今回の「大学探訪記」は生物の遺伝子に関する研究の話を取り上げます。
まず、遺伝子とは、一体何なのでしょう。殆どの生物の体は小さな「細胞」と呼ばれるものの集合です。
この細胞の中には「核」と呼ばれる物があり、「核」の中には染色体と呼ばれる物質が存在します。この辺りまでは高校の生物学で習った方も多いと思います。
(画像出典:国立スポーツ科学センター http://www.jpnsport.go.jp/jiss/column/saizensen/saizensen_07/tabid/449/Default.aspx)
そして、この染色体に含まれているものがDNAです。(詳しい構造が知りたいかたは、上の図を御覧ください)
さて、この「DNA」という存在。お聞きになったことのある方がほとんどだと思いますが、一体何なのでしょう。
DNAはひとことで言うと「記録メディア」です。様々な生命に関する情報を分子の配列という形で保管しているメディアなのです。ちょっと乱暴ですが、CDや磁気テープと同じようなものと考えて良いでしょう。
ここで疑問なのが、DNAに記録されている情報とは一体何なのか、という話です。
CDには映像の情報や音楽の情報などが書かれていますが、DNAには一体何が書かれているのか。
実は、メインとなる情報は「タンパク質の設計図」です。DNAには何の事はない、タンパク質の情報が書かれているのです。
「タンパク質」と言うと、卵や肉などの食料品を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実はタンパク質は生体内でもっと重要な役割を担っています。
それは、生命活動の制御です。
例えば、筋肉を動かすのも、お肌をツヤツヤにするのも、病気を治すのも、食べ物をエネルギーに変えるのも、全てからだの中でタンパク質が作用しているからです。
あるものは酵素として、あるものは抗体として、あるものはホルモンとして。我々のからだは、タンパク質に制御されており、その設計図を、DNAは記録しているのです。
そして、DNAの中で「タンパク質の設計図」を記録している部分を特に「遺伝子(Gene)」と呼びます。ここでようやく「遺伝子」にたどり着くことができました。
遺伝子は、細胞の中の染色体の中のDNAの一部、タンパク質の設計図の部分のことです。
これについて研究をしているのが、高エネルギー加速器研究機構の安達成彦先生です。
−今、どのような研究をしているのですか?
そうですね…、例えばヒトのゲノムDNAにはどのくらいの情報量が含まれていると思いますか?
−ちょっと想像もつかないのですが……膨大な量なのでしょうか。
いえ、実はヒトですらたった750MB、大体CD1枚分くらいしか情報がないんです。
−そんなに少ないんですか。
そうです。そんな少ない情報量しかゲノムDNAは保持していないのに、会議とかスポーツとか、経済活動とか芸術活動とか社会活動とかいったいなんでこんなにいろいろと凄いことができるのか?
おそらくここには、 少ない情報量を活かす、何かすごい仕組みがあるはず、と思い、その研究をしています。
−具体的には、どんな研究なのですか?
具体的に言うと、DNAから遺伝情報を読み出す仕組み、転写反応の研究をしてい
「セントラルドグマ」はご存じですか?
−いえ。物々しい名前ですね。
セントラルドグマは生物学では、ゲノムDNAから遺伝情報が読み取られ、RNAが作られる「転写」反応。そして、RNAからタンパク質が作られる「翻訳」と言われる反応。この一連の流れのことを指します。
(画像出典:研究.net http://www.kenq.net/dic/64.html)
例えばアルコールを飲むと、それをからだが検知し、アルコール分解酵素(=タンパク質)がDNA上の遺伝子から「転写」と「翻訳」を経て生み出されます。そして、その酵素がアルコールを分解します。
−DNAは、容姿や能力を決めるだけではないのですか?
そうです。生きれていれば今この瞬間にもDNAから何かのタンパク質が生まれ、からだの中で働いています。DNAは生命を制御していると言っても良いでしょう。
−なるほど。DNAは生まれる時だけ使われるわけではないのですね
そうです。そして、私がやっているのは、DNAからRNAが作られる最初の反応である「転写反応」です。
そして、転写反応に必須なのが、RNAを合成する転写酵素です。しかしここで不思議な事が一つあります。DNAの中で特定のタンパク質の情報が書かれている部分、つまり遺伝子は、ほんの一部です。
どうやって転写酵素がDNAから必要な情報だけを読み取っているのか、不思議ではないですか?
