長谷川豊さんが、

自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!

という、なかなか力強いエントリーをあげた。

医者の言うことを何年も無視し続けて自業自得で人工透析になった患者の費用まで全額国負担でなければいけないのか?今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!(長谷川豊公式ブログ)

エントリーの論理が「強者による弱者の切り捨て推進」というロジックを取っているので荒れに荒れている本エントリーだけど、細かくみると結構大切な議題も実は多い。

せっかくの機会なので、今回は日本の医療システムを絡めて透析、ひいては社会保障について書いていくことにする。

日本の医療は誰でも最善の医療を受けられる、脅威のシステム

そもそも論だけど医療は高価なサービスだ。現代日本ではほとんど全ての人が医療サービスにアクセスできるけど、かつては金持ちしか医療の恩恵を受けられなかった。当たり前すぎて気が付かないけど、こんなに医療が末端まで行き届くようになったのは歴史的にもごく最近の事である。

2016年現在、日本国民は全員、誰でも貴賎の隔てなく最善の医療をうけられる(ごく一部の保険認定外の超高額医療は除く)少なくとも病院の前で門前払いされることはない。

元は高価だった医療というサービスを、最善の形で国民全員が享受できるっていうのが”おかしい”事は少し考えれば誰にでもわかるだろう。どうしてこんな不思議なシステムが成立しているのだろう?

ちょっと考えてみて欲しい。あなたが仮に従業員10人を抱える一般企業の社長だとしよう。

お金のない依頼主から「払う金はないが仕事をしてくれ」なんて言われたら、仕事を引き受けるだろうか?従業員に「今回の仕事は給料がでないけど、仕事を頼まれてしまった。働いてくれ」といえるだろうか?言えないでしょ。

けど医療はそれをやっていて、おまけにそれでうまく回ってしまっている(病院の倒産とか、給料未払いの医者がいるだなんて話はほとんど聞いたことがない)

僕達医者は、基本的に受診しにきた患者をいかなる理由であれ断ってはいけない事になっている。そして当たり前の事だけど、患者には金持ちもいれば貧乏人もいる(ぶっちゃけると病気になる人は基本的には社会的弱者が多いので、病院受診者は貧乏人の事の方が割合としては多い)

一般企業なら、お金をまったくもっていない貧乏人から仕事を受注されたら断るのが普通だ。けど医者は患者をお金の有無を理由には断ってはいけない。仮にだけど、貧乏人ばっかりが病院を受診して、未払いがかさんだとしたら、普通に考えれば病院は潰れるはずだ。

じゃあどういうロジックを使って日本の病院経営は成り立っているのだろうか?実はそこには脅威のシステムが存在している。なんと支払い能力のない人を病院サイドは、生活保護の枠組みにいれてしまうのである(こうすれば、この患者にかかった医療費は全部国が負担する事になる。つまり支払い能力がない人は、極論をいえば全員生活保護にしてしまえば、病院は利益を国から直接受け取れるのである。超高額医療である透析が成立しているのは、この理屈があるからだ)

国が支払いのケツ持ちしてくれるのなら、当然と言うか医療従業者も患者を断ることなく、最善の医療を全力で供給する事ができる(未払い問題がないだなんて、一般企業からすれば夢の様な話だ)。

これは患者~医者、双方がメリットを享受できる素晴らしいシステムだ。国民皆保険制度最高!日本最高!めでたしめでたし、となる。ただし国にお金が有り余るほどあれば、だが。

当然だけど、こんなシステムが未来永劫続くのは、超好景気が未来永劫続くような社会だけだ。現在、日本はお世辞にも景気がいいとはいえない状況だ。豊かな頃に作った最高の保険システムは、確かにお金があるのならば最高のシステムだった。

けど残念ながら今現在はお金がない。故に国債を発行するなどして無理矢理財源を確保しているってのが現状である。長谷川豊さんが議題にあげた透析は、メチャクチャお金がかかる医療だ。当たり前だけど、毎年透析維持に必要とされる500万もの大金を払える人はそう多くない。結果、透析が導入される人はどうしても生活保護に行き着くことが多いのは事実である。

長谷川さんの言う「生活習慣病で透析を導入されている患者は全員自費でなんとかしろ!」という言説はかなり過激で受け入れがたい物言いだけど、実際のところ透析にお金がかかるのは事実で、その財源がどこかという話は避けて通れない現実でもある。

昔の日本ならいざしらず、現在は借金まみれの日本は潤沢な資産がないというのが現状だ。それ故に、僕たちは社会保障の適応範囲をどこまで規定するか、誰にどこまで医療を提供するべきかという不愉快な話題を、そろそろ真剣に検討しなくてはいけない。

