おれと酒、酒とおれ
おれは酒が好きだ。酒も俺のことが好きなんじゃないかな。
とはいえ、「酒」といってもいろいろある。大きく分けたら醸造酒と蒸留酒ということになるのか。大きく分けたらおれは蒸留酒のほうが好きだということになる。
おれが好きなのはウイスキーだ。ウイスキーがお好きでしょう。でも、さらに絞りたい。絞った先にあるのは、スコッチということになる。スコッチのなかの、シングルモルトということになる。
シングルモルトのなかでも、アイラモルトが好きだということになる。ラフロイグが好きだ、ボウモアが好きだ、なによりアードベッグが好きだということになる。どんな味がするのか。薬品臭とすら言われる独特の香りがある。そして、酔いがたまらん。
「酔い」に違いがあるのか。味や、匂いではなく。
おれは「ある」と答えたい。質の良いスコッチのもたらす酔いは別格だ。一瞬で深く染み渡り、じつにいい気分になれる。そして、悪い感覚を残すことなく去ってくれる。
その点で、おれが苦手とするのは醸造酒、なかでも日本酒だ。いや、正確には「日本酒のなかのどれか」ということになる。
ある種の日本酒を飲むと、ひどく悪い酔い方をする。頭も胸もパンパンになって、どうにもすっきりしない。「一番の安酒を飲んでいるからでしょう?」と言われそうだが、そうとも限らない。というか、一番の安酒はそうなる可能性がほとんどなので飲まない。
一時、「純米酒」とあれば安かろうがなんだろうが大丈夫じゃないのか、と思っていたこともあるが、最近そうでもないと気がついた。
大丈夫なやつと、そうでないやつがある。その境目がなんなのかわからない。スーパーで買えるありがちな日本酒でも、大丈夫なのとそうでないのがある。ごくたまにきちんとした銘柄を飲んでみても、だめな場合がある。悪酔いする。
しかし、同じ醸造酒でもワインは悪酔いしない。もちろん、おれが飲むのは五千円どころか五百円じゃないかというスーパーやコンビニで買える安ワインだ。
これが、不思議なことに、白だろうと赤だろうと、一本開けてもぜんぜん悪酔いしない。米とブドウでなにが違うのかわからないが、そういうこともある。おれは金曜日の夜、必ず安ワインを一本飲むことにしている。同じコンビニで買った東スポの競馬欄を読みながら。
おれと焼酎、焼酎とおれ
まあ、ワインもいいが、蒸留酒が好きだというのはある。蒸留酒。日本の蒸留酒といえばなにか。焼酎ということになる。ジンやウオッカ、テキーラ、ネプモイもいいが、焼酎もいい。
焼酎といっても、大きく二つに分けられるだろう。乙類と甲類だ。乙類は本格焼酎とも呼ばれる。なにが乙なのか。
そんなこと調べればすぐに出てくるが、まあとにかく原材料の味をたくさん感じられるのが乙類だ。芋焼酎、麦焼酎、米焼酎、黒糖焼酎。泡盛もこっちに含まれる。あとのことをなんにも考えなくてもいいというのであれば、泡盛のコーヒー割りをたくさん飲んでみたい。やめといたほうがいい。
まあいい、おれは「焼酎を飲むなら本格焼酎に限る」と、自らを制限してきた。あくまで、「おれは酒の味を楽しんでいるのであって、単にアルコールの摂取をしたいわけではない」という思いである。
え、ウオッカも飲むだろう? いや、しかし、ズブロッカとか、ペッパーとかシトロンとか香りのついたやつだし。冷凍庫で冷やしておくし。
ウオッカの話はいい。焼酎だ。おれは焼酎を飲む。どうやって飲む。ストレートだ。というか、蒸留酒も基本ストレートで飲む。
ウイスキーなどトゥワイス・アップ(同量の常温水で割る)で飲むが一番楽しめるというとか言うが、おれは断固としてストレートだ。あなた、牛乳を水で割って飲みますか。薄めたらだめだ。まあ、暑いときはロックにするけれど、まあ、まず割らない。ハードリカーをストレートで。
え、それ、やべえやつじゃん。
いや、それほどやばくないだろう。あ、でも、おれのなかで焼酎は「冬」というイメージがあって、一番寒い時期は「お湯割り」にする。これは本当にあたたまる。ウイスキーもお湯割りにする。はちみつを入れてみたりもする。寒いボロアパートにはこれが効く。
