地方移住。憧れている人も多いかもしれない。
なにせ都会は狭苦しい、忙しない。
十年以上東京の満員電車に揺られた身としては、あれほど心がささくれ立つものもないかもしれないと思う。
駅でわざとぶつかられたり、始発の席取りで突き飛ばされたりしたのも一度や二度ではない。都会で働くほとんどの人に、こういった経験があるのではないだろうか。
そこで頭をよぎるのが地方移住。都会を離れて、のんびりとした田舎で暮らす。
通勤ラッシュとも、高い家賃とも、とても車なんぞ持てないほどの駐車場代とも、少し外を歩けば巻き込まれる人混みともおさらばである。
田舎は空気も水も食べ物も美味しい。時間の流れも緩やか。最近はパソコン一つあれば田舎でも仕事ができるらしい。まさに良いこと尽くめ‥そう思えるかもしれない。
とはいえ、最近は地方移住のデメリットを耳にする機会も増えてきた。
地方自治体が助成金制度を充実させたり様々なプロモーションを展開したりして、都会から地方へ移住する人が増えてきたため、そういった先人の実体験を聞く機会も増えた。
移住して後悔している人、数年と経たず既に都会へ戻った人などの話は、ネット上でもたまに目にすることがある。
彼らのいうデメリットでよく挙がるのは
「閉鎖的。いざ移住してみると地元の人たちが冷たい」
「地元の人が過干渉」
「スーパーなどで競合店が少ないために価格が下がらず、思っていたほど生活費は安く済まない」
「仕事が少ない(収入が少ない)」
「雪が」
「害獣が」
「害虫が」‥こういったところだろうか。
しかしそういった地方移住のデメリットを聞くにつれ、いつも疑問に思うことがある。
子供の教育についてのデメリットってあまり挙がってこないんじゃないか、という点だ。
いや、実際には子供の教育についても問題点として挙がってはいるのだろうが、さきに挙げたデメリットよりはずっと声が小さい気がする。
つまり、大人の不都合ばかりが声高に取り沙汰されているように思えるのだ。
単身者、もしくは子供のいない夫婦(すでに子供が自立している場合も含む)ならまだしも、移住者の中にはまだ親の手を離れていない子供がいる世帯も少なくない。
にもかかわらず、子供がいる世帯については地方移住のメリットばかりが聞こえてくる気がするのだ。
子供をのびのび育てられる、ぞんぶんに自然に触れる機会を与えられる、運動量が増えてたくましく育つ、待機児童問題とは無縁なので、共働きでも保育園難民になることがない、などだ。
だが、そういったメリットを遙かに凌ぐ難点が、子供を持つ世帯の地方移住には潜んでいると思う。おもに子供が中学生以上になったときだ。
進学先が極端に少ないということ。
どうしてこの点が移住者のデメリットとしてあまり挙がってこないのか不思議でならない。
地方移住は子供が小さいうちだけ、中学校へ上がる頃にはまた都会に回帰する。そういうふうに期限を決めているのだろうか。
しかし田舎に移住して住まいを購入している子育て世帯もいるわけで、皆が皆、期間限定で田舎生活を楽しんでいるとはとても思えない。
第一、そんなに軽々しく都会と田舎を行き来できる職業の人や、あるいはすぐに転職できる人など一握りだろう。
そう、確かに子供が小さいうちの田舎生活は良いものである。私がそうやって育ったからわかる。
私は関東の郡部の育ちだ。先祖代々の家ではなく、両親が移住してその小さな町で暮らした。
昭和の終わりかけ、全国にニュータウンが続々と出来ていた頃のブームに乗ったのだろう。そのため近年の地方移住とは違い、近所に同世代の子供たちもたくさんいたわけだが。
山を削って作ったニュータウンは当時としては近代的だったが、町のそれ以外の地域は田畑や山林ばかりの典型的な田舎町だ。
私は毎日飼い犬とともに裏山を駆けずり回り、シロツメクサの花畑で冠を作り、お腹が空けば山のあけびをおやつに食べた。
カブトムシもクワガタも木の幹を蹴ればポロポロと落ちてきたのでペットにした。大学生になって都会育ちの友人たちに話すと驚かれる経験である。
確かにそういった田舎の暮らしは、子供にとって得難い思い出になるだろう。
だが、そのまま町で一つしかない公立中学校に上がるまではいいとして、問題は高校受験であった。
高校の選択肢が少ない。通える範囲にある高校で公立に絞るのであれば、せいぜい3、4校の中から選ぶことになる。
4校の中で選ぶとなれば、たとえばこうだ。
地域のトップ校、二番手校、三番手校、三番手校と同レベル程度の専門学科高校(工業・農業等)といったところだ。
偏差値で言えば、トップ校が66として、二番手校が55、三番手校と専門学科が43~38(学科によって異なる)くらいの分布となる場合が多い。
つまり、受験校を1ランク下げるとしたら偏差値が10以上下の学校を選ばざるを得なくなるのである。
もちろん私立という選択肢もあるが、なぜか地方では根強い公立志向があるためか、そもそも私立高校自体があまり存在しない。
地域に私立高校が1校しかなく、その学校の上位コースから下位コースで上記の公立高校全ての併願をカバーしている場合も少なくない。
私が住んでいた関東の郡部は、それでもまだ地方の中では恵まれていたほうだといえる。
受験業界に多少携わってきたが、もっと高校の選択肢が少ない地域は日本中にごまんとある。高校の選択肢どころか、立地的にもうその高校1校しか選べないという地域もある。
そうなると実質的にほぼ全員が地元中学校からのエスカレーター式だ。そのような高校では、必然的に授業のレベルも一番下の層に合わせざるを得ない。
もっと学力がある子にとっては物足りない、もしくは勉強への意欲がそがれることにもなりかねない。もともとは大学進学を希望していた子も、意欲をなくして断念してしまうこともあるかもしれない。
