「働きたくない」

「働かずに、自分が好きなことをして、楽しく生きていきたい」

僕も日々「めんどくさいなあ……」と思いながら仕事をしていることが多いので、その気持ちは理解できるのです。

 

でも、「働きたくない」と言う若者たちをネットでみていると、なんだかとてもモヤモヤするんですよね。

これは、「自分はこんなに働かされてきたのに、お前らだけ楽しく生きようなんて、ずるいよ」という嫉妬心なのだろうか。

 

先日、『北海タイムス物語』(増田俊也著/新潮社)という小説を読んだのです。

入った新聞社で、希望とは違う部署に配属されて仕事に身が入らなかった主人公が、あるきっかけでその部署の魅力に気づき、がんばって成長していく、という話です。

 

ありがちな「お仕事小説」のようだけれど、後半の主人公の「熱さ」に引き込まれます。

作中、先輩が彼にこんな言葉をかけてきます。

「仕事っていうのはな、恋愛と同じなんだ。おまえが好きだって思えば向こうも好きだって言ってくれる。おまえから抱きしめないかぎり、仕事の方もお前を見てくれないぞ」

山田ズーニーさんの『「働きたくない」というあなたへ』(河出文庫)という本のなかには、こんな著者の体験が紹介されています。

私は、「やりたいことしかやりたくない」人間だった。

企業で教材の編集者をしていたので、「仕事で有名人に会えた」とか、「憧れの先生に取材できて、スッゴイ勉強になった」とか、友達に自慢していた。自分が成長できるかどうか、充実感があるかどうかが、仕事のモノサシだった。

「仕事とは何か」をはき違え、自己実現を求めていた。どんなに頑張っても突き抜けなかったのも、いまから思えば当然だ。

 

転機は、入社11年目。

新しい教材開発のため岡山から「東京に転勤」になった。そこで叩きこまれたのは、「読者の側から見て」ものづくりをすることだった。ここまでするかというくらい綿密な読者調査をする。教材を使った読者の反応も、自社が自社都合で検証するだけでは手ぬるいと、専門の調査会社に頼み、徹底的に読者目線で検証された。

容赦ない検証結果を突きつけられ、ぺしゃんこになった。それまで自分のつくった教材は、イケてると思ってきたけれど、読者の高校生から見れば、小難しい、とっつきにくい教材にすぎなかった。

「自分はどこを見て仕事していたんだろう。」

それから、高校生を理解するためなら何でもする! と腹が据わった。高校生が生まれた年から今までの社会背景を年表にした。寝る時間を削って高校生に会いに行き、教材に偏らない人生全般の話を聞いた。道行く高校生がいれば、カバンの中を見せてもらい、そこに高校生が好きだというCDがあれば、すぐさま自腹でCDを買いに行き、ライブにも行った。

生まれて初めて自分以外の人間を、自分が無くなるほど、想いに想い考えに考えた。

 

その秋、リニューアルした教材は、会議を一発で通り、試作品を作って読者の反応をテストしてきた営業が、息を弾ませてこう言った。「高校生たちが、この教材を見るなり、”こんなのが欲しかった!”と、身を乗り出した!」検証結果では、調査会社も驚くほど読者の活用率・満足度が跳ね上がっていた。

そのころ、海外に行った友達から電話がかかってきた。それまで私の、「仕事で憧れの先生に会えた」とかいう自慢を聞いてくれていた友達だった。でもそのとき、いまの仕事の状況を言おうとして、口をついて出てきたのは、

 

「読者がいた。読者がいることがわかった……」

それだけ言って涙が出てきて言葉につまった。まったく要領を得ないこの言葉に、なぜか友達も泣いていた。

 

仕事は「他者貢献」である。

 

「働きたくない」というのは「わかる」んですよ、僕だって、そんなに働きたいわけでもないし、実際にここで紹介した人たちみたいに、身を削って働いてきたわけでもない。

もちろん、彼らだって、「そういう時期があった」ということであって、就職してからずっと、すべてをささげてきたわけでもないと思う。

 

