前回『「ちがう意見=敵」と思ってしまう日本人には、議論をする技術が必要だ。』という記事を書いたのだが、その記事を納品したちょうどその日、中島義道氏の『<対話>のない社会』という本の存在を知った。

「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの (PHP新書)

「対話」のない社会―思いやりと優しさが圧殺するもの (PHP新書)

  • 中島 義道
  • PHP研究所
  • 価格¥726(2025/06/02 18:31時点)
  • 発売日1997/10/01
  • 商品ランキング68,686位

自分としてはタイムリーな本だったので、さっそく読んでみた。

 

そこで興味深かったのは、「他人を傷つけず自分も傷つかないこと」が日本の「公理」であるという意見だ。

 

たしかに、日本人は「思いやり」という言葉が大好きだ。街角にある標語や駅のポスターには「思いやり」という文字が躍っているし、小学校の道徳では「思いやりが大切」だと教え込まれる。

だが、だからこそ、対立を避けることを優先し、当事者意識を持たない人が多いのではないだろうか。

 

わたしだけ、30分前出勤を免除された

わたしが以前フルタイムでバイトしていた家具店では、毎週月曜日にミーティングがあった。ミーティングしている間は売り場の掃除ができないので、30分前出勤を指示された。

時給で働いているわたしは、当然納得がいかなかった。「時給を払わないのなら出勤しない」と言い、わたしだけは30分前出勤を免除された。もちろん、上司は嫌な顔をしていたが。

わたし以外の人たちは、だれとも対立せず、平和的に無賃労働に従事していた。

 

「なんとも思わないのか」と聞いたところ、「そういうものでしょ」と、他人事のような答えが返ってきた。その家具屋では定時後のサービス残業が通例となっていたのだが、それも受け入れているようだった。

わたしのように当事者として自覚して意思表示をしたら、面倒な対立が起こる。だから正面から向かい合わず、多少の我慢の方がマシだと考える人が多いのだろう。

「対立を好まない」というのは、「当事者として本気で考えること」の放棄でもあるのだ。

 

過労死問題だってそうだ。電通の過労死報道をきっかけに、多くの人が「日本の労働環境はおかしい」と声を上げた。それでも、「大変だ」と騒ぐだけでうやむやになってしまった。

つい先日だって、新国立競技場の工事現場で働いていた当時23歳の男性が自殺し、両親によって労災申請された。一ヶ月前にいとこが過労死したという方が書いた漫画は、ツイッターで13万回近くリツイートされている。

 

そんな状況でも、労働者が大規模ストライキをした話は聞かないし、残業を大幅に減らした企業だってほとんど報じられていない。

「労働環境は改善された方がいい」と多くの人が考えてるはずなのに、長時間労働をしている人がたくさんいるのに、なぜか「自分には関係ない」悠長に構えている人ばかり。

当事者意識を持って対立を生むより、他人事として平和に過ごすことを選ぶ人がほとんどだから、なにも変わらないのだ。

 

当事者意識を捨て、抵抗をあきらめる日本人

「和を以って貴しとなす」という言葉に代表されるように、日本人は調和した集団を作ることに長けていて、「みんな」が心地いい環境を作ることに重きを置いている。

自分の意思を示すということは、常に対立が生まれる可能性を孕んでいる。逆に意思表示をせず沈黙すれば、対立は生まれない。だから、対立を避けて意思表示をしない日本人が多いのだろう。

そして、意思表示をしないということは、「自分のこととして考えない」ということだ。

 

自分が月200時間残業をしていても、過労死する人はあくまで不運な人であり、自分にそれが起こるとは思わない。自社の労働環境が悪くとも、自分のまわりで過労死が起こるはずがないと考える。意識のなかでは、「過労死なんてない」のだ。

他人事として知らんぷりを決め込めば、だれも責任を取る必要はなく、責めることも責められることもなく、対立も生まれない。「平和」に済むのである。

そして「当事者意識を捨てる」とは、同時に問題提起や抗議するという「抵抗」も諦めるということなのだ。

 

世の中には、鈍感でいてはいけない問題だってある

「対立を好まない」という考え自体は、決して悪いことではない。自分の意見ばかりを押し付けて四方八方で対立することよりはマシかもしれない。

しかし世の中には、鈍感でいてはいけない問題だってある。

 

仕事のせいでうつ病になった同僚が労災申請するときに、あなたは証人になる勇気はあるだろうか。残業代を支払わない会社を許し、ブラック企業に加担してはいないか。大きく言えば、いたるところで過労死が起こる社会を容認していいのだろうか。

他人事として見て見ぬふりをするのは、その状態を許すことでもある。なにかを変えるために、対立を恐れず自分の意思を示すべき瞬間もある。

 

だれだって、対立するより仲良くやりたい。当然だ。

だが対立は、理解や進歩への第一歩にもなりえる。対立を解消するために議論して、解決策を見出せるかもしれないのだから。

対立を極端に避け、みんなが「自分は関係ない」と考えていては、なにも進歩しない。みんなが過労死を「対岸の火事」だと思っていれば、これからも過労死は続いていくだろう。

 

だがそこで、当事者意識を持って、多くの人が「自分はそれを許さない」「経営者に抗議する」と立ち上がったらどうだろう。なにか変わるのではないか。

意思表示をすれば対立が生まれる。だがそこをスタート地点として、議論をしたり、ちがう立場や意見の人のことを理解できるようになれば、日本ではもっと積極的に議論が巻き起こるだろう。

 

それによって、いままで許されていた問題も、少しは改善されるかもしれない。

 

【安達が東京都主催のイベントに登壇します】

ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。


ウェビナーバナー

▶ お申し込みはこちら(東京都サイト)


こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい

<2025年7月14日実施予定>

投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは

借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。

【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである

2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる

3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう

【登壇者紹介】

安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00

参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。


お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください

(2025/6/2更新)

 

【プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

 

(Photo:jacky czj