トイレに行く時間もない日々をすごしている
ぼくには時間がない。
本当は、こんな文章を書いているヒマもない。
仕事はいくらやっても減らないし、子どもたちはいくら大きくなっても新たな問題が勃発するし、それ以外の家事、両親の介護、ついでに自分の腰痛の治療…とにかく、やらないといけないことがたくさんあって、いつも時間がない、時間がない、と嘆きながら暮らしている。
なんでこんなに時間がないんだろうかとふと考えるに、要はスキマがないのだと思った。
オンライン会議の予定が次から次に入っていて、トイレに行く時間がない、という経験をしたことがあるのはぼくだけではないと思う。
あるいは訪問先での話が長くなってしまって、建物を出るやいなやイヤホンをつけて、移動しながら次のオンライン会議に入る…なんてこともしょっちゅうある。
そんなこんなで仕事がひと段落して、さあ帰宅して家の用事をしなくては、と電車に乗り込む。
そうだ、そこで本当は、ふう…と心を落ち着かせて、車窓の先の移り行く景色でも眺めていればいいのだ。
なのに、ぼくはスマホを手にして今日のニュースやら何やらを見始めてしまう。
色々と心をざわざわとさせる情報が入ってきて、ぼくはあれこれ考えてしまって、休むヒマがない。
帰宅してからは子どもたちの対応をして、それ以外の家の用事をして、そのスキマの時間で夕方までに飛んできている色々なメッセージを読んだり返事したりして、早く風呂に入れとか、早く寝ろとか子どもたちにギャーギャー言ってる自分が嫌になったりしているうちに一瞬で時はすぎていく。
ようやく家族みんなが寝て、静かになって、さあようやく昼間にできなかった企画ができるぞと思ってPCを開きなおすと、また色々な通知が来ていて、それを見ていたら‥‥ほら、一日はもうおしまいだ。
自分以外の誰かのために身動きが取れなくなっている
いつからこんなに時間がないと感じるようになったのだろう。
ひとつは、家族ができたこと、これは大きいだろう。
結婚するということは自分以外の人のことについて考える時間を使う、ということなのだと今さら思う。
それでも二人だけの時は、結婚相手のことだけを考えればいいけれども、子どもが増えると状況は変わる。
ぼくはいつも自分以外の三人の人間のことを考え続けることになる。
それに加えて仕事に関する人たちや、そのどちらでもない人たちのことも考えていると、そりゃあ時間がないと感じるだろう。
そしてもうひとつは、やっぱりスマホだったりPCだったりのせいだと思う。
いや、端末のせいではなく、端末を通してずっと世界とつながり続けてしまうせい、と言ったほうが近いか。
今や、寝る時間以外、ずっと自分以外の誰か(それも一度に複数の「誰か」たちと)とつながりつづけている。
本当に、トイレに行く時間もないほど。
そしてその誰かのことを考え続けているのである。
それはオンライン会議の相手かもしれないし、急にチャットを飛ばしてきた人かもしれないし、Facebookに久しぶりに投稿した古い友人かもしれないし、その投稿を読み終えたあとにおすすめ記事として案内されたのでつい読んでしまったニュースで報じられていた海外の国の人々かもしれない。
ああ!!
ぼくはなんとたくさんの人たちと勝手につながり、勝手にモヤモヤし、勝手に時間を失っていっているのだろう!!
