ショットバーの話をします。

子どもが産まれて暫くはやめていたのですが、最近、仕事で遅くなった時など、ふらーっとショットバーに行くことがあります。

マッカランをちびちび飲んで、気が向いたらマスターとちょこちょこお喋りをして、帰ります。適当にカクテルをお願いすることもあります。

 

ショットバー探訪は私の昔からの趣味のようなものでして、店によって味から雰囲気から居心地から全然違うので、色んな店に行ってそれぞれの店のスタンスの違いを観察するのが好きです。

客から話しかけなければマスターが一言も話さないバーもありますし、客の雰囲気を観ながらマスターがどんどん話しかけていくバーもあります。

タイやらベトナムやらの装飾品があちこちにぶら下げてあるバーもあれば、ドイツの田舎風の調度をそろえてあるバーもあります。

 

大筋、ショットバーは「なんか格好つけたくなった時に行く場所」と考えていいでしょう。

ショットバーのカウンターでちびちびとお酒を飲んでいる時の、「なんか俺かっこいい感」は相当なものです。

私ランキングでは、「なんか俺かっこいい感」にひたれる場所ベスト1が夜のショットバーで、ベスト2が夜の公園です。

もっともこの季節夜の公園は大体寒いので、事実上ショットバーが一強ということになります。いわゆる中二精神の純粋な発露といってもいいでしょう。

 

以前も一度書いたんですが、20年ちょっと前、バーの二階に住んでいたことがありました。

元々は従業員が仮眠をとる為の部屋で、エアコンもなければ風呂もシャワーもなく、トイレはバーのトイレと共用でした。

夜の営業中にはバーのトイレが使えないので、私はわざわざ近所の公園のトイレに用足しにいかなくてはいけませんでした。

 

夏はやたらと熱く、冬はやたらと寒い部屋でした。

壁はいわゆる土壁で、何もすることがない午後、壁をこすると細かい砂がぱらぱらと落ちてきました。

 

そのバーは今ではもうありませんし、そのバーのマスターも今はもういません。

その頃の話は、下記の記事で書きました。気が向いたら読んでみてください。

とあるバーの二階に住んでいた頃の記憶。守れなかった約束を増やしてしまった話。

 

ところで、これはどのお店でもそうだと思うんですが、ショットバーはリピーター商売です。

「何人のリピーターを作れるか」というのは、そのショットバーの生き死にに直結します。

今生き残っているショットバーにはほぼ例外なく何人かの熱心な常連さんがいるでしょうし、数名の常連さんの足が遠のいたらそれだけでそのバーの経営は傾き兼ねません。

ですから、余程の人気店でもない限り、ショットバーのマスターは「どうやってリピーターを作るか」ということに腐心します。

 

かつて私が住んでいたバーにも、勿論何人もの常連さんがいて、一部の人は私とも顔見知りでした。

近所のちょっと大人な感じのお店で働いているお姉さんもいれば、毎週金曜日、ぴったり21時に店を訪れるサラリーマン風のおじさんもいました。

2階にまで聞こえるくらいの声で(といっても防音などあってないようなものでしたが)泣きながらお酒を飲む女の人もいましたし、毎度余命一か月と自称しながら3年くらい店に通っているというお爺さんもいました。

 

色んな人がいましたし、色んな人生のひとかけらを目撃しました。

私自身にとっては色々と大変な時期だったのですが、一方滅多矢鱈と楽しい時期でもあったような気がします。

 

その当時マスターに聞いた話で、ちょっと面白いなーと思ったことがあります。

記事にする許可はとっていませんが、まあ流石に時効でしょうから書いてしまいます。

 

私は、マスターを「場を作る天才」だと思っていました。

マスターは「人の雰囲気を見て、その人が話しかけて欲しがっているかどうかを見分ける」名人でして、マスターが話しかける時は大抵どのお客さんも喜んで話していましたし、一方一人で飲みたそうな人はマスターは放っておいて、何時間でもちびちび飲み続けてもらっていました。