当然だけど、弱者はなりたくて弱者になったわけではない

ただまあ長谷川さんのエントリーにも良くない点が結構ある。そのうちの1つに、生活習慣病は患者の自己責任であり、透析を導入されるような人は自業自得だという主張があげられる。

長谷川さんは「生活習慣病は患者が努力さえすれば予防できる」と言うけども、これはムチャクチャな理論だ。この理屈が本当に正しいのならば、この世は聖人君子で溢れている。

最近の学説でネットワーク理論というものがある。興味深い人は面白いので各自調べてみて欲しいのだけど、この理論の中に「あなたの周りで最も親しい人を10人あげてください。その10人を平均した人が、あなたです」というものがある。

日本にも三つ子の魂百までという言葉があるが、基本的には人は周りにいる人に影響される。荒れた学校にいる人は荒れやすいし、洗練された環境にいる人は、上品な人が多い(良い悪いは抜きにして、暴走族の構成員はみんな暴走族っぽいのに対して皇族はみんな皇族っぽいのを思い浮かべてもらえばこの理屈はなんとなくわかってもらえると思う。人間は、良くも悪くも他人に影響される生き物なのである)

生活習慣にもネットワーク理論はきれいに当てはまる。友達がみんなファーストフードを食べている中で、1人だけ家からサラダを持参して食べれられるような人はあまりいない結局、この世に階層というものが存在する以上、自分の所属する階層の文化に則って人は生活せざるをえない。

こうなると、糖尿病とか高血圧が患者の自己責任だ!食生活をなんとかすればそんなもんは治る!と断言するのは、それすなわちそういう体に悪い食生活をしている人間、全員が全員食生活を改めろといっているのにほとんど等しくなる。こんなの不可能だという事は、誰にだってわかるだろう(仮にこれができる人がいるのならば、その人は世界征服すら可能だろう。だって特定の集団の行動を全て意のままにできるんだから)

つまり生活習慣病は自己責任。そういう人間は甘んじて野垂れ死ねというのは、社会的階層の低い弱者は文句を言わずに全員死ねといっている事とほぼ同義だ。糖尿病も高血圧も、なりたくてなるようなものではなくて、たまたま所属している社会的階層が、そういう食習慣を形成していて、その中での食生活が最終的に体に現れたものでしかない。

こうしてみればわかるけど、生活習慣病って、生活変えれば何とかなるような甘い話じゃないんですよね。だって生活って、ほぼ≒社会的階層なんですから。つまり糖尿病も高血圧も、それすなわち≒階層が低い事による結果が体に現れてるってだけの事なんですよ。長谷川豊さんは多分、これを理解してない。ゆえにああいうことが平気で言える。

生活習慣病という言葉からは悪い食生活や運動しないといった、個人の責任により病気になるというニュアンスが感じられる。だけど実際問題、高所得者の生活習慣は、病気に全く直結しようがない身体に良いもので溢れている(極論すれば、高所得者達が形成している生活習慣は、高血圧や糖尿病といった生活習慣病から非常に遠い)

社会的強者は身体的・頭脳的に非常に恵まれている事が多い。結果、地位もお金も簡単に手に入れられ、ストレスなく美味しくて体に良いものを食べて生活できている(体にいいものは市場価値が高くなるので、高所得者しかそれを享受できなくなる。結果として、いいものを食べた社会的上層の人々は、健康な肉体を割と手軽に手に入れる事ができる)

それに対して社会的に下層に位置する人達は、全員が全員そうとまではいわないけど、頭脳や身体的があまり恵まれていない事が多い。家庭環境が荒れている事も多く、それが原因で勉学に打ち込む事ができず知能を研鑽する余地がなかった為、結果的に収入が低くなる事が多い。

こういう環境に行き着くと、どうしても簡単・安くておいしいインスタント食品やファーストフードといった体に悪いものが身近になっていき、結果としてそういうものを食べる人が周りに増えるので体を悪くしがちだ(ときどき自炊しろという人がいるが、自炊は素人にはかなり難解な作業のうちの1つであり、これを全員にやれというのはかなりムチャクチャな要求である。そして現代は、苦労して作ったマズイ自炊メシよりも安くて美味しいインスタント食品が世の中に沢山溢れている)

この事からわかると思うけど、長谷川さんの言う”生活習慣病は本人の問題”だという意見は、弱いものの心を知らない強者の勝手な理論である。社会的弱者だって、余暇とお金があれば好き好んでああいう暮らしはしない。けどそんな余裕がないから、病気にならざるをえない食習慣を導入せざるをえないのである。生活習慣病は、階層が産んだ負の側面なのだ(だから本当の意味で生活習慣病を消すには、この世から格差を消し去らなくてはいけない)

