もう随分と前の話だが、金融機関に勤める友人から「起業を考えている」と相談をされたことがある。
聞けば、自分の専門領域でコンサルのような仕事をしたいのだが、なかなか思い切りがつかないということのようだった。
「やっぱり日本って、人脈がないと事業って成功できないと思うんだよ。」
「よく言うだろ。得意客で人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返されるとか。」
要するに、十分な仕事を取れるかどうか。
もしくは会社のカンバンを失っても自分は通用するのかどうか心配なので、客観的な意見を聞きたいと言うことのようだった。
彼はプライベートの友人なので、ビジネスパーソンとしてどの程度の活躍をしているのか正直よく知らない。
しかし短い会話の中で、なんとなくわかったことがある。
彼は、「人脈」というものを勘違いしている。
「人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返される」
などという「俗説」を身近なリスクに感じるのであれば、彼の起業はきっとうまく行かないだろう。
究極の貧乏くじ
話は変わるが、日本が先の大戦で敗戦を迎えた時の総理大臣は誰かと聞かれ、即答できる人はどれくらいいるだろうか。
時の総理大臣は鈴木貫太郎というが、近現代について詳しく教えることが避けられる教育を受けてきた世代には、初耳の人すらいるかも知れない。
「就任時の年齢が史上最高齢の総理大臣」として時々名前が挙がることもあるが、いずれにせよ日本人にすら、その程度の知名度だろう。
鈴木が総理に就任したのは昭和20年4月で、その時の年齢は77歳と2ヶ月。
つまり敗色濃厚で、勝てるわけがない戦争の最終局面で国家の舵取り・・・というよりも“敗戦処理”を任された総理大臣ということになる。
そして鈴木ほど、明治維新から第二次世界大戦敗戦までの「近現代の日本の全て」を知り尽くす人物はいない。
鈴木が生まれたのは1868年1月。大政奉還からわずか数カ月後の慶応3年で、まさに時代は江戸から明治に移り変わる時だった。
その後、誕生したばかりの日本海軍に入ると日清・日露の両戦争にも従軍し、多くの戦功を残す。
特に日露戦争での活躍は凄まじく、日本海海戦では駆逐艦隊を率いて、ロシアの主力戦艦3隻を撃沈もしくは撃破するなど、戦勝に大いに貢献した。
これら活躍もあり、1924年には連合艦隊司令長官(海軍現場トップ)、1925年には海軍軍令部長(海軍トップ)に昇るなど、要職を歴任する。
そして1929年、昭和天皇からの強い要望を受け侍従長に就き、予備役となって一線を退いた。
そんな軍歴一筋で生き、そして引退したはずの鈴木が突然、16年後の1945年4月に総理大臣に担ぎ上げられることになった。
令和に至るも史上最高齢の77歳で。しかも、総理大臣どころか何の国務大臣を経験したことがないにも関わらずだ。
言葉を選ばずに言うと、これは「責任ある適任者がみんな逃げた」からだろう。
「まもなく負ける国のトップ」なんか誰も就きたがらないので、ある意味で当然だ。
政治には一切関わらず、開戦の意志決定に一切参加していない。
戦争中にも、国家の意志決定に関わっていない。
にも関わらず、敗戦の責任を取るポジションに就くことを求められた。
鈴木が求められたのは、それほどに過酷な役回りだった。
実際に、敗戦となれば鈴木は戦犯として連合国側に捕らえられるだろう。
それ以前に、終戦工作を悟られた瞬間に、軍部から暗殺されるかもしれない。
その上で、国を失った最高責任者として未来永劫、歴史に汚名が残り続け、子々孫々まで辛い思いをする可能性すらある。
実際に鈴木は、玉音放送の直前、8月14日の夜から15日未明にかけて、クーデターを企てた陸軍に襲撃されている。まさに想像もできないほどの貧乏くじである。
しかし鈴木は受けた。
昭和天皇から組閣を命じられた時、「もうお前しか、頼めるものはいない。頼む。」と終戦工作を懇願され、この究極の貧乏くじを理解した上で、引いた。
ちなみに鈴木は先に、昭和天皇の侍従長を引き受けたときにも、海軍軍令部長から「はるかに序列が劣る」ポストに転じている形だ。
