総務省統計局のデータによると、平成27年に結婚した人たちの組数は635,156組、対して、離婚した人たちの組数は226,215組だったという。

 

この中には成田離婚もあれば(死語か?)熟年離婚もあるだろう。

ほんの些細なことが二人の人生を違える原因になることは、今や珍しくない。

離婚には至っていないが、様々な理由から別居している夫婦もあれば、ひとつ屋根の下に暮らしながら、口さえきかないという夫婦(いわゆる家庭内離婚)も結構な数として存在していそうだ。

かく言う我が家は、妻であるわたしが単身上京しているという具合である。

 

ランチの許可を取る嫁

結婚5年未満の離婚件数が一番多いというデータを見た。

なるほど、「3年目の浮気ぐらい多めに見てよ」という歌謡曲もあったぐらいだから(読者の中にどのくらいの人がこの曲を知っているのか、はなはだ心配であるが)あながち、結婚して5年未満の離婚率が高いというのは間違っていないのかもしれない。

 

まったくバックグラウンドが違う二人が生活を共にするのだ。すり合わせと称して大なり小なり、結婚生活において波風が立つ時期であっても、なんらおかしくない。

その波を乗り越えられない二人に離婚という選択肢が突きつけられ、乗り越えられた二人には次のステージが用意されている。ただそれだけのことである。

 

さて、結婚している友人と電話で話をするうちに、ランチをしようとなった。

「その日出掛けていいか、旦那にきいてみるわ」と友人が言う。

私「え?許可が要るの?」

友「うん……。」

 

結局このランチは、旦那さんの許可が降りず、流れた。

家庭ごとにルールがあるのはもちろんだから、この場合、何らかの理由により、わたしとのランチが許可されなかっただけである。

 

ただそれだけなのに、なにか非常に納得がいかない。もやもやする。

例えば、子どもがいて、友人が出てくることによって旦那さんに子どもを預けねばならない状況であれば、そりゃあ、調整は必要だ。

しかし、この場合は違う。友人は仕事をしていて、子どももいない。

 

妻を自分の所有物だと思い込んでいる夫

子ども時代、母親からよく聞かされた言葉に

「お父さんは『誰に食わせてもらってるんや』と思っている」

というフレーズがある。

だから「女性も経済力を付けて、男性に頼らず生きていけるようになりなさい」と続く。

今では時代錯誤のような言葉だが、わたしが小学生の時に暮らした田舎では普通に聞いた。

 

家庭運営は、経済的に支える人だけによって成り立つものではない。

特に今は、共働きで子どもを育てている家庭が都市部では当たり前だから、「そんなことは百も承知だ!」という男性陣も多いと思う。

しかし、その心の底に「オレが食わしてやっているんだから、オレの言うことを聞いていれば良い」という感情が、知らず眠ってはいないだろうか。

今の30代、40代の男性にはあまりそういう感覚がないかもしれないが……。 うちの父は、そうだった。

 

一昔前の人だからと言えばそれまでであるが、今でも地方ではそんな風潮があるのではないか。

 

経済的なことを盾に、人をコントロールしようとする。

これは、その庇護の元に暮らす人間にとって非常に苦しい事態が生じる。 そこから脱するには女性も経済力を持つしかないと、母親にしつこいぐらい耳元でそう囁かれて育ったわたしは、誠に自分勝手な人間となった。

 

と、自由奔放な性格を人のせいにしてはいけないのだが、自分の人生は自分でハンドリングしたいと思う人間になった。

結果、わたしが一緒になった人は、「結婚したと同時に妻を自分の所有物だと思い、彼女の人生を背負う代わりに、彼女のすべてが自分のものだと思うような人」とは真逆の人だった。

 

結局男ってヤツは

冒頭に書いた通り、我が家はわたしが期限付きで単身上京をしている。

仕事の展望が少し開けたし、活動の場を東京に移した方が面白いことが出来るのではないか、そういう理由からである。

 