ただ、仕事ほど、やり遂げたときに充実感を得られることは、人生にそんなに無いような気はします。

 最近のネットでの「働きたくない」をみていて感じるのは、「この人たちは、仕事がつまらない、興味が持てない、働きたくない」という前に、自分からその仕事を好きになるための工夫や努力をしたことがあるのだろうか、ということなのです。

 

僕は内視鏡検査があんまり得意じゃなかったのですが、以前、大腸ファイバーが上手い同僚に「下手だし、緊張するし、やらなくて済むのなら、あんまりやりたくないな」なんて話したことがあったのです。そして、どうやったら上手くなれるの?と尋ねたのです。

彼はこう答えてくれました。

「自分もそんなに得意でも好きでもなかったんだけど、自分であれこれ工夫しながら回を重ねていくうちに、これって、テレビゲームが上手くなるのと同じじゃないか、と思えてきたんだよね。

ある程度上手くなってこないとわからない面白さはあるし、誰かと比べるんじゃなくて、今までの自分より上手になればいいや、って」

 

仕事をつまらなくしているのは、自分自身にも原因があるのではないか、というのを、「向いていないから」「面白くないから」という理由で辞める前に考えてみたほうが良いと思うのです。

 

ほとんどの人は、本業がつまらないから、といいかげんにやり過ごして副業に精を出そうとしても、そこに残るのは、さらに興味が持てなくなった本業と、やっぱり面白くもなく、稼げもしない副業でしかない。

作家の森博嗣先生やライターのヨッピーさんのような才能や情熱がない人間は、本業をちゃんとするだけで精一杯のはず。

長い目でみれば、そのほうが稼げるし、人生を良いものにできる可能性が高い。

 

そもそも、これだけブラック企業が問題になっている御時世なのに、会社で普通に仕事をして、副業を頑張るなんて、「セルフブラック労働者への道」だとしか僕には思えないのです。

みんなが「働きたくない」時代だからこそ、きちんと働く人は、周囲に差をつけることもできる。

 

たしかに、世の中には、京大卒ニートのphaさんのように「組織に属して働くことが本当に向いていない人」って、いるのだと思います。

でも、大部分の人は、フリーランスより、社畜のほうが、まだ生きやすいのではなかろうか。

 

 僕は、流行りとか、周囲の「意識が高そうな人」の話に影響された人が、向いてもいない「はたらかない、自由な人生」を選択するのは、危ないと感じています。

自由って、やりがいはあるけれど、けっして、ラクな道ではありません。

 

僕は数カ月仕事をしていなかった時期があったのですが、「この人、なんでこんな時間にここにいるの?」って思われているような感じがして、つらかったんですよね。

今の世の中って、いろんな時間に、いろんな人がいろんなところにいるのが当たり前なんだな、と実感もできましたが。

 

前述の「『働きたくない』というあなたへ」のなかで、著者のこんな言葉が出てきます。

「選んだ先が、結果的に、すごくいいところだったとか、よくなかったとか、自分の選択が、あとあと、まちがっていたとか、いなかったとか、そんなことはどうでもいい。意志のある選択こそが、自分の人生を創っていくんだ」 

phaさんのように、自ら「はたらかない人生を切り開いている」人は、それで良いのです。

でも、「ネットで有名な人がそう言っているから」というのがきっかけであれば、よく考えてみることをおすすめします。

それは、本当に「あなた自身の選択」なのか?

 

本業で、試行錯誤しながら一生懸命仕事をすること以上の見返りがある副業って、ほとんど無いから。

本当に頑張っている人は、誰かが見てくれているものだから。

たとえ、誰もみてくれていなくても、自信につながるものだから。

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

【著者プロフィール】

著者;fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ;琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

 

(Photo:MiniTar)