まさに誘蛾灯に群がる虫たちのように、スマホとPCを通した人工の光に吸い寄せられて、身動きが取れなくなっているのである。
目の前の現実だけがすべてだった思春期
それじゃ、スマホやPCがなかった頃はどうだったんだろう。
ぼくがPCを触るようになったのは周りよりも遅くて、大学生になってからだった。
スマホというか携帯電話も大学生になってからだ。
ただ高校生の頃もポケベルは持っていたし、家の固定電話を使ってよく電話はしていた。
……となると、そういったものとほとんどつながりがなかったのは、中学生の頃だ。
たしかにあの頃、時間はたっぷりとあった。
生徒会とラグビー部に所属していて忙しかったはずだし、中三になってからは猛烈に受験勉強をしていた。
なのに、なぜか大量の、消費しきれないぐらいの時間があった。
生徒会の部屋で、会長が吹くハーモニカに合わせて流行りの歌を熱唱していたこととか、
部活でひたすらキツいトレーニングをさせられているあいだじゅう、涼しげにラケットを揺らしているバドミントン部の女子たちの様子をチラチラと見続けていたこととか、
学校が終わってから仲のいい同級生たちとマンションの自転車置き場でずっとしゃべっていたこととか、
とにかく、目の前のことにだけ夢中になっていた(バドミントン部の女子たちを見ながらもトレーニングも必死にはやっていた)ことばかり思い出す。
あの頃はよかった、なんて話をしたいわけではない。
だいたい、当時ぼくが通っていた中学校は不良だらけで、入学した日にトイレに入ったら、不良たちが文字通りのヤンキー座りをしてタバコを吸っていて、便器も破壊されているものばかりだったのを鮮明に覚えている。
同級生たちもそれに影響されて、どんどん不良化していって、もうめちゃくちゃな中学校生活だった。
はっきり言って、消したい記憶ですらある。
それでも(それだからこそかもしれないが)時間はたっぷりあった。
なぜなら、何度も言うけれど、本当の意味での目の前のことだけが現実だったからだ。
その現実に向き合い続ける時間が、いくらでもあったのだ。
ぼくは自分にとっての「現実」を見失っている
今のぼくは、目の前以外のことばかり考えている。
実際にはこの場にいない東京の人たちと打ち合わせをし、この場にはいない顧客のことについて企画を考え、この場にいない株主のために利益を上げ、この場にいない見知らぬ誰かが起こした事件に対して腹を立てたりしている。
ひょっとしたら、昨今の働き方改革の成果として、少しは自由になる時間が増えているかもしれない。
それでもぼくが「時間がない」と感じるのは、ひょっとしたら、本当の意味での「目の前」のことに集中できていないからじゃないだろうか。
目の前の誰かと、じっくりと話ができただろうか。
その人の表情や様子や、そこにある感情の揺れや、言葉にはできないものを感じることはできただろうか。
あるいは電車に乗り込んだ時、そこに居合わせた人たちのことを覚えているだろうか。
昔はよく電車の中で人間観察をしていたものだ。
この人はどんな職業の人なんだろうかとか、何をするためにどこへ向かっているのだろうかとか、色々と妄想しながら観察をしていた。
今はぼくは電車の中でずっとスマホを触っている。
スマホを通して、ここではない、どこかの人たちとつながっては離れ、つながってはあっちへ行き、ずっとフラフラとさまよい続けている。
ぼくは今、いったいどこにいるのだろう。
ぼくにとっての現実とは何なのだろう。
「時間がない」と感じるのは命を完全燃焼できていないから
こんなことを言っているけど、ぼくはコロナ禍以降の急速なオンラインによるコミュニケーション方法の浸透については、すごくポジティブに取り組んでいた。
Zoomに慣れていない人たち同士でも手軽に参加できるワークショップの手法を開発したり、外部からゲストを招いての全社でのウェビナーもいち早く開催したりしていた。
ただ、あの時、Zoomの画面に現れる人々の映像は、ちゃんと「目の前の」できごとだったのである。
お互いに、なんとか連絡を取りたいし、情報を交換したいし、仕事もしたい。ちゃんと本気でお互いを求めていた。
今のZoomからはそういう切実な情念が失われてしまった。
あって当たり前、使えて当たり前、なんならいつでもどこでも会議ができてしまうせいで、人々の自由を奪い、トイレに行くスキマも与えない極悪非道の拷問ツールとなってしまった。
ここまで長々と書いてきて、なるほどなあと思ったのだけれど、結局はそこなのだ。
何をもってぼくは「時間がない」と思うのか、あるいは「時間はたっぷりとある」と感じるのか。
それは、そこに「限られた自分の命を使っている」と実感できるかどうかなのだ。
どれだけ使える時間があっても、あっちこっちに集中力が分散されてしまって、今日一日、一体何ができたのだろう、と思う日は「時間がない」日だ。
一方で、目の前のことにじっくりと取り組んで、ああでもないこうでもないと試行錯誤し続けたり、あるいは逆にその問題を解決するべく奔走し続けたりした日は、どうも満足のいく日だったなと感じることが多いように思う。
完全燃焼することができた日、と言うこともできるだろう。
ぼくは、今日という一日分の命を完全燃焼させることができただろうか。
そんな中年の切ない想いを成就させるのに、どうもスマホやPCによる過剰な情報干渉が妨げになっているような気がしてしかたがない。
それらに多大なる恩恵を受けてきたことは承知の上で言うけれども。
おまけに、こんな文章を書くことで、そんな妨害施策に加担していることも承知の上で言うけれども。
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現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
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(2026/01/19更新)
【著者プロフィール】
著者:いぬじん
プロフィールを書こうとして手が止まった。
元コピーライター、関西在住、サラリーマンをしながら、法人の運営や経営者の顧問をしたり…などと書こうと思ったのだが、そういうことにとらわれずに自由に生きるというのが、今ぼくが一番大事にしたいことなのかもしれない。
だけど「自由人」とか書くと、かなり違うような気もして。
プロフィールって、むずかしい。
ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。
Photo by:Kevin Ku









