就職活動などで、「学生は安定志向だ」と耳にする。
もちろん、安定志向であること自体は悪いことではない。
だが、リスクもある。
「安定した生活」は、それを与える人間と、与えられる人間の間に主従関係を生み出す。
そして残念ながら、その関係は決して、対等なものとはならない。
歴史を見れば、それは明らかだ。
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クレオパトラを破り、新たにエジプトの王となった、帝政ローマの初代皇帝であるアウグストゥスは、エジプトの祭祀階級の権力を削ぐため、政教分離を試みた。
そして、アウグストゥスが非常に賢かったのは、政教分離を祭祀階級の「排除」に依るのではなく、うまく「コントロール」しようとした点だ。
排除をすれば当然反発がおこり、国内の政治は混乱する。そんな方法はとれない。
では、アウグストゥスは何をしたか。
アウグストゥスは彼らに「給料」という形で金を払った。しかも安定的に。
アウグストゥスは、祭司たちには、エジプト統治政府から給料を払うことにした。これだと、コントロールにも実効力が増す。
そして、各神殿には独自の運営を認めず、すべての神殿をアレクサンドリアに住む最高祭司長の監督下に置くと決めたのである。つまり、祭司たちは誰でも、最高祭司長に服従しなければならないと変った。ローマ側にしてみれば、複数よりも一人のほうが、コントロールもよほど容易になるからだ。
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「安定した給料」の魅力は絶大である。祭司たちは納得し、その後エジプトは700年に渡り、ローマの属州となった。
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中世ヨーロッパの封建社会における生産者階級を「農奴」と呼ぶ。
一般に中世の封建社会での農村の中核となった生産者階級を農奴という。農奴は荘園内の村落に縛り付けられ、領主の支配を受け、完全な自由は認められてはいないが、家族をもち、身の回りの生産用具と若干の保有地をもつことが出来るという面では、古代の奴隷とは異なる。
(世界史の窓)
彼らは結婚や僅かな私有財産を認められていたが、生活は悲惨であった。
貴族の主人や大地主から搾取され、殴打され、もっと収穫をあげろといつも鞭で叩かれる農奴である。
藁の上に寝て、涙を流しながらパンを食べ、やっと一年に一度新しいズボンを、五年に一度一足の靴を手に入れることができる人たち。
生涯一度も風呂に入らず、自立することなど考えたこともなかったから、読むことも書くこともできない人たち
(Wikipedia:農奴制)
一般的には、農奴は騎士階級、貴族階級たちに「無理やり隷属させられていた」と考えるだろう。
しかし、実際には農奴化は、「農民たちの要求」だったかもしれないのだ。
ピーター・ドラッカーは「農奴」のおこりは農民の側の要求から始まったと説く。
中世ヨーロッパの農奴制も、初めは農民が求める恩典から始まった。
彼らは領主や修道院に保護を求めた。土地を守ってもらった。無法から守ってもらった。
しかしわずか一世代の後には自由を奪われていた。最悪の足枷とは利己心を利用するものである。それこそ最も警戒すべきである。
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古代ローマでも、中世においても、そしてもちろん現代においても、「安定を求めること」は、いつの世でも自分自身を何かに隷属させることになる。
ドラッカーは、労働者に対して警告している。
移動の自由に対する最も危険な制約はバリケードではない。恩典である。
それは雇用主に縛りつける効果をもつ年金、ストックオプション、退職金など金の足枷である。この種の恩典には、常に疑いの目を向けなければならない。
確かに被用者自身が求めるものではある。重税を逃れるためのものもある。税制が優遇しているものもある。
しかし、それらのものはすべて反社会的な制度である。もちろん悪いのは雇用主ではなく、税制上の優遇策によって、それらの恩典を魅力あるものにし、あたかも好ましいものであるかのようにしている政府である。
もちろんこれは、会社員だけに当てはまる話ではない。
例えば、企業が政治家を、自分の支配下に置くにはどうしたら良いか。
簡単である。
その政治家が選挙で落選し、仕事に困っている時に、それなりの安定した収入を与えてあげるだけでよい。
そうすればその政治家が晴れて当選し再起した時には、「苦しい時に仕事をくれた」人へ便宜を図ってくれるだろう。
政治家になってからカネを渡すのではない。「不安定な時」に安定を提供するのである。
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実は「確実に得られる利益」を重視し、「損失」に関してはリスク追求的になることは、心理学的に証明されている。
が、その代償は大きい。
利得についてリスク回避的に、損失についてリスク追求的になるのは代償を伴うことも教えてくれる。
このようなリスク態度は、ギャンブルを避けて利得を確保するために、余計なお金、つまりプレミアムを払うことを意味する。
また確実な損失を避けるためにも、やはり(期待値に対して)プレミアムを払うことを意味する。
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世の中には「安定」こそ、最も損失の大きい選択肢であることは少なくない。
サラリーマンしかり。社会保障然り。
誰かの保証してくれる「安定」を享受すれば、必ずその誰かへの「隷属」を受け入れなくてはならない。
「安定を求める」と言うのは、そういうことである。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

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投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
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2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
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3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
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・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
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