というわけで、こないだの冬も、おれは焼酎を飲んでいたんだよな。もちろん、乙類だ。本格焼酎だ。たとえ1.8リットルの紙パックだとしても、とにかく本格焼酎ならばよい。そういう基準だ。おれはそれをストレートで飲んだり、お湯で割ったりして飲んできた。
が、春を過ぎたころだろうか、なにか焼酎の味や香りがうとましく思えてきた。不思議な感覚だ。なんか、飲んだら後味が悪いというか、そういう気持ちになってきた。
悪酔いというわけではないが、酒が入っていないときに、本格焼酎のことを思い浮かべると、「飲みたくねえな」と想像するまでになった。
だったらもう夏向けのジンやウオッカやテキーラに切り替えればよかった。え、酒をやめろ? 断る。
で、おれはふと、「甲類の焼酎ならば嫌な味も香りもないのでは?」と思ってしまった。思ってしまったのである。
でかいペットボトルの焼酎を買う人間
思ってしまったおれは、瓶で適当な焼酎甲類を買ってみた。「買ってみた」というが、べつに初めて買うわけでもない。なんとなく買うこともあった。が、おれは甲類を続けて買うようなことはなかった。べつに、なんでもないアルコールだと思ったからだ。
が、今度は違う。本格焼酎に感じた「嫌な感じ」がない焼酎なのだ。
少し暑くなってきたので、ロックで飲む。なんの後味もない。悪くない。こんなにいいものがあったのか。なにせ、甲類は安い。安いのに、いいのだ。だから、すごくいいものなのだ。
いいな、と思ったので、次は1.8リットルの紙パックで買った。お得だ。
しかも、雑味もないし、気持ち悪くならない。甲類焼酎を思い浮かべても気持ち悪くならない。悪くない。
おれは甲類焼酎を最初ただロックで飲んだ。ただ、さすがになんとなく味気がないので、ポッカレモン100を足してみた。悪くない。
本当ならこれに炭酸水を加えてレモンサワーにするところだろうが、おれはロックにレモン汁でいい。よくかき混ぜなくてもいい。レモン汁は便利だ。シェリー酒に垂らしてもいい。
でかいペットボトルの酒を買う人間
して、おれは焼酎甲類の魅力に気づいてしまった。
どの銘柄が、というのもない。ブラインドテストしたところで、キンミヤもJINROも鏡月も宝も北極星も大五郎もわからないだろう。ただ、25%のアルコールがあればいい。
となると、より安く買えればそれだけいいということになる。
安く買うにはどうすればいいか。でかいやつを買えばいいということになる。そちらのほうが安い。720mlより1.8リットル。1.8リットルよりも、2.7リットル……。
あ、おれ、「でかいペットボトルの酒を買う人間」になってんじゃん!
と、2.7リットルのでかいペットボトルの、それでも注ぎやすくデザインされたくびれを握りながら、おれはそう思ってしまった。
正直なところ、おれはでかいペットボトルの酒を買う人間を下に見ていたところがある。いや、下に見ようとしていたのか。
とにかく、たくさんの人間が集まって飲み会する以外に、あんなでかいものを買うのはアルコール依存症だと。いや、アル中だと。もう、救いようがないなと。おれは本格焼酎を飲むのだぜ、と。
だが、気づいたら、おれもでかすぎるペットボトルを買う人間になっていた。アルコール依存症は否認の病気という。おれの建前の否認は崩れ、さらに否認をしようがない現実があった。やべえ。
アル中カラカラさんに捧ぐ
おれは、でかい、ペットボトルの、焼酎を、買う、人間に、なっていた。
自らやべえと思う。なんでおれはアルコールが好きなのか。アルコールはおれが好きなのか。依存症を専門とする精神科医の松本俊彦氏はこう述べる。
断言しますが、人間はきわめて飽きっぽい動物です。どんな気持ちがよいもの、どんなおいしいもの、どんな面白いものでも、手を伸ばせばいつでも楽しめるものとなれば、ありがたみが減じ、あっという間に飽きてしまう――それが人間の性です。
おれは酒が気持ちよくて、おいしくて、面白い。しかし、あっという間に飽きるって?
