前から疑問に思っていた事の一つに、若手に負けるベテランの存在があった。

普通に考えれば、ベテランというのは経験豊富な方々だ。知識も経験もそこそこあるわけだから、少しぐらい仕事を覚えた若手になんて負けるはずがない。

そう、負けるはずがないのだ。

 

けど現実問題、僕の周りにはビックリするぐらい使えないベテランがいたり、異なる専門分野からやってきた門外漢の方が、専門分野にいる人間よりも博学だったりする事例があまりにも多すぎるのである。

 

これ、ほんと何でなのか疑問で疑問で仕方がなかったのだけど、最近になって

「素人」と「プロ」、そして「トッププロ」の違いがどこにあるのかがようやく腑に落ちてきた。

というわけで今回は、この3つの人種について、段階を追って説明していこう。

 

素人とプロの違いがマニュアルを使えるかどうか

日本の医者のほとんどは、医学部を卒業し国家試験を合格した後、病院勤めを開始する。

普通の方からすると、6年間も大学にいたのだからさぞかし医学知識があるとお思いかもしれないが、実のところ医学部卒業直後の医者は全くといっていいほど使い物にはならない。なぜか?それは仕事におけるマニュアルが全く頭に入ってないからだ。

 

例えば肺炎の患者がやってきたとしよう。肺炎を治すには基本的には抗生剤が必要だ。これぐらいは国家試験でも勉強する。

けれど、肺炎の患者さんに、どういう種類の抗生剤を、1日何回、どれ位の期間にわたって、どういう方法で投与するのか、について、医師国家試験卒業直後の医者は全く知らない。

 

一般の方からすれば「ええっ?マジかよ」とお思いかもしれないが、マジである。

 

おいおい、日本の医者大丈夫かよ、って感じがするが、実のところこれらについては知らなくてもあまり問題はない。

ありがたいことに現代ではマニュアルの類が完備されており、それこそポケットからiPhoneを取り出し、アプリを起動して、病気ごとの治療方法について検索すれば、上記の類の質問の答えは一瞬で出てくる。

 

つまり本当に大切なのは、病気をキチンと正しく診断し、それについての解決方法をマニュアルを正確に読み解き適応させられる所に集約されているのである。

 

この粘り強い腰となるような基礎的な頭脳を習得するために、医学生は6年間もかけて大学に通い、国家試験で徹底的に知識を詰め込んでいくのである。

医学部を卒業した直後の医者は確かに全くといっていいほど使い物にはならないけど、少なくともマニュアルの類に何が書かれているか、またそれが本当に正しいのかどうかについてぐらいの判別はできる。

 

ここが本当に凄く大切なところで、つまるところ素人とプロの違いというのは、このマニュアルがキチンと読めるかどうかが重要なのだ。

普通の方が本屋にいって医学書を買ってきて読んでも医者になれない最大の理由は、マニュアルがちゃんと読めないからに他ならない。教育というものの本質が実によく分かる事例である。

 

勉強し続ける人は稀

さて素人とプロの違いはマニュアルが読めるかという事は多少はわかってもらえたかと思う。

続いて、若手に負けるベテランの存在や、プロの先にいるトッププロについての話をしてゆこう。

 

先程書いたように医学部卒業直後の全く使い物にならなかった学生も、2~3年程度病院に勤務することで大抵の事についてはできるようになってくる。

病院で行われる業務の8割ぐらいの事は、23年程度もあれば習得し終わってしまう。

 

多分だけど、これは日本のどの会社でも同じような話だろう。日常業務の大抵の事はルーチンワークだ。決まりきった事さえできれば、会社ぐらしはつつがなく進んでいく。

こうして素人からプロとなった多くの人は、勉強する事を辞めてしまう。23年の間に学んだ知識で日常業務の8割ぐらいは何とかなってしまうのだから、それでメシが食えばいいというわけだ。

 

こうして人は駄目なベテランとなる。この駄目なベテランは経験年数だけは十数年と立派だけど、実のところちゃんと勉強している時間を割り出せば、せいぜい45年程度の知識量しかない。

 

実は仕事で最も問題となるのは、例外事例の方である。僕もそこそこ病院務めが長くなってきたけれど、先日も日本で十数例しかないウルトラレアケースが飛び込んできて対応に四苦八苦した。

当たり前といえば当たり前なのだけど、こういうレアケースをキチンと診断するまで持っていくのは物凄く難しい。その症例は僕の専門分野でも何でもなかったのだけど、夜中にヒーヒー言いながら論文を探し出して世界中でどういう対応がなされているのかを調べ、なんとか治療にまで持っていく事に成功した。

 

自分の事を褒めるようでアレなのだけど、実のところこういう対応を行い続けている人はあまり多くない。

先程、日常業務の8割はルーチンであるという話をしたけれど、逆に言えば残り2割はこういうレアな事例ばかりで占められている。

 

こういう一度遭遇しても、その後二度と遭遇しないような事例についてまでキチンと勉強を行い続ける事は、コストパフォーマンスから言えば最悪以外の何物でもない。僕も恐らくだけど、さっきの日本で十数例しかない病気に遭遇する事は二度とない。

 

しかしここで「勉強をしない」という選択肢を選んでしまった時、医者としてのキャリアは腐るのだろう。

そして使えないベテランとなり、若手に馬鹿にされ続ける事となるのである。

 

僕が思うに本当のプロというのは稀な事象であれ、細部にあるヒントから問題解決となる糸口を探し出し、問題解決までのルートを開拓できる部分にある。

ここで大切なのは、あくまでプロはルーチンワークである八割の仕事に関しては完璧に、全く思考回路を煩わせる事なく遂行できる部分にある。

そうでないと稀な事象について使える時間なんてなくなってしまうし、稀な事象に関しても、基本的にはルーチンワークの八割とする事自体は対して変わりない。

 

八割の業務と似たような仕事へと稀な事象を落とし込めるからこそのプロなのである。

 

トッププロとは何か

最後に、トッププロについての話をしよう。

 

普通のプロを超えた先にいるトッププロが果たして何をしているかというと、彼等はこの世にまだない、新しいマニュアルを作り出す作業に従事しているのである。

 

冒頭で、素人とプロの違いについて、マニュアル通りに仕事ができるか否かだと書いたが、実のところマニュアルというのは、日々進化するものだ。10年前の常識は、今の常識とはかけ離れている。

それぐらい、科学技術の推進というのは早いのである。

 

その推進を最先端で開拓する仕事こそ、トッププロの仕事である。彼等からすれば、マニュアルもエビデンスも超えていくものである。

現状に決して満足することなく、新しいスタンダートを作り出し、全体のIQを底上げしていくという、素人ともプロとも違う、新生代を育て上げるという作業を通して、人類をより賢い存在へと仕立てあげているのである。

 

彼等こそが新生代を先導する、まさにボスである。

若い皆様は、ぜひこのような未来を創造していく、格好良い業務へと突き進むことを目標に、頑張っていって欲しい。

 

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高須賀

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(Photo:Cristian C