一人の新卒がいた。
彼は自分の能力に自信を持っており、100%ではないものの、自分の希望した会社に入れたことに満足していた。同じ新卒の仲間と新人研修では切磋琢磨しあい、時にはチームが高い評価を受けることもあり、彼は希望に燃えていた。
そして、新人研修が終わり、配属が決定した。驚いたことに、彼は希望の部署に行くことができなかった。あれだけ研修で頑張ったのに何故……。疑問だった。
人事に理由を聞いても、「理由は言えないが、適性を考慮したため」という返事が返ってくるだけ。
彼は、「世の中というのは、希望通りに行かないこともあるのだ」と、自分を納得させるしかなかった。
彼が配属されたのは営業だった。
会社の営業部は厳しいことで有名で、新人といえど、それなりの目標を達成することが求められる。彼が求められたのはこれから1ヶ月間の間に、次の2つの目標を達成することだった。
「テレアポで1週間の間に3件のペースでアポイントを獲得すること。」
「ある展示会に顔を出し、そこで名刺を100枚集めること」
彼は「嫌な仕事だな」と思ったが、先輩から「全員これをやって、営業の基本を学ぶんだ」といわれ、覚悟を決めて取り組んだ。
結果、展示会の方はなんとか目標を達成することができたが、テレアポはどうにも苦手で、彼は結局、一回も目標を達成できなかった。
もちろん自分のプライドに掛けて、彼は努力した。先輩にスクリプトをもらい、練習をし、自分で声を録音してチェックをした。だが、彼は目標を達成できなかった。
表彰される同僚を見ながら、彼は「努力って、報われない時もあるのだな」と実感した。
新人時代が終わり、彼は営業として正式に顧客を担当することになった。
彼の担当は10社、加えて新規開拓についても数者の目標値が与えられ、活動することになった。しかし、担当顧客のうちの1社は難しいことで有名な顧客だった。
取引額が大きく、大事にしなければならない顧客なのだが、どうにも理不尽な要求が多いことで有名だったのだ。
「休日にもクレームで呼び出される」
「顧客の担当者が細かい人物で、些細なミスであっても強烈な叱責を受ける。」
「値引き要求に対しては、担当者を個人的に接待することで、条件を緩和してもらう」
など、彼は「商売の現実」をつきつけられた。
彼は取引先の要求をひたすらこなしながら、「とにかく、波風立てないように振る舞うにはどうすればよいか」を学んでいった。
4年が経過し、彼は初の異動となった。
新しく配属された部署は、新規事業の立ち上げを担当する部署。彼は既存の仕事に嫌気がさしていたので、「一度別のことをしたい」と希望を出した結果、それが通ったのだ。
「この会社も捨てたものではない」と彼はまた、希望に燃えて仕事をすることになった。
だが、その期待は1ヶ月で裏切られた。
新規事業の立ち上げは困難を極めていたのだ。会社の都合で作られた、ニーズのない新商品は、顧客に全く活用してもらうことができなかった。
ニュースリリースこそ華々しく、目立っていたもののその後の受注は殆ど無く、「抜本的な商品の改良が必要」という現場の声も、担当役員から「別の部署とお客さんの食い合いになってしまうので、商品のスペックを変えることができない」と、無視された。
当然、彼の評価も最低レベルであり、ボーナスも大幅に減額されてしまった。彼は「会社というものは、新しいことを始めると損をするのだな」と学んだ。
彼は元の部署に戻してもらい、新規事業のチームは解散した。
7年が経過し、彼は月間で最高の成績を残すなど、徐々に成果を出せるようになっていった。やはり、地道にコツコツやるのが一番だ、と彼は実感していた。
現在担当している顧客で面倒な客はいない。上司からの信頼もそれなりにある。
彼は入社して初めて、「自分は仕事ができるようになってきた」と実感していた。そして、最近ではちらほら、同僚の昇進の噂も聴く。
彼はそれを聞くたびに、昇進したくてたまらなかった。この働きを認めてほしい、報われたいと切に願うようになっていた。
上司からも「今年は狙えそうだな」という言葉をもらい、満を持して迎えた評価の時期。
だが彼に昇進はなかった。その代わり、同期の別の人間が数名、評価されて昇進していた。だが彼は納得がいかなかった。「奴らよりオレのほうが数字が上だし、仕事ができるのに……。」
上司に理由を聞いても「来年頑張れ」と言われるだけで埒があかない。
そんな時、一つの噂を聞いた。
噂によると、うちの部門長よりも、同期の所属している部門長のほうが社長の信頼が厚いらしい。それで、うちの部門では昇進は1名だったのに、彼らのところは3名も昇進できたのか、彼は思った。