名誉や序列にこだわる軍人の生き方としては相当に異例のはずだが、この時も鈴木は受けた。
結局鈴木は、就任から4ヶ月後となる1945年8月に、戦争を終わらせることに成功する。
そして即日、敗戦の責任を取って内閣の総辞職を発表すると、程なくして郷里に戻った。
おそらく、戦犯として訴追される準備もしながら過ごしていたのであろう。
しかし結局、GHQからは公職追放を命じられただけで、逮捕も訴追もされることはなかった。
その後、鈴木は自分の為すべきことをすべてやり終えたことを確認したかのように、敗戦から2年8ヶ月余り後の1948年4月に永眠する。
救われる思いがするのは、この「究極の貧乏くじ」を理解し引くことを選んだ鈴木について、今に至るも「国を失った指導者」として非難するような声がほぼ皆無なことだ。
本当に責任ある人たちが全て逃げてしまい、担ぎ上げられた「責任感のある人」に全責任が被せられ、後世の私たちからも罵倒されるのであれば、本当に情けない話になってしまう。
しかし今日、そのような歴史的評価を聞くことはほとんどない。
おそらくこれから先も、そのように鈴木を批判するような意見が主流になることはないだろう。
青臭いことをいうようだが、そんな世の中で本当に良かった。
人脈とは「困った時に頼れる人たち」ではない
話は冒頭の、「人脈と思ってたのに、会社をやめた途端に手のひらを返されるのではないか」と悩んでいる友人の件についてだ。
なぜ私が、彼の起業はきっとうまく行かないだろうと考えたのか。
彼は人脈というものを「困った時に頼れる人たち」のことだと思っているようだが、それは違う。
人脈とは、「自分を頼ってくれる人たち」のことだ。
「困った時に頼れる人」などというものはほとんどの場合、本人の思い込みであり、全くアテにすべきではない。
そんな思い込みで人を頼ったところで、「なんだ、会社辞めちゃったの。ふーん(笑)」と言われるに決まっている。
その一方で、「困っている時に、一番に自分を頼ってくれる人たち」と言われて、いったい何人の名前を挙げられるだろう。ぜひ、数えて欲しい。
多くの名前を挙げられる人は、本当に幸せだ。そういう人は、本当の「人脈」に恵まれている。
きっと今まで、多くの人の困りごとを一緒に悩み、解決に力を尽くし、汗をかいてきたのだろう。
そしてそのような人は、「感謝」という名の「預金通帳」を、世の中のあちこちに持っている。
引き出すつもりはなくとも、自分自身が困っている時にはきっと多くの人が、その解決のために一緒に汗を流してくれるはずだ。
そして話は、鈴木貫太郎のことについてだ。
彼はいつも、どのような無茶振りをされても、多くの仕事を引き受けて来た。
その最後の大仕事が、「総理大臣として戦争を終らせる」という、これ以上はない貧乏くじだった。
簡単に終戦工作というが、その実現のためにどれほどの政治力が必要であったのか、想像もつかない。
まさに生涯を通じ、多くの「預金通帳」を積み上げてきた鈴木以外にはなし得なかった、多くの「人脈」に助けられた大仕事だったのではないだろうか。
将来的に、大きな仕事をしてみたい。
あるいは、どうやって人脈を作ればよいのかと悩んでいる人はぜひ、1冊でも多くの「預金通帳」をつくることから始めてみてはいかがだろうか。
もちろん、100冊の「預金通帳」を世の中に預けても、実際に引き出せるのは2~3冊くらいだろう。
しかし、それくらいで丁度いい。
始めから回収を考えているような人には誰も、「頼ろう」などと思うはずがないのだから。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
先日、コロナ禍でテイクアウト営業に切り替えた焼き鳥屋さんで買い物をしたら、注文していない串がたくさん入っていました。
すぐに電話すると、「いつもお世話になっているので、お客さんが大好きなハツモトをサービスで入れときました」とのこと。
コロナが収まったら、これまでの倍通います。
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Photo by Sharon McCutcheon














