知人が「仕事がつまらないので、相談に乗って欲しい」と連絡をくれたことがある。

「もう10年以上も勤めているのに」と言うと、

「いい会社なんだけど、仕事がつまらなくなった」と答えた。

 

なるほど……と言いかけて質問した。

「仕事がつまらなくても、いい会社ってどんな会社?そんな会社ってあるの?」

「まあ確かに普通「いい会社」と「仕事がつまらない」と言うのは両立しないかな。」

「直感的には。」

「つまり、上から言われた仕事をこなしていれば、それなりに良い給料がもらえる会社を、とりあえず「いい会社」って言ってみただけだよ。」

「つまり「仕事が楽な会社」ってこと?」

「そういったほうが適切かな。」

 

*****

 

心理学者のミハイ・チクセントミハイによれば、仕事の楽しさを生み出す究極の没頭感、「フロー」は、下図のように、「挑戦」と「能力」のバランスがちょうどよい時に実現する。

(出典:フロー体験 喜びの現象学 世界思想社 P95)

能力に対して仕事の挑戦のレベルが高すぎれば、楽しいどころか「不安」で眠れぬ夜が続く。

逆に、能力に対して仕事のレベルが低すぎれは、そこは「退屈」があるばかりであり、勤務時間が早く終わるのを願うばかりの毎日となる。

 

つまり、最適なのは「自分の能力」と「挑戦の難しさ」が釣り合っている時だ。

 

冒頭で紹介した知人は、もう10年以上も同じ会社に勤めていた。

知人は真面目な人物で、入社後3年程度は会社に貢献すべく毎日仕事を一生懸命やっていた。それこそ脇目もふらず。

 

だが皮肉なことに、結果として早々に「彼の成長の結果」が「会社が提供できる仕事の難しさ」を超えてしまった。

それで知人は「仕事がつまらない」と認識したのだ。

 

一度仕事の楽しさを味わってしまうと、「楽に仕事ができること」「定時に帰れること」などは、必ずしも生活の充実を意味しない。

むしろ、忙しいほうが人生の充実につながりやすい。

 

前述したチクセントミハイ氏は、次のように指摘する。

事実、人は働いているときには、テレビを見ているときの約四倍のフロー体験ー深い注意集中、挑戦と能力の間の高度な調和、統制感と満足感を達成している。

(出典:フロー体験 喜びの現象学 世界思想社)

結局、仕事を通じた適切なチャレンジが、生活の質を著しく向上させる、という真実に気づくかどうかが、現代を生きる我々には非常に重要なのだ。

 

*****

 

「仕事がつまらなくても、趣味やプライベートが充実している人もいるよ」と彼に言う。

すると彼は「最近はプライベートも充実していない。」という。

「時間がない?」

「最近はほとんど定時で帰れる」

「いろいろなことにチャレンジすれば、また仕事が面白くなるのでは?」

すると、彼は言った。

「そうかも。だけど何にチャレンジすればいいのか……。よくわからない。」

 

チクセントミハイは「余暇が充実しないこと」について、こう述べている。

我々の時間に関する最も皮肉な逆説の一つは、なぜか楽しさに転換できない余暇が多いということである。

わずか数世代前に生活していた人々に比べて、我々ははるかに多くの楽しい時間を過ごす可能性を持っているが、現実に先祖より生活を楽しんでいるという兆候はない。

彼のような人物は少なくない。

では、一体なぜ時間があるはずなのに、プライベートが充実しないのだろう?

 

その理由で最も大きなものの一つが、彼が「挑戦スキル」を養ってこなかったことだ。

安寧に慣れすぎてしまったがために、彼は「自分にちょうどよい挑戦の機会を作り出す」というスキルが未熟な状態で年月を経てしまった。

このような状態になると

「何が楽しいと感じるか?」

「何に挑戦すべきか?」

「何が自分は得意なのか?」

といった重要な質問に自答する感性を失ってしまう。

 

そして、「挑戦スキル」の不足は仕事のみならずプライベートにも影響する。

 

一般的には我々には、「仕事の充実」と「プライベートの充実」は両立しない、という固定観念がある。

だが実際には「仕事の充実」を図れている人は、時間さえきちんと作れれば「プライベートの充実」をも実現している事が多い。

その原因は前述した「挑戦スキル」にある。

 

実際、「何かに挑むこと」は、高度なスキルだ。

適切にリスクを判断し、自分にあった機会を見つけなければならない。

また、計画的に自らの力量をあげるトレーニングを継続的に行い、自らの可能性を広げつづけなければならない。

 

仕事が人生の充実につながりやすいのは、適切な挑戦を会社がある程度与えてくれるからだ。

だが、プライベートにおいては挑戦を自ら用意しなければならない。だから、実はプライベートの充実は、仕事の充実よりも難しい。

仕事で挑戦スキル身につけることができた人が、プライベートも充実させやすいのはこのためである。

 

チクセントミハイ氏はまた、次のようにも述べる。

皮肉なことに、実際には仕事は自由時間より楽しみやすい。

フロー活動と同じく仕事には目標が組み込まれており、フィードバック、ルール、挑戦があり、それらのすべてが仕事に没入し、集中し、我を忘れるように仕向けるからである。

他方、自由時間は構造化されておらず、楽しめるように形作るためには遥かに多くの努力を要するからである。

 

*****

 

キャリアを考える意思決定において、よく「人生で何がしたいのか?」と問われる。

 

だが、この質問は適切とはいえない。

なぜならば、自分が何をしたいかわかっている人はキャリアで悩んだりはしないからだ。

逆に、何をしたいかわからない人には質問が抽象的すぎる。

 

この場合、「何がしたいか?」という質問よりも答えやすいのは

「これから伸びる可能性のある市場で、興味のもてそうなものはあるか?」

である。

 

仕事は、長期の大きな構想を描くよりも、むしろ「伸びる市場」をイメージするほうが、次の行動を決めやすい。

例えば

「電気自動車のことをもっと知りたい」

「web上で集客する仕事をしてみたい」

「VRソフトウェアがどのように開発されているかを知りたい」

といったものでも良い。

流行りものはこれから大きくなるマーケットにつながり、結果的に自らの市場価値を高めてくれることも数多くあるからだ。

大きくなりそうな成長マーケットで働くことほど、将来の安定につながることはない。

 

*****

 

人生を充実させるには、「自ら挑戦の内容を決める」ことを避けて通れない。

 

人生のできるだけ早いうちに、挑戦⇒フィードバック⇒力量向上⇒新しい挑戦のサイクルを確立し、「挑戦スキル」を確立すること。

そのために伸びそうな市場を相手にして仕事をすること。

 

さもなくば、仕事もプライベートも充実は望めない。

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

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