前回『「ちがう意見=敵」と思ってしまう日本人には、議論をする技術が必要だ。』という記事を書いたのだが、その記事を納品したちょうどその日、中島義道氏の『<対話>のない社会』という本の存在を知った。
自分としてはタイムリーな本だったので、さっそく読んでみた。
そこで興味深かったのは、「他人を傷つけず自分も傷つかないこと」が日本の「公理」であるという意見だ。
たしかに、日本人は「思いやり」という言葉が大好きだ。街角にある標語や駅のポスターには「思いやり」という文字が躍っているし、小学校の道徳では「思いやりが大切」だと教え込まれる。
だが、だからこそ、対立を避けることを優先し、当事者意識を持たない人が多いのではないだろうか。
わたしだけ、30分前出勤を免除された
わたしが以前フルタイムでバイトしていた家具店では、毎週月曜日にミーティングがあった。ミーティングしている間は売り場の掃除ができないので、30分前出勤を指示された。
時給で働いているわたしは、当然納得がいかなかった。「時給を払わないのなら出勤しない」と言い、わたしだけは30分前出勤を免除された。もちろん、上司は嫌な顔をしていたが。
わたし以外の人たちは、だれとも対立せず、平和的に無賃労働に従事していた。
「なんとも思わないのか」と聞いたところ、「そういうものでしょ」と、他人事のような答えが返ってきた。その家具屋では定時後のサービス残業が通例となっていたのだが、それも受け入れているようだった。
わたしのように当事者として自覚して意思表示をしたら、面倒な対立が起こる。だから正面から向かい合わず、多少の我慢の方がマシだと考える人が多いのだろう。
「対立を好まない」というのは、「当事者として本気で考えること」の放棄でもあるのだ。
過労死問題だってそうだ。電通の過労死報道をきっかけに、多くの人が「日本の労働環境はおかしい」と声を上げた。それでも、「大変だ」と騒ぐだけでうやむやになってしまった。
つい先日だって、新国立競技場の工事現場で働いていた当時23歳の男性が自殺し、両親によって労災申請された。一ヶ月前にいとこが過労死したという方が書いた漫画は、ツイッターで13万回近くリツイートされている。
そんな状況でも、労働者が大規模ストライキをした話は聞かないし、残業を大幅に減らした企業だってほとんど報じられていない。
「労働環境は改善された方がいい」と多くの人が考えてるはずなのに、長時間労働をしている人がたくさんいるのに、なぜか「自分には関係ない」悠長に構えている人ばかり。
当事者意識を持って対立を生むより、他人事として平和に過ごすことを選ぶ人がほとんどだから、なにも変わらないのだ。
当事者意識を捨て、抵抗をあきらめる日本人
「和を以って貴しとなす」という言葉に代表されるように、日本人は調和した集団を作ることに長けていて、「みんな」が心地いい環境を作ることに重きを置いている。
自分の意思を示すということは、常に対立が生まれる可能性を孕んでいる。逆に意思表示をせず沈黙すれば、対立は生まれない。だから、対立を避けて意思表示をしない日本人が多いのだろう。
そして、意思表示をしないということは、「自分のこととして考えない」ということだ。
自分が月200時間残業をしていても、過労死する人はあくまで不運な人であり、自分にそれが起こるとは思わない。自社の労働環境が悪くとも、自分のまわりで過労死が起こるはずがないと考える。意識のなかでは、「過労死なんてない」のだ。
他人事として知らんぷりを決め込めば、だれも責任を取る必要はなく、責めることも責められることもなく、対立も生まれない。「平和」に済むのである。
そして「当事者意識を捨てる」とは、同時に問題提起や抗議するという「抵抗」も諦めるということなのだ。
世の中には、鈍感でいてはいけない問題だってある
「対立を好まない」という考え自体は、決して悪いことではない。自分の意見ばかりを押し付けて四方八方で対立することよりはマシかもしれない。
しかし世の中には、鈍感でいてはいけない問題だってある。
仕事のせいでうつ病になった同僚が労災申請するときに、あなたは証人になる勇気はあるだろうか。残業代を支払わない会社を許し、ブラック企業に加担してはいないか。大きく言えば、いたるところで過労死が起こる社会を容認していいのだろうか。
他人事として見て見ぬふりをするのは、その状態を許すことでもある。なにかを変えるために、対立を恐れず自分の意思を示すべき瞬間もある。
だれだって、対立するより仲良くやりたい。当然だ。
だが対立は、理解や進歩への第一歩にもなりえる。対立を解消するために議論して、解決策を見出せるかもしれないのだから。
対立を極端に避け、みんなが「自分は関係ない」と考えていては、なにも進歩しない。みんなが過労死を「対岸の火事」だと思っていれば、これからも過労死は続いていくだろう。
だがそこで、当事者意識を持って、多くの人が「自分はそれを許さない」「経営者に抗議する」と立ち上がったらどうだろう。なにか変わるのではないか。
意思表示をすれば対立が生まれる。だがそこをスタート地点として、議論をしたり、ちがう立場や意見の人のことを理解できるようになれば、日本ではもっと積極的に議論が巻き起こるだろう。
それによって、いままで許されていた問題も、少しは改善されるかもしれない。
(2024/1/22更新)
東京都産業労働局
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