優しさについて考えるきっかけとなったのは、ある施設の話題だった。

 

その施設は、トイレットペーパーや布団のシーツといった備品を利用者が補充している。

利用者が補充するといってもやることはとても簡単で、「もうすぐなくなります」と施設側に伝えるだけでいい。

そうすればあとは施設側が手配してくれるので、最初の一声だけ利用者が発信すればいいという仕組みになっている。

 

ただこれがあまりうまく機能していないらしい。

というのも、利用者がもうすぐなくなるアラートを出すのは自分のためではなく、次に利用する別の誰かのためだからだ。

自分が楽しんでいるときに、次の利用者のことを思って備品の数を見る人はほとんどいない。

 

ある利用者は「自分が『さあ寝よう』と布団を敷こうとしたときに初めて『シーツがない』と気づく。その絶望感を一度体験すると、次使う人のために必ず残りのシーツの枚数をチェックしようと思える。

だがその経験がないと、次の利用者のためを思うことはなかなか難しいのではないか」と言っていた。

 

誰も意地悪な気持ちで「残りの枚数を伝えないでおこう」としているわけではない。ただそこまで気が回っていないだけだ。

そして気が回る人とそうでない人の違いは、「気が回らなかった誰かの影響で、自分がつらい思いをしたことがあるかどうか」にある。

優しい気持ちを持っているかどうか、という「気持ち」の問題ではなく、「経験の有無」の問題だ。

 

この話を「優しさ」と表現するのは若干違和感があるが、次の利用者への思いやりが行動に現れたものだと考えると、優しさの一種といって問題ないだろう。

 

「親切心」はルールや仕組みで代替できる。

私は「優しさ」はざっくりと2パターンに分かれると思っている。

1つは困っている人に声をかけて手助けするといった能動的なもので、上述の話もこれに該当する。「気遣い」や「親切心」と呼ばれる類のものだ。「サービス精神」もこれに近いかもしれない。

もう1つは相手の失敗に対して怒らないといった受動的なもので、「許す心」「寛大な心」などと表現される。

 

施設利用の件は、皆が能動的な優しさをもって行動すれば解決する話ではあるのだが、では全員が『シーツがない』状況を経験すればいいのかというと決してそういう問題ではない。

そんなことは経験しない方がいいし、そういう事態が発生する前に気づいてほしいことだ。

全員が悲惨な経験をしなくても、最後に必ずチェック&報告するような運営にすればいい。工夫次第で解決することは可能だ。

 

能動的な優しさはコントロールしやすいという特徴があると思う。

 

たとえば電車の優先席。あの席は能動的な優しさで満ちている。

では席を譲る人が全員「席に座らないとつらい身体」を経験したことがあるかというと、そうではない。

 

若くて健康で、席に座らないとつらい身体の人の気持ちは正直わからないけれど、優先席って「そういうものだから」譲っている。

大半の人はそんな感じではないだろうか。もちろん、そこに思いやりの気持ちもあるにはあるのだけど、思いやりだけに頼っていたら優先席は機能していない。

優先席では席を譲るものだという“常識”が世間に広まり、「思いやり」×「そういうものだから」=「席を譲ろう」という式になっている。

 

つまり能動的な優しさは、経験の有無にかかわらず生まれ得るもので、制度や仕組みといったもので意図的に作り出すことすらできてしまう。

 

「寛大さ」はその人の人生経験次第。

一方、受動的な優しさはどうだろうか。私は「経験の有無」がもっとも影響を与えるのは、能動的な優しさではなく受動的な優しさに対してだと思っている。

もともと何に対してもあまり怒りの感情が湧いてこないタイプの人は確かに存在している。

でも、大抵の人は自分に対してマイナスの影響を与える何かが発生した場合、多少は苛立ちを覚えたりするものだろう。そんなとき、「お互いさまだよね」とか「しかたないよね」って思えるかどうか。

相手の気持ちになってみる、と口で言うのは簡単だが、経験したこともない人の気持ちを考えるのは結構難しい。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という諺があるように、自分の経験でさえ、つらいことも時間が経てば忘れてしまう。

まして他人である。他人の経験を自分のことように想像するのは至難の業だ。

 

だが自分が経験したことであれば、相手の立場になって考えることは一気に容易になる。

満員電車で靴を踏まれた。相手に悪気はない。バランスを崩して誰かの靴を踏んでしまったことがある人は、踏まれた瞬間足に激痛を感じながらも相手を責めることはしない。

だって、しょうがないことだから。

 

レストランで注文した料理がなかなか来ない。入りたての店員さんが、注文を伝え忘れてしまったようだ。

アルバイト経験者は、店員さんを責めることはしない。自分がアルバイト中、一度もミスしないで働けたわけではなかったから。

うっかり忘れてしまうことは、誰にでもある。

 

もちろん、仕事でのミスは「うっかり」では済まされないこともあるだろうし、許す/許さないではなくフォロー・改善していくことが求められるだろう。

 

ただ、人と人とが関わっていく上で「お互いさま」の精神は欠かせないものだ。

そして、このお互いさまの精神は、多くのことを経験した人ほど持っているものだと思う。

 

かつて「不機嫌さで相手をコントロールしようとするのは子どもであり、いつも機嫌よくいられるのが大人の条件である」という内容のツイートを見て、どういう意図なのかはわからないが、なるほどと思ったことがある。

機嫌よくいられる人は受動的な優しさの持ち主である。多くのことを経験した「優しい」人は、世の中にはいろんな人がいて、何もかも自分の思い通りにいくわけではないことを知っている。だから機嫌を損ねるのではなく、機嫌よく改善を目指す。そういう人を大人と言う。

 

年月とともに経験は増えていくという意味で、年齢を重ねるほど大人になるというのは間違いではない。

だが、何歳になっても優しさが身に付かない人もいる。それは性格の問題ではなく、経験の問題、つまりどんな人生を歩んできたかということなのかもしれない。

 

何もかもを完璧にこなせる超人か、自分のことを全て棚にあげて世の中を捉えることができる(これもある種)超人か。

いずれにも該当しない常人であれば、経験を積むほど人は優しくなれる。そんな気がしている。

些細なことで腹を立てているうちは半人前。自分に厳しく、他人に優しい人でありたい。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

【著者プロフィール】

名前: きゅうり(矢野 友理)

2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。

【著書】

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(Photo:Kate Ter Haar