「公共交通機関が本当にダメなんです」

こういう話をすると大抵の人に「え、なにそれ?」という反応をされるのだけれど、実際問題ダメなのだから仕方がない。

電車の人いきれ、椅子に座ると当たる他人の肩、近すぎる人との距離感、乗り換えを気にしながら過ごすあの時間。すべてが、どうやら僕には向いていないようだ。そんなことに最近気づいた。

 

僕は現在週の半分を営業マンとして、もう半分は文章を書いたりして暮らしているのだけれど、営業マンの仕事による消耗がやけに激しい。

僕は営業の仕事を「天職」とまでは思わないけれどそれなりに気に入っているはずで、同僚も上司もとても感じの良い人たちなのに、一日を終えるとどうにも疲れ切っている。洗濯をする余力すら残っていない。飼っているカメの水替えをしてエサをやるにも気合いを入れて椅子から立ち上がる必要がある。これはどうもおかしいと感じていた。

 

そんなわけで、ちょうどいいタイミングで本を一冊書いてその報酬が懐に入っていたこともあって、雨の日も走れる屋根のついたバイクを一台買った。

すると、劇的に生活の消耗は低下した。大きな収納がついていて、たくさん荷物を積んで入れっぱなしに出来る、発達障害者であるところの僕にやさしいバイクだ。

たくさんの物を詰め込めるということは、いざという時に必要なものを引っ張り出せる可能性が高いということだ、僕の人生には実にしばしばいざという時がやってくる。

 

そんなわけで、東京という街がもっと好きになった。

 

 

誰しも好きな街と苦手な街があると思う。良い街とか悪い街というのはきっと存在しなくて、その人に合う街、合わない街があるんだろう。

僕は、故郷の北海道にどうしても自分を馴らすことが出来なかった。フェアを期していうけれど、北海道にも良いところはたくさんある。道は広くて車を運転するには快適だし、自然が豊かで空気も綺麗だ。

 

北海道で一番の都会といえば札幌だろうけれど、それでも札幌から30分も車を飛ばせば、広大な北海道らしい光景を眺めることが出来る。植え付けられた玉ねぎの広大な畑、牛が草を食む牧場。ああいうものに癒しを感じる人もきっといるのだろう。

でも、僕にとって北海道というのは「隠れる場所のない土地」だった。

 

札幌の話をしたい。札幌には隠れる場所がない。

あの街は、「何をしているかよくわからない人」の居場所があまりに少ない。道は広く、みんな真っ直ぐに速く歩く。これは、僕が札幌にいた頃ずっと精神を病んでいたせいもあると思うけれど、あの街の人たちはまるで鋭角な星からやってきたみたいな気がした。そこでは何もかもが角ばっていて、左右にフラフラ歩く星の人は異端視されている。そんな気がした。

 

広大な土地に開拓者がやってきて、真っ直ぐな道が引かれた。碁盤の目のように街が広がった。それは、都市計画としてはきっと機能的で美しいのだと思う。そこには広くて角ばった建物が立った。人は、真っ直ぐに急ぎ足で歩くようになった。

 

広大な自然が癒しという感覚もわからなくはないけれど、それでも僕にとって北海道の空は広すぎた。いつも丸裸で世界に放り出されたような気がした。この世界はあまりに広大で、それでも僕の入り込む隙間なんてどこにもないほど精緻に組みあがっている。そんな気がいつもしていた。

 

もちろん、これは大方において僕の誤解なのだろうけれど、それでも僕にとって札幌というのはそういう街だった。豊平川の上をJRに乗って通過するたびに、あの川を遡って来た開墾者たちのことを考えた。いつも凍った川を遡っているような気がしていた。

 

 

東京は良い街だ。僕は今、わりと都心に暮らしているのだけれど、とても暮らしやすい。東京は人も建物もごちゃごちゃしていて、隠れる場所がたくさんある。

「公共交通機関がダメだ」という話と矛盾するようだけれど、僕はこの入り組んでごちゃごちゃした街がとても好きだ。電線で裁断された空を見ると、いつも安らいだ気持ちになる。きっとこれは、「隠れ場所」「逃げ場所」がいつでも見つけられるという安心感なのだと思う。

 

昔、ヨシノボリという魚を飼ったことがあるんだけれど、うっかり平らな砂利を敷いて3匹を入れたら、その三匹はずっとケンカをしていた。十分な広さの水槽だったけれど、その3匹にとってそこは快適な場所ではなかったらしい。

