最近、本屋の自己啓発本コーナーに行くと、二つの相反するメッセージを全身で感じるようになった。
頑張れ、という本。頑張るな、という本。
一つは、よりスマートなビジネスパーソンになるための自己啓発本の類である。タイトルを見ると「あれしろ、これしろ」のオンパレードだ。
成長するために努力を惜しむな。
自分の課題に向き合い、改善せよ。
成長しなければ、社会では生き残れないぞ。
そんなメッセージを全身で感じる。
もう一方は、「ありのままの自分を受け入れよう」という、新たな種類の(?)自己啓発本である。これらの本は、
頑張らなくてもいいんだよ、出来ないのも自分なんだ。
嫌われたって良いじゃないか、他人の目は気にするな。
今の自分でいいじゃない、好きなことで生きていこう。
成長至上主義の自己啓発本とは対照的なメッセージを発している。
少し前までは、前者のタイプの本が圧倒的に多かった。
・・いや、違う。
少し前まで、私は前者の自己啓発本にしか興味がなかった。後者の本は、前からきっと存在した。でもそれらの本が発するメッセージは、私に届いていなかった。成長するための本以外は、本じゃなかった。
頑張った方がいいのか。それとも頑張らない方がいいのか。私にはわからなかった。
頭オカシクなっちゃった。
こんな風になったきっかけは、おそらくあの出来事だろう。
「あれ?文章が読めない。」
ある朝、いつも通りお客さんから送られてきたメールを読もうとしたが、全く理解することができなかった。
一つ一つの文字を指で追い、声に出して読んでみる。私の声は、確かに音声として耳に入ってくる。だけど、なぜか頭に入ってこない。
「あ、頭オカシクなっちゃった。」
そう思った瞬間、激しい動機と吐き気と腹痛に襲われた。オフィスには私一人しかいなかった。なぜならその3ヶ月前、会社の方針についていけず、私以外の社員が全員辞めてしまっていたからだ。
「これは早退した方が…いいよね。でも、今日アルバイトさんが午後来るしな…早退しても大丈夫かな」
そんな状況になってまで、休むことへの躊躇いが頭をよぎった。
私は完全に心を病んでいた。
成長という脅迫観念からどう抜け出すか
この話をすると、半分くらいの人が驚き、哀れみ、そして元気づけようとしてくれる。そしてもう半分くらいは「実は私も…」と、身の上話を話し出す。
結構な割合で「実は…」と話されるので、似たような状況で追い込まれている人は案外多いんだな、と少し安心する。
私たちは小さな頃から、頑張ること、成長することがずっと正しいと教えられてきた。そして、その期待に応えるために必死で頑張ってきた。
例えば、以前勤務していたコンサルティング業界なんかは、特にそういう人たちの集まりだった。成長意欲の塊。周囲の期待に応え続けてきた人たち。経営コンサルタントという職業柄、ロールモデルとして振る舞うことが常に求められた。
会社には、とにかく社員はこうあるべきという行動指針が、具体的な言葉で表現されていた。
守るべきルールは100個以上あった。それらが詰まったタウンページみたいな冊子を、社員は毎日読み合せた。行動指針を体現できる人は優等生として評価され、できない人は努力が足りないと責められた。
行動指針を全て体現できる鉄人なんかいないことは、冷静に考えればわかるはず。なのに、頑張ること、成長することが絶対的な価値観の世界で生きていると、いつの間にかそうした冷静な判断ができなくなってしまう。
できない理由は全て「自分の努力不足」というロジックに支配され、自分を責め続ける。
こうなってしまう人に共通するのは、みんな努力家で、真面目で、人一倍責任感が強いということだ。つまりは、会社から高く評価されるような人材ばかり。彼らは優秀なゆえに仕事が集まってしまう。断ることを許されないから、いや、自分に許さないから、どんどん仕事が回ってくる。
若いうちは、苦手なことでも頑張れば、その努力と忍耐自体が評価される。しかし無理や忍耐はずっとは続かない。いつか爆発してしまうものだ。
そうやってある日プツンと糸が切れ、一人、また一人と心を壊していく。
頑張り屋さんは、頑張ることをやめてみる
頑張り屋さんは「頑張りすぎがダメだ」と言われると、「じゃあどうやって頑張らないようにすべきか」の方法を頑張って探そうとする。頑張らなくていい系の本を必死に読んだり、ヨガに通ってみたり。
成長至上主義の自己啓発本の代わりに、今度は頑張らなくていいよ系の本を読み漁る。自分で自分に「頑張らなくていいんだよ」と声をかけてあげることができないから、本に、自らを古い価値観から解き放ってもらいたいのだ。
何かにしがみついていないと不安でたまらない。しかしそうやって忙しなく動き続けることを繰り返すと、それは癖となってしまう。動くことで本質的課題に向き合わないという、悪い癖だ。
「新しい働き方なら、うまくいくかも! 」
「新しい職場なら、うまくいくかも!」
「好きなことだったら頑張れるかも!」
自分と対話しないうちに早々に出したこれらの結論は、すべてまやかしだ。
そもそも頑張ること自体をやめないと、一瞬の快楽を得るだけで終わってしまう。職場を変えてみても、働き方を変えてみても、成長と努力信仰から抜け出さない限り、また同じ状況に陥ってしまう。
「私たちは頑張った方がいいのか。頑張らない方がいいのか。」
ここ最近ずっと考えているけど、やっぱりよくわからない。頑張りたい時もあるし、フーッと一息つきたい時もある。嘘いつわりない、正真正銘の気持ちだ。
ただ色々思考して、一つだけわかったことがある。それは、自分の課題は、絶対に自分でしか解決することができない、ということだ。本も、ヨガも、ましてや転職も、会社も、親も、恋人も、代わりに解決はしてくれない。
一人静かに座って、自分自身と対話することでしか解決できない。少なくとも「この課題を解決したい」と決意できるまでは。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

ティネクト代表の安達裕哉が東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。
ティネクトでは現在、生成AIやマーケティング事業に力を入れていますが、今回はその事業への「投資」という観点でお話しします。
経営に関わる全ての方にお役に立つ内容となっておりますでの、ぜひご参加ください。東京都主催ですが、ウェビナー形式ですので全国どこからでもご参加できます。
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
−筆者−
大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールに渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在は「日本と世界の若者をつなげる」ことを目標に、フリーランスとして活動中。
筆者Facebookアカウント http://www.facebook.com/rie.oshima.520
個人ブログ:U to GO