そもそも、 「東京に行ったらどう?」 と言ったのは、連れ合いだ。 正直とても驚いたが、わたしの人生を尊重し、後押ししてくれる彼に感謝せずにはいられなかった。

そして、その言葉から1年後、わたしはそれを現実のものとした。

 

しかしそこで待ち受けていたのは

「旦那さん、よく許してくれたね」

「旦那さんに、感謝しないとね」

「旦那さん、かわいそうだね、ごはんどうしてるの?」

という言葉のオンパレードだった。

 

特にそういった言葉を投げかけたのは、男性たちだ。

女性に言われることもあったが、夫婦の選択に賛同してくれる言葉が圧倒的に多い。対して男性は連れ合いの心配を一様にしたのである。悪妻と何度言われたことか(笑)。

 

単身赴任は珍しくない。ただ、一般的に多いのは夫が家を離れるケースである。たまたまうちは、妻が出ていくケースなだけだ。それも、仕事で出て行くわけだから、状況はまったく変わらない。

夫が自分の仕事の幅を広げたいと単身上京する際に「奥さん、よく許してくれたね」と周囲は言うだろうか。

 

挑戦するのに性別など関係がないはずだ。それなのに、「夫を置いて、単身上京するなんて、なんて自分勝手な酷い妻なのか」という男性が多かったことに、わたしは少なからずショックを受けた。

働く女性に理解を示しているようで、結局、世の夫どもは妻を側に置き、ご飯を作らせ、身の回りの世話をしてもらおうと考えている人が大多数ってことか……。

そう思うにつけ、ますます連れ合いに感謝が深まるばかりである。

 

家族の形に囚われない

わたしの単身上京は今も続いていて、当初は東京行きをすすめた連れ合いであるが、現実的には寂しいようだ。その点は本当に申し訳ないと思っている。

その分、面白いこと、新しいことをひとつでも形にしたいと思う日々である。

 

今や、男だ女だ、夫だ妻だと言って誰かの人生を制限するということなど、意味がないと思うのはわたしだけではないはずだ。

もちろん、そこにはお互いの合意をとる調整が必要ではある。

しかし、これだけ多様な生き方があるのだから、当人同士が了承をしていれば、結婚の形だって色々あって良い。一緒に暮らすだけが、夫婦ではない。

むしろ、一緒に暮らしてお互いへの不満を募らせるぐらいなら、物理的な距離を置いて臨機応変に連絡を取り合い、助け合った方が相手に優しくなれる気がする。

 

私が主に著作のテーマにしているのは縄文時代である。この時代、もしかしたら通い婚だったかもしれないし、そもそも夫婦や家族という概念があったかどうかもわからないと、個人的には考えている。あるのは、厳しい自然環境を生き抜いて行くための、人と人との深い繋がりである。

端からどう見られようが、構わない。当人たちが「これで良いのだ」と思う夫婦関係を続けるほうが、楽しい人生を過ごせるはずだ。

 

すべての家族、そしてすべての夫婦にあてはまるわけでないことは重々承知している。だが、別居婚も、人が思うほど悪くはない。

 

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(2019/6/20更新)

 

譽田亜紀子(こんだあきこ)

文筆家。「土偶女子」の異名をもち、昨今、ジワジワと流行りだしている縄文時代ブームの立役者のひとり。間違っても歴史好きではないことがポイント。縄文時代以外はさっぱりわからない。

土偶好きが高じて、著作に『はじめての土偶』2014年『にっぽん全国土偶手帖』2015年(共に世界文化社)『ときめく縄文図鑑』2016年(山と溪谷社)『土偶のリアル』『土偶界へようこそ』2017年(山川出版)『知られざる縄文ライフ』2017年(誠文堂新光社)がある。

現在『かわいい古代』と題して東京新聞、中日新聞の水曜日夕刊に連載中。

 

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(Photo:Yasunari(康就) Nakamura(中村)