つまらない仕事で一日のほとんどの時間を使い果たしてしまう人に向かって

「人生短いんだから、好きなことをしなさい」

というアドバイスをする方がいる。

 

それはもちろん正しい。

「苦痛な仕事を長年我慢してつづけた」という先にあるのは、平凡な結果と、会社への深い恨み、そして大きな後悔である。

定年まで勤め上げ、退職金をもらっていざ第二の人生……と思った時に、自分には何も残されていないことを知るのは、あまりにも残酷だ。

「成果は平凡でも、好きなことを仕事にして、毎日楽しく過ごしたい」と言う気持ちは、少しも責められるものではない。

 

やり抜く力「Grit」で知られる、心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏は、次のように述べる。*1

若い人たちへ「自分が本当に好きなことをしなさい」とアドバイスするのはバカげたことなのだろうか?
実はこの問題については「興味」を研究している科学者たちが、この10年ほどで最終的な結論に達した。

第一に、人は自分の興味にあった仕事をしているほうが、仕事に対する満足度が遥かに高いことが、研究によって明らかになった。これは約100件もの研究データをまとめ、ありとあらゆる職種の従業員を網羅したメタ分析による結論だ。(中略)

さらに、自分の興味にあった仕事をしている人は、人生に対する全体的な満足度が高い傾向にあることがわかった。

第二に、人は自分のやっている仕事を面白いと感じているときのほうが、業績が高くなる。
これは過去60年間に行われた、60件の研究データを集計したメタ分析による結論だ。
自分の本来の興味にあった職種に就いている従業員たちは、業績もよく、同僚たちに協力的で、離職率も低いことがわかった。

研究結果を見れば、好きなことをしなさい、は完全に正しいアドバイスだ。

 

だが一方で、「好きなことでは食べていけないよ」という方もいる。

彼らの言い分はこうだ。

・好きなことは皆似たり寄ったりで、厳しい競争が待っている。

・好きなことを仕事にすると嫌いになる

・好きなことはマーケットが小さく、稼げないかもしれない

結論として「好きなことを仕事にして食べていこうとすると、貧乏になり、不幸になるよ」と言われるのだ。

 

確かに知人で何人か「クリエイターになりたい」とか「作家になりたい」と言って会社をやめたり、就職を選ばなかった人達がいるが、必ずしも幸福だ、とはいえないようである。

多くの場合、作品が評価されないので、好きではない仕事で日銭を稼ぎながら、好きなことを続ける、という状況だ。

これでは折角、「好きなこと」を選んだはずなのに本末転倒である。

 

 

では何が正解なのだろうか。

肝心なのは「好きなこと」を選択するリスクを正しく理解することだ。そして、そのリスクは2つ。

 

1.今の「好き」は人生をかけるほどの「好き」ではないかもしれない。

2.好きであっても、成果が出せず、豊かな生活が手に入らないかもしれない。

 

1つ目のリスクは、現状やっていることが嫌だから、別の対象を「好き」と思い込んでいるだけ、という状態だ。

いわゆる現実逃避であり、この場合は「好き」を仕事にしたとしても、成果の出ない下積み期間にあきらめてしまう可能性が高い。

 

2つ目のリスクは「好き」が成果、すなわち名声、評価や金銭的な見返りに結びつかない場合だ。「自己満足で良い」という方もいるが、大半の方は生活があるので、そういうわけにも行かないだろう。

この場合、原因となるのは2つ。才能の欠如と、マーケットサイズが小さく商売にならないという状態だ。

 

 

では、このリスクを踏まえた上で、どのように行動すべきだろうか?

 

現在のところの最適解(に近い)と思われる行動は、私の知るあるジャーナリストが答えてくれた。彼は当初「小説家」を目指していたが、自分の得意なことは創作ではなく報道だと気づいたことでうまく適応し、幸福な人生を送っている。

 

彼はこのように言う。

「まずは、「これが好き」と決めつけない、「これが好きではない」と決めつけない。とりあえず依頼されたらなんでもオープンに試してみることが重要かな。そうしていると、だんだん自分の得意な領域が見えてきて、成果が出せる領域と、全く箸にも棒にもかからない領域がわかってくる。もちろん成果が出せるものが「人生をかけてもいいほど好き」になる可能性が高いよね。」

つまり、色々ためして、得意なことが、好きになる可能性が高い、ということになる。

 

これは、上述したアンジェラ・リー・ダックワース氏も同じようなことを述べている。*1

「やり抜く力」の鉄人たちにインタビューを始めた頃は、どの人にも、ある時突然天から与えられた「情熱」に目覚めた瞬間があったに違いないと思っていた。まるで映画のように、人生を変える決定的な瞬間にふさわしく、ドラマチックな証明とオーケストラの壮大な調べに彩られたストーリーが目に浮かんでくるようだった。

(中略)

ところが、実際にインタビューで話を聴いてみると、ほとんどのひとは「これだ」と思うものが見つかるまでに何年もかかっており、そのあいだ、さまざまなことに興味を持って挑戦してきたことがわかった。
今は寝ても覚めても、そのことばかり考えてしまうほど夢中になっていることも、最初から「これが自分の天職だ」と悟っていたわけではなかった。

この考え方は非常に本質をついていて、あれこれ迷った末に、なんとなくこれかな、と思ったものが
一生の仕事になってしまった、ということも十分ありえることを示している。

 

逆に、一番まずいのは「◯◯以外には興味がない」という発言だ。

既存のコミュニティ内だけの価値観にとどまり、外の世界との交流が少なく、「◯◯が好き」と自分で決めつけている。

 

端的に言えば、知っている世界、興味の範囲が小さい人が、その中から無理やり「自分の好きそうなこと」を選択している状態が、一番リスキーであるということだ。

そうして考えてゆくと、実は「好きなこと」よりも「得意なこと」を意図的に探して選択するほうが、ずっと人生は楽しい。好きかどうかを考えず、試して得意なことを発見しに、広く外の世界へ出てみようではないか。

実は、大人になればなるほど、選択肢の幅は広くなるのだから。

 

 

 

Books&Appsの広告・広報サービスについて

 

安達裕哉Facebookアカウント (安達の最新記事をフォローできます)

・編集部がつぶやくBooks&AppsTwitterアカウント

・すべての最新記事をチェックできるBooks&Appsフェイスブックページ

・ブログが本になりました。

Maurits Verbiest

 

*1