ひょっとして前にも話したような気がしなくもないのだけど。
僕が以前聞いて非常に腹落ちした言葉の一つに「自分の周りにいる人間を、10人集めて平均化したのが貴方である」という言葉がある。
人間というのは、本当に周りの人間に影響を受けやすい。
朱に交われば赤くなるという言葉があるように、昔の人もなんとなく、そういう作用がある事はわかっていたのだろう。
私達は自分自身を独立した一人の人間だと認識しているけど、実のところ人間は社会的な存在であり、所属する集団にとてつもない影響を受ける。
自分で考えたような事柄も、よくよく突き詰めていくと実は「集団で考えている」事がとても多い。
例えばだけど、所属する集団が反原発のノリなら、自分だけが原発推進派である事は非常に難しい事となる。
集団の中で和を成立させるためには、基本的には意見の一致が必要だ。
このように集団のアイデンティティーは、私達の意識に非常に強く影響する。
こうして考えてみると、実は個人の思考と集団の思考は、とても切り分ける事が難しい事に気がつく。
あなたの考えは、本当にあなただけの考えだろうか?実は所属しているコミュニティの意見の近似化したものではないだろうか?
実は、私達は思った以上に自分だけの頭ではモノを考えていない。集団の頭で、モノを考えているのだ。
人間と動物の違いは、他人の考えを自分の考えとできること
時々、人間と動物の違いは何かという話題があがるけど、これについて一つの非常に興味深い説がある。
ロシアの心理学者であるレフ・ヴィゴツキーによると、人間と動物の違いは、他人の考えを自分の考えとして用いる事ができる点にあるという。
これを彼は知性は社会的存在であると定義しているのだけど、言われてみるとこれは実に興味深い指摘である。
例えば、ニュートン力学というのは一から構築しようとすると、それこそ偉大な知性であるアイザック・ニュートン並の着想が必要なわけだけど、私達は物理学の知識を通じて、ニュートンの「考え方」をいとも簡単に利用する事ができる。
そしてニュートンの「考え方」を持った人間がコミュニティを組めば、コミュニティ内でさらなる新しい着想が生まれ、その後マクスウェルの電磁気学やアインシュタインの相対性理論にまでつながっていくのだ。
こう考えると、現代の物理学というのはとてもつない偉人の知識の集大成であるという事がわかるだろう。
物理でものを考えている時、私達は自分の頭で物事を考えているのではなく、ニュートンやアインシュタインといった偉人の思考を使って、考えているのである。
時空を越えて繋がる脳みそ
このように、時空を超えた他人の思考を用いつつ、集団を組んでコミュニティを形成し、また集団の頭脳を使って物事を考えている事を考えると、人間というのは実は同時並列でいったい何個の脳みそを使って可動しているのか、考えるだけで恐ろしい事になる。
あなたに医学知識が無くても、例えば医者に見てもらえば簡単に「医者の考え方」をあなたは使える。
また、その医者にしたって、例えば訴訟で困ったときは弁護士に頼れば「弁護士の考えた事」を使えるわけだ。
他人の頭を使って、自分で考えた以上の成果を超効率的に享受する事ができるんだから、他の動物からすれば人間はチートみたいな存在でしか無いだろう。
一個一個の脳みそは、そう大したことはなくても、複利の力で莫大な演算を行っている事を考えると、実に人間という生き物は面白い働きをしているなと思えてこないだろうか?
学習は「信用できる人」を見分けるためにする。
ちょっと前に大学にいく意味はないといって炎上していた人がいたけれど、実際問題、私達は何のために膨大な時間をかけて学習という作業に身を投じるのだろうか?
先程、物理を例に出して説明したけれど、はっきりいって物理学を学んだところで大部分の人たちは、物理の知識なんて全く使うこと無く生活する。
物理が関連したテクノロジーも、別に物理を理解してなくても簡単に使える。
「ほれみた事か。やっぱし勉強なんて意味がないんだ」と、大学不要論者は声高に主張するかもしれないけど、学習のメリットは別に学んだ知識の応用だけには限らない。
実はそれ以上に大きいのが、信用できる意見を言ってるであろう人を選定する眼を養う部分にある。
現代社会は、あまりにも複雑になりすぎていて、はっきりいって万物に通じる事は不可能といっても過言ではない。
あなたの身の回りにある日用品ですら、その仕組をキチンと理解できている事は極めて稀だ。
たとえばトイレのボタンを押したら、何で水が流れるのか、いったい何人の人が原理をしっているだろうか?(ちなみにトイレの水はサイホンの原理を利用して流れている)
このように、私達はキチンと理解していない事でも、文化の力で一度常識にさえなれば、平気な顔をして物事を利用する事ができるようになる。
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないという言葉があるけれど、実際問題、私達先進国に住む人達の生活は魔法みたいなもんだろう。
集団の考えに個人が従わない事を選択するのは、とても難しい
しかし、魔法が使えるからといって、誰もがそれをいつも正しく扱えるというわけではない。
さっきも言ったけど、私達の考え方は所属する集団に強い影響を受ける。
自分が所属する集団が、たまたま反ワクチンの考えに強く影響された人の集まりだったとしたら、あなただけがそれに従わないでいるのは非常に難しい。
仮にワクチンを打つことを選択するとしたら、あなたがその所属集団に迫害を受けずに所属し続ける事は不可能に近いだろう。
ワクチンを打つという合理的な選択を選ぶ為には、所属する集団を自分が切り捨てる事とセットで行わなくてはならない。
じゃあここで問題だ。もし、その所属する集団が家族だったり、唯一の友達だったりしたら、あなたは家族や唯一の友達を切り捨てる覚悟はあるだろうか?