お金をかけずに透析問題を解決する方法

現状の恵まれた医療・介護福祉制度は国債をすりまくって”未来の子供”から借金する事で成立している。長谷川さんの論理は暴論なのは事実だけど、僕が彼を単純に馬鹿と切り捨てられないのは今の制度が未来の子供から好き勝手借金しまくっているという持続不可能な制度を元に稼働しているという現実を知っているからだ。

未来の子供に借金する事で成り立っている今の制度は、普通に考えれば物凄くおかしい。あなたの親があなたに毎年500万円もの金の無心をしてきたら嫌でしょう?僕らはこれと同じことを国債という借金を発行することで、未来の子供に強要しているのである。

繰り返しになるが医療サービスは高価な品だ。かつてのように、金持ちだけが受けられるような頃ならいざしらず、万人にこれを提供しようとすると、本当に高くつく。

だから長谷川さんの理論を馬鹿馬鹿しいと言って批判している人は、その意見は間違ってはいないのだけど、もう少し議論を深めて欲しい。この問題は、本当は利用可能な財源をどういう風に使うのかという議題もセットで考えなくてはいけないのである。

なおここで朗報?だけど、透析問題を出来る限りお金を使わずに解決する方法はなくもない。ただはじめにいっておくけど、これはほとんどの人が賛同しない(というかできない)

政治の世界ではリベラルという考えがある。スタートラインはみんな違うから、究極的には”結果的にみんなが平等になればいい”という考えだ。

さっきもいったけど、生活習慣病を通して透析に至る患者は、基本的には社会的弱者が多い。逆に健康な肉体を享受しているような人達は、社会的強者が圧倒的に多い。

社会的弱者が”恵まれなかった結果、腎臓をぶっ壊している”のに対して、社会的強者は”恵まれたが故に、健康な体を享受している”。ここに不平等があるのは誰でもわかるだろう。

じゃあリベラルの原則に則って医学的に考えると、この不均等をお金を使わずに解決する方法は実にシンプルだ。”社会的強者が社会的弱者に、腎臓を提供すればいい”のである(透析よりも臓器移植のほうが、コストは圧倒的に安い)

なーに腎臓は2つある。1つぐらい他人あげても、すぐに死ぬことはない。たまたま恵まれた健康な肉体を享受している人が、腎臓を1個、そのまま透析患者に提供すれば、少なくとも透析にかかるお金はかなり節制される。

だけどこの意見を受け入れられる社会的強者は、ほとんどいないだろう(強者に限らず、弱者だって自分の臓器を提供したいだなんて思わないだろう)

だからこの問題は、本当に難しい難しい話題なのである(まあ簡単なら既に解決されているのだけど)お金も払いたくない、肉体の一部もあげたくない。そういう無い無い尽くしで議論が平行線を辿った結果が、国債という毎年膨れ上がる未来の子供が背負う、膨大な借金という不健全な解決策なのだ。

というわけで未来の子供に借金をするというメチャクチャな方法論により、僕たちは痛みを伴わない形で最高の医療制度を存続し続けられている。

けれどこんなメチャクチャな理屈がいつまでも続くはずがないのは、誰にでもわかるだろう(そして議論を先延ばしにすればするほど後でくるツケは膨れ上がり、未来の子供たちはどんどん悲惨な事になっていく)

とまあそういうわけで、イケイケドンドンで理想を突っ走れる時代も終わりに近づいているわけですし、そろそろ経済的コストを元に、医療サービスの適応範囲をどこまで設定するのか、強者はどこまで社会的弱者に報いるべきなのかという、不愉快な命の線引という議論をキチンと始めなくてはいけないんじゃないですかね?

この話題が気持ちよくない、難しいものであるという事は事実だけど、避けて通れるものではないというのもまた事実なんですよね(けれど、こういう話題ができるぐらいには現代日本は成熟していると僕は思うのですけども、いかがでしょう?)

あ、言い忘れましたがドナーカードでの臓器提供の意思表示は忘れずに行いましょう。さすがに生きてるときに臓器を見知らぬ他人にあげたい人はいないと思いますが、死んだらあの世には何も持っていけないんですから、あげられるものはこの世に生ける人達に全部あげましょうじゃないですか。

僕を含めて多くの人は生きている間は完全には善人にはなれないですけど、せめて死んだ後ぐらいは善人であろうじゃありませんか。それぐらいはしたって、バチはあたらないんじゃないですかね。

 

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【プロフィール】

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著者名:高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

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