さらに言えば地域にあるその1校さえも、全国で公立学校の統廃合が進んでおり、閉校になることすらある。少数とはいえその地域に子供は住んでいるのに、だ。
その場合は近隣の市部(とは言ってもその市部にすら通学可能なエリアには1、2校しかなかったりするのだが)の学校まで長距離でも通わざるを得ない(後述する通学問題にも繋がってくる)。
このような事態になっても、果たして子供にとって地方移住が正解だったと言えるだろうか。
私見だが、子供には選択肢が多いに越したことはないと思っている。
子供は家業を継ぐのが決まっているという家もあるかもしれないが、昔に比べれば一握りだろう。大多数の子供は自分の将来を自分で決めることになる。
受験は将来の選択肢の第一歩だ。そこで全てが決まるわけではもちろんないが、方向性はある程度定められる。それらの選択肢がごく限られてしまっていいものだろうか。
もし地域に進学校がなくとも、塾がなくとも、子供は独学で勉強して、自分の道を切り開くべきという方針の家庭もあるかもしれない。
しかし今度は大学や専門学校への進学で親子とも頭を悩ますことになりかねない。進学するならば都会で一人暮らし、もしくは自宅からの超長距離通学(この場合は通学時間も本人にとって大きな負担)となり、大変大きな出費となる。
さらに歳の近い子供が複数いる場合は‥とても田舎暮らしが経済的とはいえなくなるだろう。世帯年収はその地方の平均に合わせて都会の頃より下がることが多いうえに、である。
話は高校に戻るが、通学の不便さも忘れてほしくない。
地域の高校といえども、ごく近所にあるならまだしも実はかなり距離がある場合も多い。地方の高校の交通アクセスを調べても、最寄りの駅といっても「○○駅から徒歩50分」などとなっている学校もあるのだ。
バスがあるとしても1時間に1本以下。そのバスすら、近年は採算が取れないということで廃止になる路線もある。
こういう地域の高校はまず自転車通学か、許可制で原付での通学となるだろうが‥真夏も真冬も、豪雨の日も強風の日も大雪の日もある。天候がよい日のほうが少ない地域もあるだろう。そういった子たちがどうやって通学するのか。そこまで想像してほしい。
実際、天候不良の場合は親が車で送迎することになるのだろうが、たいていは親も通勤で車を使うため、時間のやりくりも大変である。
子供のほうも、高校生にもなって親に送ってもらうのは気恥ずかしかったり抵抗があったりする子もいるだろう。
「田舎暮らしで近所に何もなくても、車があれば不便はないから」という声がよく挙がるが、それは大人限定である。子供はどうするのかということが、どうして頭から抜けてしまうのだろう。
毎日数十分をかけて車で送迎をするのは、共働きが多い最近の家庭では現実的でない。もし送迎は不要の立地であっても、子供は部活などで遅くなればひとけのない夜道を徒歩や自転車で帰ってくることになるというのに。
田舎は治安がいいから大丈夫? いや、痴漢や窃盗の被害はそういうひとけのない場所でたびたび起こっている。のどかな田舎であっても、人の目がない場所でターゲットを待ち構える悪い輩はいるものである。
しかし皮肉なことに、都会の人が「田舎暮らし」と聞いてまず思い浮かべるのがこういった、車がなければ他に交通の手段がない大自然に囲まれた地域だろう。
それなりに交通手段のある地方都市への「中途半端」な移住では意味がないと考える人もいる。
のんびりとした田舎暮らし。素敵なこともたくさんある。田舎で育った私はそれも実感してきた。
冒頭で述べた世間一般で言われる田舎のデメリットも、大人だけの世帯なら自己責任だと言えよう。暮らしの何かに躓いて都会へ戻るもよい。良い勉強になったと考えられなくもない。
しかし子供の進学はそれぞれその時だけの選択肢だ。
「子供は自分で勉強を頑張ればいいだけ」
「子供は高卒までで充分」‥それぞれ考え方はあるだろうが、それは果たして子供自身も納得しているのだろうか。
子供が複数いる家庭は、子供全員がその限られた選択肢に絞られることに納得し、後悔はしないだろうか。
少しでも後悔する可能性があるならば、やはり私はそのまま、選択肢の多い都会で子供を育てることをお勧めしたい。
経済的な問題で進学が制約されることがないのが大前提だが(それはどこに住んでいても同じ)、経済的にも問題なく、選択肢がたくさんある環境であれば、勉強しないのも進学しないのもそれは子供自身の選択であり、本人が責任を負うべきことだ。
子供が自身の重要な選択に責任を負うということは、その後の人生にとってとても重要なことだろう。
もちろん先祖からその地域に住んでいて、たまたま地域に学校が少ないといった場合は親の責任も問うことはできないと思う。
代々の土地から転居するのは難しい。家業がある家などはなおさらだろう。事情があってどちらかの実家で同居する場合などもやむを得ない。
しかし、あえてこれから田舎へ移り住もうと考える子育て世帯はよく考えてほしい。
子供はいつまでも、野山を駆けずり回っていればいいだけの「子供」ではない。子供の成長には要所要所で選択肢が付きまとう。
子供自身に選ばせるために、可能な限り多くの選択肢を用意するのが親の最も大事な役割なのではないかと私は思う。
その地方移住、子供の進学についても熟慮の上での決断だろうか。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【著者プロフィール】
西 歩 (にし あゆみ)
大学卒業後、教育関連企業の会社員時代を経てフリーの編集者となる。
趣味はゲーム、漫画、服飾史研究。好きな時代は古墳時代~平安時代。
(Photo:Bong Grit)