分かっていながら放置されているのかといえば、管理団体である商店街組合に、アーケードの修繕や撤去をする資金がないためだ。
アーケードの撤去には、1億円以上のお金がかかる。もし建て替えるなら5億はかかり、ちょっとした修繕をするだけでも軽く1,000万円を超える費用が発生する。
商店街のアーケードは、その多くが昭和にかけられたものだ。比較的あたらしいアーケードでも、国が商店街の高度化に補助金をばらまいていた平成初期に建設されている。
ほぼ全てのアーケードは一般的な耐用年数の30年をとっくに超えており、撤去か建て替えかの決断を迫られているが、イオンとネットに客を奪われ、力を落とした今の商店街にその費用を負担する体力はない。
だから放置されているのだ。
アーケードの問題は、対応を先延ばしにすればするほど解決が難しくなる。
時を経るほど老朽化が進んで崩落の危険度が増す一方で、その管理者である商店街組合は、組合員の減少と高齢化で力を落としていくためだ。
本来は、商店街に土地建物を持つ地権者こそがアーケードをふくめた商店街のインフラに関心と責任を持つべきである。彼らの持つ資産の価値に関わる問題なのだから。
しかし、地権者たちの多くはとっくに商売をやめて郊外に引っ越していたり、都会で暮らしていたりして、商店街の問題に関心を持たない。
一方、地権者から店舗を借りて営業している商店は、当然ながら費用の負担を嫌がる。
そうこうするうちアーケードの老朽化は進み、やがては地震が来なくてもくずれ始める。最後は自治体が税金で撤去するしかなくなるだろう。
高知県は、少子高齢化と人口減社会のトップランナーだ。
昨年は、たった3,380人しか子供が産まれなかった。
地域全体の人口が減りゆくことを考えると、商店街もよさこい祭りも担い手不足に拍車がかかることは間違いない。
となると、よさこい祭りはもはや拡大どころか現状維持すら難しい。
すっかり寂れて弱体化した現在の商店街に、多額の税金をぶっ込んで競演場として整備するのか、あるいは競演場を減らして祭り全体を戦略的に整理&縮小させるのか、そろそろ本気の議論を始めるべきではないだろうか。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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