−うーむ……
実は、TBP(TATAボックス結合タンパク質)というタンパク質が、転写の開始位置を転写酵素に教えています。ですから、このTBP、生物にはとてもとても重要です。
−これがないと、タンパク質が作られない、ということですね。
そうなんです。ですが、実は進化的な起源は不明なんです。
−進化的な起源とは?
単純に言うと、TBPというタンパク質を記録している遺伝子が、いつ生まれたのかわからない、ということです。
TBPは古細菌と真核細胞にはありますが、真正細菌にはないので、約35億年前から約20億年前のどこかの段階で TBPが誕生したことが予想されていますが、はっきりとしたことはわかりません。
TBPは重要なタンパク質ですから、どのように現在の姿になってきたのか、これを突き止めることは生物進化を解き明かす上で重要なテーマの一つです。
もちろん古い遺伝子は現代に残っていません。ですから現在の生物種の中で、祖先に近い遺伝子を持つものがどれなのかを知りたいのです。
−下等生物が、祖先に近い遺伝子を持っているのではないのですか?
そこなんです。
一見すると下等生物が「古い遺伝子を持つ」と考えがちですが、人も下等生物も、共通の祖先からは同じ時間が経過しているわけですから、実は人のほうが共通祖先に近い、という可能性もあったわけです。
−とても意外です。
そうですね、今回は数学的な手法を用いた新しい手法を開発し、どの生物種が共通祖先に近い遺伝子を持っているのかを突き止めました。
−どちらのほうが古い遺伝子なのかわかるということは、かなり価値がありますね。
そうです。
この方法を使うと、 時代とともに遺伝子がどのように変化したかがわかります。さらに応用すると、祖先型の遺伝子も予想できてしまう。これはとても応用範囲の広い研究なんです。
−ところで、先生は何故この道に進まれたのですか?
実は、高校の頃はパイロットになりたかったのですが、視力が悪くてなれなかっ
当時は途方にくれて、寺田寅彦とか小林秀雄とか志賀直哉とかを読んでいたんですが、結局、寺田寅彦に惹かれて物理に進みました。
ただ、物理学の方は当時けっこう完成されてるように見えたので、まだ理論が出てない生物学に進むことにしました。中でも、物理学の視点で生物学に取り組む生物物理に進みました。
生物学に来てみて、生物が人類の開発した機械より優れている点は何かと、考えたんです。
−生物は機械に比べて何が優れているんでしょう?
パワーとかスピードとか繰り返し動作の正確性とか耐熱性とかは
ですが、生物が機械よりも決定的に優れていることが3つあります。
1. 部品の小ささ
2. エネルギー変換効率
3. 情報処理の巧みさ
1.2.は、当時教わっていた先生(早大・石渡先生)がすでに取り組ん
そこでいろいろ研究してるうちに、こんなに複雑な反応は、形を明らかにしながらやらないと不可能と
−高エネルギー加速器研究機構で行われているのは物理学の実験で、生物学は全く異なる分野のように見えますが……。
実は、かなり関連があります。施設内をご案内しましょう。
−かなり広いですね。
東京ドーム33個分の広さがあります。自転車に乗ったり、ランニングしている人もいますよ。
そして、ここが実験で使っている放射光施設、フォトンファクトリーです。
−ここに来た時から思っていたのですが、そもそも、なぜ生物学の実験に粒子加速器が必要なのですか?
詳しくは資料を見ていただくとわかると思いますが、端的に言うと「強いX線を取り出すため」です。加速された電子を曲げると、接線方向に強力なX線が出るので、そのX線を使って、タンパク質の構造解析などをしているのです。
実験室で作った0.01-0.1mmくらいの大きさのタンパク質の結晶を、このピンの先に載せて、X線を当てます。
すると、下のような回折像が得られるので、逆算するとタンパク質の構造がわかる、という仕組みです。
−こんな小さなものを見るのに、こんな大きな施設が必要だ、というのも、なにかおもしろい感じがしますね。
タンパク質の大きさは、1mの1000分の1の、1000分の1の、1000分の1くらいなので、普通の光学顕微鏡では見えません。
結晶を作ってX線を使って見ることになります。施設が大きいので、一つの大学だけでは所持できず、国や国民の皆さまのサポートを受けて、複数の大学や企業で共有しているんですよ。
34年前に作られた施設なんですが、まだ現役で活躍できています。設計や建設に携わった方は、相当、先を見越して作ったのだと思います。
−安達先生、今日はご案内いただき、ありがとうございました。研究にご興味のある方は、こちらのページからお問い合わせください。
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