思うに彼は、自分の商品に対する愛情が余りに深過ぎたのではないか。
「この盾を貫ける武器は地上に存在しません、ただし唯一この矛を除いて…ああ違う」
彼は悩んだに違いない。「矛盾」を防ぐのは、実際のところ極めて容易だ。
商品の完璧性について、ただ一つだけの例外を設け、しかもそれを自分の利に帰さしめてしまえば良い。
つまり、自分の矛、盾のいずれかについて、もう一方だけを「勝てない対象」とすれば良いのだ。
ただそれだけで「矛盾」は霧消し、また商品についてのキャッチコピーも完成する。幼い子どもにもわかる論理に、海千山千の商人であった彼が気づかなかった筈がない。
この世でただ一つの盾以外すべてを貫くことの出来る、最強の矛。
あるいは、この世でただ一つの矛以外すべてを防ぐことの出来る、無敵の盾。
美しい謳い文句ではないか。かのMEN’S KNUCKLEのキャッチコピー担当でも、こうシンプルなコピーを思いつきはすまい。
せいぜい、「春秋五覇が俺にもっと輝けとささやいている」とかその程度のものだ。
矛と盾、どちらを優先するかは大した問題ではない。攻撃と防御、どちらを重視するかというだけの差に過ぎない。
一般的には、ゲームスピードが速くなれば速くなるほど攻撃有利であると言う。中段攻撃の性能にもよる。
「この矛が鋭いことといったら、この世に貫けぬものなどない程です、ただしただ一つ、この盾だけが…あああそんなんじゃダメだ」
ただ、商人には自他共に認める欠点が一つあった。彼は己の商品についてあまりにも妥協を知らず、ある意味では完璧主義に過ぎた。
商売をするにはナイーブ過ぎた、と言ってもいいだろう。
そのナイーブさは、商品についてのたかが一言のリップサービスにおいてすら、例外を認めることを許さなかったのだ。
商人には例外を認めることが出来なかった。
自らの商品を愛し信ずるあまり、実際の性能などとは何の関係もなく、双方について完璧な性能を謳うことしか許容出来なかった。
そして、そこに生じる不整合など知れ切っていた。謳えば謳う程、道行く幼児にすら笑い者にされるであろうということが、彼には最初から分かっていたのだ。
そして彼は、悲壮な覚悟を固め、分かり切った負け戦に挑む。
「吾楯之堅、莫能陷也(私の盾はとても堅いので、貫くことが出来るものなどありません)」
「吾矛之利、於物無不陷也(私の矛はとても鋭いので、貫けぬものなどありません)」
こう往来で叫んで見せた時の彼の心境はいかばかりであったか。その目には涙すらにじんでいたかも知れない。
蒼く晴れた空は、その目から美しく見通すことが出来ただろうか。
悩んだ末にたどり着いた結論…分かり切った不整合をそのまま天下にさらけ出すことになろうとも、私は天下に「矛盾」を叫ぶ。
そして、いつの時代にも、不整合を見れば必ずそれを指摘しようというものがいるものだ。
彼はただ、己の識見を周囲に誇示しようとするだけの為に、言わずもがなの弱点を突く。言ってみれば古代中国におけるマウンター(どんな状況でもマウントをとりたがる人)である。
これを専門用語で春秋戦国マウンターと呼ぶ。
彼は芝居気たっぷりに矛と盾を指さし、シンプルに一言、こういう。
「以子之矛、陷子之楯何如(では、その矛でその盾を突いたらどうなるのか?)」
たとえ春秋戦国マウンターだったとしても、このシンプルさを見れば、彼の知能、彼の識見、彼の言語能力が高い水準に達していたことは否定し得ないだろう。
矛盾を突くのに百言を費やす必要はない。僅か10文字で足りる。ただし、その10文字を過不足なく仕上げるにはある種のテクニックを必要とする。
彼は、僅か10文字で、全く過不足なく「矛盾」を貫いて見せた。これ以上の追語は必要なく、これ以上の省語も必要ない。
これだけシェイプした言葉を、ほんの数瞬で構成して口から出して見せる辺り、彼が恐るべき言語学的センスを持っていることは否定のしようがない。
