新年度に入ったからなのか、最近、けっこう仕事がいそがしいのです。

仕事というのは仕事を呼ぶところもある。医者であれば、受け持ち患者の数が増えると、家族に説明をする機会も、書類仕事も増える。状態が悪化してバタバタすることも多くなる。

会社勤めをしていても、クライアントが増えれば何かを頼まれることやクレーム対応も多くなるはずです。

 

先日、けっこう忙しく立ち働いていた日、また新しい患者さんの担当を依頼されて、内心、「これはちょっとキツイなあ」と思いながらも、「いいですよ。なんとかなります」と答えたあと、僕の心のなかには、どす黒いものが渦巻いていました。

 

なんでこんなに忙しそうにしているのに、僕にばかり仕事を割り振ってくるんだ?

この職場ではまだキャリアが浅くて、立場上、頼めば断らない(断れない)から、こんな扱いを受けているのだろうか?

その一方で、「いや、みんなはみんなで忙しいはず。自分だけだと思うのは傲慢だ、とかいう気持ちも入り乱れていたわけです。

 

ここは我慢するのが「大人の対応」だし、どうせやるのなら、あれこれ言わずに、さわやかに引き受けたほうが、僕の評価も上がるはず!

でも、やっぱりきついよね……

こんなことを考えて、悶々としていたんですよ。

「なんで僕ばっかり!」と、怒りもわいてきました。

このままでは、僕は近いうちに、キレてしまって、「もうこんな職場、やめてやる!」ということになるのではないか。

 

そんなとき、以前の職場で、「もう我慢できません!」と突然言って、辞めていった同僚のことを思い出しました。

彼は真面目でおとなしい人で、仕事熱心で、周りや上司からも頼りにされていました。

上司からの、無茶ぶりのようにしか思えない仕事も淡々とこなしていましたし、いつも遅くまで残って仕事をし、飲み会の誘いも断らない。いったい、いつ寝てるの?

そんな人だったのです。

 

彼が爆発したとき、周りはみんな呆気にとられてしまいました。

もちろん、僕も。

「えっ?そんなに追い詰められていたの?」って。

そんな素振りは、僕にはまったく見えていなかったから。

もしかしたら、サインは出ていたのかもしれないけれど。

 

*****

 

あらためて考えてみると、彼は、いまの僕と同じような状況にあったのではないか、という気がするのです。

当時の彼は、今の僕よりも、何倍も働いていたけれど。

 

世の中には、我慢してしまう人がいる。

これは自分の仕事だから、とか、みんなに迷惑をかけたくないから、とか、自分の評価を下げたくないから、とか。

彼らは、溺れかけている状況でも、SOSを出すことが苦手で、頼まれると、こころよく仕事を引き受けているようにふるまってしまうのです。

そして、限界をこえてしまったときに、「もう耐えられない!」と、すべてを投げ出す。

 

外部からは、こういう人って、「ずっとニコニコしながら、『いいよ、やっておくよ』と爽やかに言っていたのに、突然ブチ切れて激怒してしまう、理解不能な存在」に見えてしまうのではないでしょうか。

「お前が『やります』『やれます』って、言っていたのに……」って。

 

実際のところ、突然全部投げ出されてしまうと、あとの処置はかなり大変になるんですよね。

上司も、しばらく、「あいつには悪いことをしたなあ。でも、そんなにキツかったのなら、ひとこと、言ってくれればよかったのに……」と嘆いていました。

 

世の中には、ものすごく「察する力」が強い人もいて、こういう人が上司になると、さりげなく仕事の割り振りをそれぞれのキャパシティに見合うように調整してくれるのです。

当時は、「どうして僕にはあまり無茶ぶりをされないのだろう」と感じていたというか、やや不満でさえあったのですが、いま考えてみると、あの上司は、僕の「容量」をある程度把握していたのでしょう。

 

でも、そんなふうに察することができる人はごくわずかでしかなくて、大部分の上司や同僚というのは、基本的に善良な存在ではあるけれど、他人のことにそんなに興味がない。

言葉や態度で示されないと、他人が何を考えているか、どういう状況にあるかはわからない人たちなんですよ。

僕自身も、自分のキツさ、苦しさには敏感だけれど、他人のことには無頓着です。そんな余裕もない。

 

黙って、あるいはニコニコしながら何もかも抱え込んでしまった挙句に、溜まりに溜まったマグマが限界をこえて、一気に噴火してしまう人というのは、少なからずいる。

そうやって、彼らは「突然、噴火してしまう人」になる。

噴火する側からすれば、「いまにはじまったことじゃない」のだけれど、周りは「いままで自分で『大丈夫です』って言っていたのに、急にそんなこと言われても……こんなにキレやすい人だったのか……」と驚くばかり。

 

僕は「突然、噴火してしまう人」に伝えたい。

あなたは(そして僕自身も)、他人の「察する力」に期待しすぎです、と。

自分自身のふるまいを客観的にみたら、相手に「伝わっていない」のも当然である、ということを考えてみてもらいたいのです。

 

「ずっと我慢してきたことくらい、そちらで察してくれ」というのは、あまりにも傲慢な話で、結局、「言わないと、他人にはわからない」のが原則なんですよ。

言ってもわからない人もいるけどさ。

 

仕事っていうのは、ある程度「辛抱する」のが必要な場面もあるし、「なんで自分ばっかり……」と感じることも少なからずあります。大概は、みんな同じような気持ちで、日々働いているわけです。

昭和の「モーレツ社員」の時代ならさておき、今の世の中では、ある程度まともな組織であれば、「突然、噴火する人」になってしまうよりは、自分の状態について周囲にちゃんと伝えて、ストレスマネージメントをしている人のほうが、結果的に「うまくやっていける」はずなんですよ。

 

「ちょっと今は、仕事がたてこんでいて、これ以上は難しい」

その場では「それはわかるけど、そこをなんとか……」と言われることもあると思います。

 

でも、そうやって「自分の状態を発信する」ことで、少なくとも「自覚と周囲の認識のズレ」を補正することはできるはずです。ああ、あいつも超人じゃないよな、って。

それでも、改善がみられず、なんでも押し付けられるようであれば、それでもしがみつきたいのか、他の居場所を探すか、考えてみるべきでしょう。

辞めるにしても、できれば軟着陸して、引き継ぎとかもちゃんとやったほうが、お互いの今後にとってプラスになりますし。

 

不満や疑問を「自分が我慢すればいいのだから」と飲み込んでしまいがちな「いいひと」は、こういう「突然、噴火してしまう人」になりやすいことは、知っておいて損はありません。早期発見、早期治療が必要です。

上司の側であれば、「どんなきつい仕事も『大丈夫です』と明るく返事をしてくれる人」こそ、注意深く様子をみておくべきでしょう。

 

いやほんと、誰かがこうなってしまうと、本人も周りも救われないから。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

 

【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

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(Photo:Ben Raynal