バカ、と人を罵倒するのは行為として褒められたことではない。

だが、残念ながら現実に「バカ」が存在することに異論のある方はいないだろう。

 

しかし、この「バカ」という存在。

一体どのような存在なのだろうか。バカとは何なのだろうか。

 

東京大学の名誉教授、解剖学者の養老孟司氏は、著書「バカの壁」の冒頭で、こんな話を引き合いに出している。

「話せばわかる」は大嘘

「話してもわからない」ということを大学で痛感した例があります。

イギリスのBBC放送が制作した、ある夫婦の妊娠から出産までを詳細に追ったドキュメンタリー番組を、北里大学薬学部の学生に見せた時のことです。

薬学部というのは、女子が六割強と、女子の方が多い。そういう場で、この番組の感想を学生に求めた結果が、非常に面白かった。男子学生と女子学生とで、はっきりと異なる反応が出たのです。

ビデオを見た女子学生のほとんどは「大変勉強になりました。新しい発見が沢山ありました」という感想でした。一方、それに対して、男子学生は皆一様に「こんなことは既に保健の授業で知っているようなことばかりだ」という答え。同じものを見ても正反対といってもよいくらいの違いが出てきたのです。

これは一体どういうことなのでしょうか。同じ大学の同じ学部ですから、少なくとも偏差値的な知的レベルに男女差は無い。だとしたら、どこからこの違いが生じるのか。

その答えは、与えられた情報に対する姿勢の問題だ、ということです。要するに、男というものは、「出産」ということについて実感を持ちたくない。だから同じビデオを見ても、女子のような発見が出来なかった、むしろ積極的に発見をしようとしなかったということです。

つまり、自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在しています。これも一種の「バカの壁」です。

このエピソードは物の見事に人間のわがまま勝手さを示しています。同じビデオを一緒に見ても、男子は「全部知っている」と言い、女子はディテールまで見て「新しい発見をした」と言う。明らかに男子は、あえて細部に目をつぶって「そんなの知ってましたよ」と言っているだけなのです。

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 養老孟司氏は、この後に

「知りたくないことに耳を貸さない人間に話が通じないということは、日常でよく目にすることです。これをそのまま広げていった先に、戦争、テロ、民族間・宗教間の紛争があります」

と続け、「バカ」の本質を暴いている。

 

そして、これに極めて近い話が、心理学で言う「確証バイアス」である。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏は著書の中で「確証バイアス」についてこう述べている。

連想記憶の働きは、一般的な「確証バイアス(confirmationbias)」を助長する。

サムが親切だと思っている人は、「サムって親切?」と訊かれればサムに親切にしてもらった例をあれこれと思い出すが、「サムっていじわるだよね?」と訊かれたときはあまり思い浮かばない。

自分の信念を肯定する証拠を意図的に探すことを確証方略と呼び、システム2はじつはこのやり方で仮説を検証する。

「仮説は反証により検証せよ」と科学哲学者が教えているにもかかわらず、多くの人は、自分の信念と一致しそうなデータばかり探す──いや、科学者だってひんぱんにそうしている。

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ここには重大なことが述べられている。

つまり人は一般的に「自分の信念を肯定する証拠を意図的に探す」傾向があるということだ。

 

そして、その活動は裏を返せば人は「信念を否定される」「反証を出される」と、情報を意識的、無意識的によらず、シャットアウトするということでもある。

この「情報シャットアウト」の正体こそが、「バカ」の本質だ。

 

バカは思い込む。

バカは正しさを検証しない。

バカは固執し、他の可能性を探らない。

バカは結論に飛びつく。

バカは偏見を持つ。

 

……ということは、もう一つ重要な事実が明らかになる。

それは、人は誰でもバカになりうる、という事実だ。

 

個人のバイアスの強い領域では、普段よほど知的に振る舞う人物ですら、バカになってしまうことがよくある。

 