あるいは彼は、韓非その人であったのかも知れない。
言うまでもないことだが、今我々が「矛盾」の逸話を知ることが出来る理由は、韓非が儒家を批判する中でそのエピソードを用いたからだ。
となれば、高い言語能力を持ったその春秋戦国マウンターが、韓非自身であっても不思議なことはない。
韓非子を読めば、彼が大体の場合においてマウンターであったことはわかる。彼は、相手が儒家であろうが王であろうが、相手が誤っていると考えれば情け容赦なくマウントを取りまくる。
彼が現代に生きていれば、優秀なはてなモヒカン族になっていたであろうことは想像に難くない。
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となると、韓非が書き残している最後の一文も、若干ニュアンスが変わってくる。
「其人弗能應也(その商人は答えることが出来なかった)」
違う。そうではない。
商人は答えられなかったのではない。答えなかったのだ。
始めから分かり切っていた不整合を天下にさらけ出し、始めから分かり切っていた通り完敗した。ただの10文字で、見事に不整合を射貫かれ、彼の謡い文句は丁度鳥が射貫かれるように地に墜ちた。
予定調和としての敗北。その敗北にまみれた時、彼の心も汚辱にまみれていただろうか?
そうではなかった。
商人の顔は、「ゲゲゲの女房」クランクアップ後の向井理もかくやと言わんばかりに清々しかった。輝くようですらあった。やり切った漢の表情であった。
彼にとって重要なことはただ一点、天下往来で己の商品の無謬性を叫ぶことのみであり、それが出来た今、不整合も論理矛盾ももはやどうでもいいことだったのだ。
それを間近に見た韓非(仮)は、訝しく思っただろうか。負け惜しみだと感じただろうか。あるいは、何かに気付いてハッとしただろうか?
いずれにせよ、その場で起きたことはただ一つ、天下往来で論理矛盾を晒した商人を前に、聴衆が白けて解散したことだけだ。
その後…。
やがて、不思議なことが起きた。暫くは野良犬が立ち止まることすらなかった商人の見本市が、嘘のようににぎわい始めたのだ。
誰もが、商人の売る矛と盾を求めていた。商人の見本市は連日連夜即完売、コミケの壁サークルであるかのような活況を呈し、徹夜組が韓軍や楚軍に取り締まられ、春秋ネットオークションにプレミア価格の転売屋まで現れる始末であった。
戸惑うばかりの商人に、一人の男(もしかするとこれも、韓非本人であったのかも知れない)が告げた。
今、あなたの矛と盾は、中華で一番有名な矛と盾になっているのですよ、と。
そう。彼の矛と盾は、中華どころか後々まで、あらゆる世界で名を馳せる、史上もっとも著名な矛と盾になったのだ。
他ならぬ、彼自身の論理が撃ち落とされた「矛盾」という逸話によって。「矛盾した矛」といえば、誰でも一発で「ああ、あの商人の矛か!!」と声を挙げる程の超絶知名度である。下手をするとエクスカリバーやグングニルより有名かも知れない。
その言葉を聞いた商人が喜んだかどうか。そこまでは我々には知れない。武具の性能を愛する彼にしてみれば、もしかすると不本意な売れ方だったかも知れない。
いずれにせよ我々は、このエピソードから一つの教訓を得ることが出来る。つまり、
「批判されることが分かっていても気にせず言い切れるヤツは、なんだかんだで強い」
ということである。
読者諸賢には、覚えておいて欲しい。あの姿を。蒼天の下、天下往来に対して「矛盾」を叫んだあの商人の姿を。
それは、いつかあなた自身がとるべき姿かも知れないからだ。
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【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
(Photo:See-ming Lee)