彼は「会社というのは、自分の力だけではどうにもならないことが多すぎる」と学んだ。
9年目のある日、彼は突然「転職」を考えるようになった。
知人が転職で某有名スタートアップに入社した、というのだ。彼はそれが羨ましく、妬ましかった。
「そういえば、自分の市場価値はどのくらいなのだろう」
彼は大手の転職サービスをwebで探し、紹介会社のキャリアカウンセラーに自分の市場価値を聞いた。
「営業として活躍されてますが、そうですね……こんなものです……。」
と示された転職先と年収の予測は、彼のイメージするものとはかけ離れていた。実際、彼は紹介会社から「高く売れる人材」として見られてはいなかった。
彼はがっかりして、転職する元気も失った。
「仕事、つまんないな……。」
彼は学んだ。「仕事とは、大して面白くもないものを、絶えて行う苦行なのだ」と。
そして12年目、今年も新人が配属されてきた。
その新人はいつも配属されてくる、従順な新人とは違っていた。上司や先輩に対しても歯に衣着せぬ物言いをしてくる。
「こんなやり方、非効率です」
「もっといろいろ、やれることがあるはずです」
その新人は精力的働いたが、度々会社のルールを逸脱することもあった。
例えば、一人ひとりに割り当てられたテレアポと名刺集めのノルマを、同期で勝手にチームを編成し「テレアポチーム」と「名刺集めチーム」に分けて、効率よくやろうとした。
そして、それはとてもうまく行った。特化することで時間の無駄、ノウハウの共有などがスムーズに行われるようになったのだ。
しかし、それは会社にとって見れば伝統と異なる「ルール違反」であった。
当然彼も「ルール違反はやめろ」と新人に言った。
すると新人は「何言ってるんですか、成果が大事なんでしょう?やり方は変えてもいいはずです」という。
しかし、彼は納得がいかなかった。「会社の決めたとおりにやることが、大事なんだ」
新人は彼を見下したように、「わかりましたよ」と吐き捨てるように言った。
数カ月後、その新人は会社を辞めた。
知り合いのつてで、先日上場した伸び盛りの会社に誘われたそうだ。
しかし彼は羨ましい、とすら思えなくなっていた。彼はもはや、ひたすら変化に抵抗した。自分のやり方が批判されることにも我慢がならなかった。
彼が学んできたことの全ては、「変わることはできない、彼に大したことはできない」であったのだ。
(2025/6/16更新)
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第4回目のお知らせ。
<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第4回テーマ 地方創生×教育
2025年ティネクトでは地方創生に関する話題提供を目的として、トークイベントを定期的に開催しています。
地方創生に関心のある企業や個人を対象に、実際の成功事例を深掘りし、地方創生の可能性や具体的なプロセスを語る番組。リスナーが自身の事業や取り組みに活かせるヒントを提供します。
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【ゲスト】
森山正明(もりやま まさあき)
東京都府中市出身、中央大学文学部国史学科卒業。大学生の娘と息子をもつ二児の父。大学卒業後バックパッカーとして世界各地を巡り、その後、北京・香港・シンガポールにて20年間にわたり教育事業に携わる。シンガポールでは約3,000人規模の教育コミュニティを運営。
帰国後は東京、京都を経て、現在は北海道の小規模自治体に在住。2024年7月より同自治体の教育委員会で地域プロジェクトマネージャーを務め、2025年4月からは主幹兼指導主事として教育行政のマネジメントを担当。小規模自治体ならではの特性を活かし、日本の未来教育を見据えた挑戦を続けている。
教育活動家として日本各地の地域コミュニティとも幅広く連携。写真家、動画クリエイター、ライター、ドローンパイロット、ラジオパーソナリティなど多彩な顔を持つ。X(旧Twitter)のフォロワーは約24,000人、Google Mapsローカルガイドレベル10(投稿写真の総ビュー数は7億回以上)。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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