思うに、彼らをその薬物に駆り立てているのは快感ではありません。というのも、快感ならばすぐに飽きるはずだからです。おそらくそれは快感ではなく、苦痛の緩和なのではないでしょうか? つまり、人は、かつて体験したことのない、めくるめく快感によって薬物にハマるのではなく、かねてよりずっと悩んできた苦痛が、その薬物によって一時的消える、弱まるからハマるのです。快感ならば飽きますが、苦痛の緩和は飽きません。それどころか、自分が自分であるために手放せないものになるはずです。
やべえ。快楽や快感ではなく、「苦痛の緩和」だって? あ、その自覚はある。酒を飲んでいるときだけ忘れられる。いや、競馬にのめり込んでいるときも忘れられる。
なに? 現実、現実の苦痛。おれの、誤った選択をしてきた人生の、その先に現前する、この底辺。この底辺の、独り身の、先行きのない人生の、苦痛。双極性障害という、根治がほとんど不可能な病気を背負ってしまった、苦痛。双極性障害のうつ状態がもたらす、強い倦怠感。
酒を飲むとエンジンがかかるような気もする。チェンソーマンがスターターロープを引いたときみたいな気持ちになるような気もする。向精神薬ではなく、アルコールからしか得られない活力があるような気がする。
気がするだけだ。それはおれにもわかっている。アルコールをブーストにして、なんかカーっとなっても、ものは書けないし、ものは書けない。
おれにとってなにか生産的なことといえば、ものを書くことくらいだが、ものも書けなくなる。そうなることは、お前に言われんでもわかっとるんじゃ。
でも、お酒やめられませんね、やっさん。厳しい現実がある。おれは現実から逃れたいために酒を飲まざるをえないが、酒を飲むことによって現実から切り離される。
酒を飲みすぎた翌日は、精神疾患と合体して、まったくベッドにふせってしまうこともある。いや、アルコールだけのせいかもしれない。おれはアルコールに負けている。その現実を、病気のせいにしているかもしれない。よく認めたな、アルコール依存症は否認の病気だ。
「アル中カラカラ」で検索をしてみてほしい。すばらしい動画を見ることができるだろう。でかいペットボトルのウイスキー(!)を、氷入りのカップに注ぎ、「カラカラ」とやる。すごく濃い。濃いけど、「薄すぎ」とコメントがつく。
畳の上に直接素材を置いて、包丁で切る。味の素濃過ぎのなぞの料理をする。見ていて飽きることはない。アル中カラカラさんが現在なにをしているのかは知らない。生きているのかもわからない。おれはアル中カラカラさんのすべての動画を見てしまって、それでもまた繰り返し見ることがある。
おれの行き着くさきとは言わない。さすがに言えない。言えないけれど、でかいペットボトルの焼酎を飲む人間が、でかいペットボトルのウイスキーに手を出すまでの距離は短いかもしれない。いや、まだ4リットルのペットボトル焼酎には手を出していないが……。
おれの先行きも、どうやらあまり明るくない。いま、こうやってものを書いているのも、アルコール駆動によってだ。
スーパーで売っている安いジンをストレートで飲みながら書いている。アルコール駆動おれ。でも、動くためにはそうしなきゃいけないんだから、そうしなきゃいけないんだ。「依存症」ではなく、生きるための「依存」だと信じながら。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
【著者プロフィール】
著者名:黄金頭
横浜市中区在住、そして勤務の低賃金DTP労働者。『関内関外日記』というブログをいくらか長く書いている。
趣味は競馬、好きな球団はカープ。名前の由来はすばらしいサラブレッドから。
双極性障害II型。
ブログ:関内関外日記
Twitter:黄金頭
Photo by :Jun Seita