知らない人同士を話に巻き込むこともあって、そのバーでの出会いがきっかけで友人関係になった人も、恋愛を経て結婚することになった人も何人かいます。

 

だから私は、マスターのことを、「一見さんでも居心地のいい空間を作って常連にしてしまう人」なんだろうなーと思っていました。

一見さんに、この店いいな、何度も通いたいな、と思わせることが出来る人なんだろうと思っていました。

 

ただ、そう言ってみると、マスターは「それはちょっと違う」と言うのです。

「「居心地がいいなー」でリピーターになってくれるお客さんって、実はあんまりいないの。大抵は一回なんとなく満足してそれでおしまい。

むしろ、常連さんと一見さんがいたら、常連さんの方の扱いを重くして、一見さんはちょっと居心地悪いなと感じるくらいにしちゃう」

 

意外な答えだったので私は驚きました。

「え。けどそんなの、一見さんもう来ないじゃないですか」

「そうだよ。十人の内九人はもう来ないよ。けど十人いたら一人くらいは、「あ、常連になりたいな、俺もああいう風に重く扱われたい」と思ってくれんの」

「はあー…」

「満足感って意外と印象強くならないんだよ。けど嫉妬っていうか、羨ましさは凄く印象強い。

不快にならない程度に「羨ましい」って思ってもらえたら、その人がリピーターになってくれる可能性が上がる。

十人中一人リピーターになってくれたら店としては万々歳だよ。三十人に一人でもおつりがくる」

 

なるほどなあ、と思ったわけです。

つまり、大事なのは10人に60%の「居心地がいいなあ」という満足感を与えることではない、と。

10人中9人に20%の満足感しか提供出来なかったとしても、1人に「羨ましい!俺もああなりたい!」という100%の印象を与えることが出来れば、その方が遥かにいいんだ、と。

えらい感心してしまいまして、今でもこの時の会話は結構細かく覚えている訳なんです。

 

勿論これは、当時のその店のマスターの考え方であって、どこでも使える方法論のような話ではありません。

店によっても、時代によっても違うのかも知れません。

webによる口コミ全盛の今の時代だと、一見さんに対する「ちょっと居心地悪い」という印象はそれだけで致命的になってしまう可能性もあると思います。

そもそも当時のマスター自身、時と場合によってやり方を変えていた可能性も大いにあります。

 

ただ、「十人をなんとなく満足させるより、十人中九人外しても一人に強烈な印象を与える」というのは、今でもちょくちょく意識する方法論です。

何かを書く時も「誰かひとりに強烈な印象を与える」ということを目指して書きますし、とことんニッチなことを書くこともしばしばあります。まあ、実際刺さっているかどうかというのは別の話ですが。

 

そんなことを思い出しながら幾つかのショットバーに行ってみると、なるほど、一見さんと常連さんの扱いにも色んなスタンスがあるなあ、と思います。

可能な限り一見の私にも居心地良いようにしてくれるお店もあれば、明らかに常連さんに重きを置いているお店も勿論あります。

私自身が「刺さる客」なのかどうかはまた別の話ですが、それぞれのマスターの方針が垣間見えるのは、ショットバー探訪の醍醐味の一つでもあります。

 

一方、最近ショットバーに行く時、かつて住んでいたあの店のことを思い出します。

東南アジアの木像がごてごてと置いてあって、一方マスターが自慢げにボトルシップを飾り出したりもして、雰囲気的には何を意識していたのかさっぱり分からなかった、あの店。

チキンライスが密かな人気メニューで、家賃替わりに皿洗いを手伝わされたこともあった、あの店。

今ではもう地上に存在しないバーですが、多分あの頃店に通っていた常連さんの何人かは、今でもあの店のことを覚えているのではないかなーと。そうだといいなあ、と思います。

 

私自身、十人中九人には読んで五秒で忘れられても、一人くらいには何年か後に思い出してもらえるような、そんな文章が書けるといいなあ、と。

そんな風に考える次第なのです。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

(Photo:Rich Grundy)