知人のT氏が、「部下が本を読まない」という悩みを吐露していた。

「いくら言っても、全く本を読まない。発表させたりすると、しぶしぶ目を通してくるんだけど、ほとんど頭に入ってないみたいだ。どうしたらいいのか……。部下の一人は「本で読むより、実際にやってみたほうが良くないですか?」と言うんだよね。」

T氏は溜息をついた。

 

友人のY氏が、それに応える。

「絶対に本を読まなきゃダメなんですか?」

「うーん、そう言われると絶対、ってわけじゃないけど、仕事できる人はかなりの割合で本を読んでるよね。」

「……多分、それ逆だと思います。」

「どういうこと?」

 

Y氏は少し間を置いてからT氏に言った。

「教育学の先生から聞いたんですけど、「本を読むから知識がついてできるようになる」のではなくて、実は「ある程度できるようなったから、本を読むようになる」らしいですよ。」

「……どういうこと?」

「要するに「本」って、新しい知識を入れるためではなくて、自分が断片的に知っていることを整理するために読む、という効果が大きいという話を聞きました。まっさらな状態で読ませても、単なる暗記になって、全く読書が面白くないと。」

 

T氏は考え込んでいる。

「なるほど……。たしかにそう言われると、そうかもしれない。」

Y氏は言った。

「その先生、こんなことも言ってました。「資格取得」っていうのも、ある程度実務経験を積んだ人がやるといい効果があるらしいです。」

「なんで?」

「経験の中で断片的に学んだことが、体系的につなぎ合わされて、応用の範囲が更に広がるって言ってました。」

「そういうことか。ふーむ。」

 

T氏はしばらく考えてから言った。

「すると、部下に「本を読め」と言うのは、ある程度できるようになってきてからのほうがいい、ってこと?」

「そう考えるのもありだと思いますが。」

「むー。」

「実はこれ私も憶えがあって、新人の時、友だちに勧められてドラッカーの本を読んだんですけど、全く頭に入ってこなかったんですよね。10ページ位読んで、きつくて読むのを辞めたんです。」

「まあ、読みづらいよね。」

「でも、働き初めてしばらくして、成果を要求されて、部下を持たされて、その時また、ドラッカーを読んでみたら、「こんなすごい本だったのか」と思いました。全然印象が違ったんです。「自分のために書いてくれたんじゃないか」って思いました。」

「つまり?」

「単に憶えるだけなら、本を見て暗記すればいいだけです。試験とかはこういう勉強方法が一般的ですよね。」

「そうだな。」

「でも、実践を目的とすると、自分で体験したことしか、本から学ぶことはできない。タスク管理の本って、自分でタスク管理を実際にやってみたことのある人にしか、ピンと来ないんじゃないかと思ってます。」

 

T氏は言った。

「……言われれみれば、自分にも覚えがある。新人の時先輩からもらった法律書がどうしても頭に入ってこなかった。先輩は「この本最高にわかりやすいよ」と言ってたけど、自分にはどうしてもそう思えなかった。でも、1,2年たってそれを開いてみたら、「この本すごい」って思ったよ。今までなんとなくやってたことが、きちんとまとまってた。」

「そうです、多分それと同じです。」

「なるほどね、少し部下に読ませるには早かったってことか……。」

「みんな、「暗記」を目的とした勉強に慣れてしまってますからね。読書を習慣化するには「経験したことをうまくまとめている本」を入り口にしたほうが良いかと思います。経験していないことを本から学べる人は、かなり読書のレベルが高い人じゃないですかね。」

 

 

しばしば、起業の相談に来る方の中に、「参考になる本、ありますか?」と聞いてくる方がいる。

しかし、上の話を鑑みると、まずは起業してみないことには、起業の本を読んでもピンと来ないかもしれない。プロジェクトマネジメントも、英語も、仕事術も、「やってみた後」でしかわからないことはたくさんある。

無闇に自分が良いと思ったものを薦めてもダメなのだ。

 

多分「良い本」とは、その人の今までの経験を、新しい領域にどう適用すればよいかの指針となる、架け橋のようなものなのだろう。

 

 

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