 

そこで、石を入れて段差をつけて水草を入れてみた。水槽自体の面積は小さくなるけれど、代わりに隠れ場所がたくさんできる。

目論見は当たって(というか、これはアクアリウムにおける基本テクニックだから当然なのだけれど)、三匹はそれなりに平和に暮らすようになった。きっとそういうことなんだろう。

 

広い河の流れの中を悠々と泳ぐ魚には、広くて整然とした場所が住みよいだろう。でも、僕みたいな石に隠れて暮らす魚には、ごちゃごちゃした家の立ち並ぶ路地裏が暮らしやすい。疲れたら逃げ込めるよくわからない個人経営の喫茶店があったりすると最高だ。

古びた椅子に座ってソーダ水(これは東京の文脈だといわゆる『メロンソーダ』のことだ、レモンスライスの上に赤く染まったチェリーが乗っていると最高)を頼むととても安らいだ気持ちになる。

 

そういう喫茶店には大体「よくわからない人」たちがいる。この人どうやってメシ食ってるんだろう、という人が東京にはたくさんいる。

僕もまた、週の半分はそういう人だから、昼間から喫茶店でノタクラしている人を見ると、「お、あなたもヨシノボリですね」という気持ちになる。向こうもそう思っているような気がする。そういうのは、なんとなく心楽しいことだ。

スターバックスはマッキントッシュのパソコンを携えた流線形の魚がいっぱいいるので、どうもおっかない。コーヒーは結構美味しいけどね。

 

 

東京のごちゃごちゃした人の営みが、僕は大好きだ。路地裏の軒先に転がった子供用の自転車とか、片っぽだけ忘れられた長靴とか、狭い軒先にぎっしり並べられた植木鉢とか、崩れかけた土塀とか、そういうものを見るととても楽しい気持ちになる。古い町並みが残っているのはとても素敵なものだ。

東京の公共交通機関を諦めてバイクに乗り換えて以来、日々「東京は綺麗だな」と感じることが増えた。特に雨の東京は良い、なにもかもがごちゃっとしているところに、雨がふんわりと覆いをかけてくれる。ごちゃごちゃしてぼんやりした場所っていいよね。

 

最近はこんな光景を見かけてとても楽しい気持ちになった。巨大な桜の木が道路を覆っている。この下をバイクで通りぬけるのはなかなか素敵な体験だった。

よく見るとこんなものがぶら下がっていて、きっと背の高いトラックが頭をぶつけたりとか、色んな困ったこともあったんだと思う。

でも、この桜の木いっぱいに花がついているのを想像するとこの木を伐りたくはないし、この辺りに住んでいる人たちにとってもそうだったんだろう。それに、5月の雨の中で眺める葉桜だって、なかなかに乙なものだ。僕は花よりもこっちの方が好きかもしれない。

そんなわけで、よく見たらこの桜は豊島区の保護樹木に指定されていた。その上、幹には入念な手当ての跡もあった。長く愛されてきた桜なんだろう。

でも、横の建物と塀の間の狭いスペースに植えられて斜めに突き出しているし、きっと色々困ったこともあったんだと思う。かなり無茶な育ち方をしていることは傍目にもわかる。

 僕は東京のこういうところがたまらなく好きだ。ゴチャゴチャした無理のある空間の中に、人間の営みが溶けあっている。その中で、こういうなんとも雑多でありながら美しいものが生まれてくる。

 

このコラムはBooksappsさんに「本当に何を書いてもいい」と言われたのでこれからも「東京が好き」という話を続けていきたいと思っている。僕の下手な写真で恐縮だけれどね。

さて、そんなわけで東京五輪が迫って「電線というのはどうも景観として美しくない、地中に埋めるべきでは」という話があるらしい。もちろん、僕はそれに反対する気は全くない。そっちの方が良いならそうするべきだと思う。

ただ、「僕は電線で裁断された灰色の狭い空が本当に好きなんです」って小声で言いたい。アジアの色んな街を見て来たけれど、やっぱり僕にとって一番美しい街は東京だった。東京が大好きだ。そんな話を、よければこれからも読んで欲しい。

 

読了、ありがとうございました。

 

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借金玉32歳です。

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(Photo:michieru