こうしてみればわかるけど、実は非合理的な考えをしている人間の考えを、個人だけでの説得で切り崩すのは「集団でモノを考える」人間という生き物には非常に難しい。
非合理なことをいっている人を「正しい」言葉で論破するのはとても簡単だけど、本当に相手を変えたいのなら、相手の身元ですら引き受ける覚悟が必要だ。
あなたは、その狂った集団出身の狂人を、自分のコミュニティに組み込む覚悟はあるだろうか?
もしそうでないのなら、間違った考えをしている個人をネットでみかけても、論破などせずにそっとしておくが吉だろう。
このように、魔法で成り立った私達の世界で、魔法の恩恵を最大限に受けるためには、身の回りを魔法に精通した人で固める必要があるし、そこに何とかして所属しなくてはいけないという事になる。
大学に行かないという選択肢は、僕からすれば魔法の外側に好んで所属する事を選ぶという大変に阿呆な事にしか見えない。
魔法を使わなくても生きていくことは可能だけど、使えるなら使った方がいいに決まっている。
信用できる人と繋がれば繋がるほど、人生は圧倒的に効率的になっていく
長くなったけど、このように学習の一番のメリットは、20年以上かけて「いったい何が信用できて、何が信用に値しないのか」を延々と脳にインストールする事に通じているのである。
学問は、過去の偉人の知識の集大成であると同時に、実は強烈な人間ふるい落としである。
厳しい選抜試験を乗り越えた先で出会った学友は、そういうキチンとした信用の選定眼を持っているし、良い大学に所属していたというだけで圧倒的に質の高いコミュニティに所属しやすくなるのは間違いないだろう。
特定の知識にアクセスできる知人が、様々な分野に一人いるだけで、人生の効率も大きく変わる。
例えばあなたが僕と友達になれば、医学でアレコレ何が正しいのかと難しい事を考える時間は人生で激減するし、その判断精度も自分の頭で考えるよりかは、かなりマシになるのは間違いない。
勉強は具体性が少なく、学習諸段階では非常に苦痛なのは事実だけど、あなたがどこのコミュニティに所属するのかの大きな要素の一つだし、なにより貴方自身にある分野に限ってだけど、極めて信用力の強い知識がどこにあるのかを見極める為の、非常に強力な補佐となるのである。
そして、あなたが信用できる個人となれれば、あなたが選んだ信用できる人間が選んだ、更に別の信用できる人とつながることができるようになるのである。
集団でものを考える人間という生き物にとって、これ以上強力な武器はないだろう。
たとえ相手と繋がっていても、信用できないと利用できない
ネットワーク理論で、六次の隔たりというものがある、これは例えどんな人間であれ、最低6人を隔てればアメリカ大統領だろうが誰とも繋がれるという理論である。
このように、私達は、確かに誰とでも繋がっているのかもしれない。
けど、どんなに繋がっていようが、「相手を信用できないと相手の考えを用いる事はできない」
実はこれが本当に大切なことなのだ。
冒頭で書いた、「自分の周りにいる人間を、10人集めて平均化したのが貴方である」という言葉の最も強力な点が、この信用にある。
身近な10人は、あなたが一番信用している人間であり、信用しているからこそ、あなたのアイデンティティー形成に強く影響しているのである。
だからキチンとした人を信用できるようになる為にも勉強はするべきだし、そういう人とつながりを作る為に最も効率の良い方法の一つが、僕が考える「あなたが大学に行くべき理由」である。
子供に「何で勉強しなくちゃいけないんだ」って聞かれたら、いい会社に入るためとか、そういう身も蓋もない本音をいっちゃうより、上に書いたような事が言えると、ほんのちょっぴり素敵だと思いません?
<参考文献 知ってるつもり 無知の科学>
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(Photo:Marco Stregatto)