例えば、

「普段はいい人なのに、サッカーの勝敗の話になるとなんであの人、あんなムキになるのかしら……。」

「あんな仕事のできる社長が、悪い報告をすると怒るんだよ。「お前らの気合が足りないから」って……。」

「あの学者、政治活動をするようになってから、劣化したよね……。客観的に判断できなくなっている。」

といった状況である。

 

また、上のような「いかにもバカっぽいこと」だけではなく、以下のような発言も(政治的には正しくとも)すべて「バカ」な発言である。

 

「戦争はいついかなる時も避けるべきである。これに例外はないし、議論の余地もない。」

「人権は、いつ、いかなるときも、なによりも尊重されるべきである。人権を尊重しないのは悪であり、許されることではない。」

 

発言者はそれを信じこんでいるかもしれないが、そうでない人もいる。

そして、反論を無視するのは「バカ」に他ならない。

 

したがって「バカな人」がいるのではない。人はだれでも時として「バカな状態」に陥るのである。

つまり、「バカ」とは特定の脳の働きが起きている「状態」のことを示す。

 

 

バカの正体を知ってしまえば、自分の思考を日頃から客観的に見つめる訓練を積み、「バカの状態」をできるだけ回避することもできる。

 

だが昨今では、インターネットが「バカの状態」を助長しているため、なかなか「自分がバカになっている」ことに気づきにくい。

 なぜならば、インターネットは調べれば、自分の望む情報がいくらでも出て来るからだ。

 

少し前、コンビニエンスストアに「水素水」が出回ったことがあった。

もちろん、体に良い、という触れ込みだ。しかし、果たしてこれは真実なのか。

 

国民生活センターの「水素水」についての調査を引用すれば次のようになる。

  • 水素水には公的な定義等がなく溶存水素濃度も様々です。また、特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品として許可、届出されたものは、現在のところありません。
  • 容器入り水素水のパッケージに表示されている溶存水素濃度に、充填時や出荷時とある場合は、飲用する時の濃度とは限りません。また、水素水生成器も水質や水量等により変わる旨の表示があり、必ずしも表示どおりの濃度になるわけではありません。
  • 水に溶けている水素ガス(水素分子)は、容器の開封後や水素水生成器で作った後の時間経過により徐々に抜けていきます。

(http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20161215_2.html)

前述のサイトには、実名で細かい調査結果も記載されており、細かく水素水の質について検証ができるよう、情報提供がされている。

 

だが、「水素水が体に良い」と信じて飲んでいる人は、おそらくこのサイトを見ることはない。

彼らが見ているのは、「水素水がいかに体に良いか」を証明するような情報が掲載されているサイトだろう。

 

ある主張と、それに対する反証をきちんと比較し「この情報が正しい蓋然性が高い」と判断するのは、面倒だし、自分の信念に反するからだ。

 

インターネットは「同じ主張を持つ人々」が固まりやすい。

「インターネットはバカを生み出す」は、真実を含んでいる。

 

*****

 

とはいえ、人間の認識には限界があり、どこまでいっても主観からは逃れられない。

どこまで行っても、正しさについての100%の証明は不可能で、客観性を標榜することそのものが、疑わしい行為である。

 

だから「バカ」は世の中からなくならない。

原理的になくすことができない。

 

したがって、我々にできるのは「バカ」を受け入れることである。

もっと言えば、「真実の追求」ではなく「バカが居る現実の受け入れ」が、世渡りで最も重要なことの一つでもある。

 

例えば「バカとハサミは使いよう」という言葉がある。

前述したように、 バカには迷いがない。 

バカの極みは狂信者であるが、狂信者のエネルギーは、凄まじいものがあり、時に自分の命すら顧みないのである。

 

また、起業するときはバカになる方が良い、というアドバイスをする人もいる。

バカな状態は、エネルギーの源泉であり、情熱の発露だというのだ。

 

すなわち、バカとうまく付き合う、ということは

「思い込み」

をポジティブに利用できるかどうかにかかっている。

バカは正義を生み出す一方で、偏見を生み出す、諸刃の剣である。

このことを忘れない限りは、「バカ」もまた、社会に必要な要素なのだ。

 

 

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(Photo:Dean Lin