一人のサラリーマンがいた。

彼は一度も「心底、仕事が嫌だ」と思ったことがなかった。そしてその理由は、彼の適当な性格にあった。

彼は仕事でミスをしても「ま、次頑張ればいいか」と思えたし、

失注しても「ま、今回は運がなかったな」と言えたし、

上司におこられても「ま、この上司も立場があるのだろう」と割り切れたのだ。

 

彼は「自分の評価」や「出世の見込み」、あるいは「年収の多寡」に興味を持たなかった。彼にとってそれらは、ほとんどどうでも良いことだった。

彼は「仕事」も数ある暇つぶしの1つであると考えていたので、彼が働く目的は、人に勝つことではなかったからだ。

彼は同期が先に出世しても全く気にもとめなかったし、自分の収入の範囲内でつましく暮らすことにも抵抗はなかった。

 

だが一方で、彼は密かに自分の仕事に誇りを持っていることがあった。それは、「お客さんに好かれる」ということだった。

彼は実際、お客さんならほとんどだれでも仲良くなれた。

 

しかし、彼は業績のためにそうしていたわけではない。実は彼は顧客とのやり取りを一種の「ゲーム」だと思っていた。

たとえは悪いがラスボスは顧客の役員、現場の下っ端を倒し、最後にラスボスにアプローチして落とす。彼の仕事観はまさにゲームそのものだった。

「楽しければやるし、つまらなければやらない。だけどやるからには気合い入れて攻略する」だった。

したがって彼は「ゲームごときで、そんなマジになっちゃってどーすんの?」と考えていた。

 

ところがある日、彼の上司が変わった。そして彼の上司は今までの上司と少し違っていた。その上司は仕事のミスを叱責したり、目標に対しての進捗を厳しくチェックしたりするだけではなかった。

その上司は「仕事は真剣にやるもの。人生そのもの。どこまでも真面目に」という考え方を持っていたので、彼に対して、「仕事は人生」という価値観をこんこんと説いたのだ。

 

当然かれは、最初取り合わなかった。

「はいはい、そう思ってんのはアンタだけだよ」

と思っていた。

 

ところが上司はそんな彼に対して「仕事はゲーム?とんでもない」と言った。

「だいたい仕事をゲームなどと一緒にされては困る。仕事は真剣勝負だ。そんなことを考えているから、お前はミスをするんだ。」と彼を責めた。

「お客さんが喜んでくれるなら、私がどう思おうと、勝手じゃないですか」と彼が反駁すると、

「そういう問題ではない、心の問題なのだ」と上司は言った。

「それがわかるまで、オレは毎日口を酸っぱくして、お前に言う。」

 

彼の成績は悪くはなかったし、お客さんからの評判も上々だった。

ただ、彼は上司のくだらないこだわりに付き合うことにほとほと疲れてしまった。

 

「仕事が嫌だ」

ある朝、彼はそう思った。彼は転職活動を始めた。その際に彼が転職エージェントに出した条件は1つ。

「下らない価値観の押しつけをしない会社に行きたい」

だった。

 

そして彼は半年後に無事転職した。

 

一方で、その上司は彼が辞めた後、周囲の部下に言った。

「いいか、価値観の合わないやつはここから追い出す。会社というのは、成果を出しているとしても、ビジョンと価値観を共有しなければダメなんだ。」

誰かが質問した。

「成果が出ていてもですか?」

「当然、成果が出ていてもだ。」

 

 

———————-

 

 

ピーター・ドラッカーは「組織の価値観」について、次のように述べる。*1

彼ら(知識労働者)にとって大切なことは、自分の会社、病院、美術館ではない。大切なことは、プロの仕事がどうかである。

彼らとしても、自らの専門能力を雇用主たる組織の目的、ニーズ、条件に合わせなければならないということは知っている。多かれ少なかれ、そのことは受け入れている。しかしそれらのことは、彼らにとってますます二義的となっている。

知識労働者の価値体系からずれば、組織の価値観は二の次である。専門分野において優れた成績を上げるには、組織の価値観などは障害にすぎないかもしれない。

日本では、とくに企業に働く古い世代の人達には想像さえできない問題にちがいない。しかし、日本においても変化は不可避である。なぜなら、それは知識の本質に由来する問題だからである。

 

上にあげた話のような「価値観のズレ」に由来する転職は、今後ますます増えるのだろう。

 

「最も強力な組織は、宗教団体」と誰かが言っていたが、会社が宗教団体を目指すのか、それとも多様性を追求するのか。

マネジメントの手腕が問われる。

*1

 

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(2024/4/21更新)

 

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