私事で恐縮だが、私は27歳の時に妻と結婚し、かれこれ20年近くを一緒に過ごしてきた。

幸い今もとても仲良くしてもらっており、ランチに毎日の買い物と一緒に過ごす時間も長く、それでいて飽きることもない。

 

しかし正直に言うと、結婚1年目は家に帰るのも苦痛なほどに、結婚生活に慣れるのに時間がかかった。端的にいうと、生活スタイルの違いだ。

 

妻は、家事は溜めてからまとめて済ませることが合理的という考えを持った人だった。対して私は、例えば汚れが気になったらすぐ済ませたいタイプだ。

そして当時、妻はいわゆる専業主婦であったこともあって、「なぜすぐにやらないのだろう」という一方的な不満を募らせていったということだ。

 

そしてそのストレスは、日に日に大きくなっていった。

 

イエローハットの成功物語

話は変わるが、鍵山秀三郎というお名前を聞いて、誰のことだか分かる人はいるだろうか。

自動車用品販売イエローハットの創業者で、一代で売上高1000億円の上場企業を作り上げた経営者だが、その成し遂げた功績の割には、氏を評価するビジネス書を見かけることは少ない気がする。

簡単に、その創業ストーリーを少しご紹介したい。

 

鍵山氏が個人商店ローヤル(現イエローハット)を起こしたのは昭和36年で、28歳の時だった。

それから事業は順調に拡大するものの、社員を募集する過程で集まってくるのは「やんちゃ坊主」ばかりだったそうだ。

 

それもそのはずであり、40代以上の世代であればあるいはわかるかも知れないが、昭和世代の車好きと言えばイコールヤンキーである。

少年ジャンプでは暴走族漫画が人気を集め、また改造車で爆音を鳴らし女の子をナンパすることがカッコいい「シャコタンブギ」などの漫画が、中高生の憧れだった。

そしてその延長で、多くのやんちゃ坊主がイエローハットに就職し、カー用品の販売や修理に従事した。

 

しかし、やんちゃ坊主を使いこなすのはやはり一筋縄ではいかない。

備品や商品は頻繁に無くなり、工具は床に転がりっぱなしが当たり前。作業場にはゴミが散乱し、トイレに至っては汚物すら撒き散らかされているのが当たり前の惨状であった。

 

こんな会社の状況を、どうすれば良くすることができるのか。

考えあぐねた鍵山氏は、いちばん汚れが酷かったトイレの掃除を、毎朝早朝から始めることを決める。

会社の雰囲気が少しでも良くなればと、ただそれだけの想いで一人で取り組み始めた。

 

しかしこのトイレ掃除は、ただの掃除ではなかった。

指先を便器の裏に差し入れ汚物を爪でこそぎ落とし、見ているものが呆然とするほどの鬼気迫る勢いであったそうだ。そして鍵山氏は数時間をかけて、何ヶ月も何年もトイレを毎朝、ピカピカに磨き上げ続けた。

 

結論から言うと、この鍵山氏の掃除に圧倒された社員はとてもトイレを汚すことができなくなり、やがて物を大事にし社用車を大事にして、会社を大事にする動きにつながっていったというストーリーだ。

とてもわかりやすい、経営者の成功物語である。

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本を読むだけではわからなかったこと

そんな鍵山氏の生き方に、20代後半の頃にとても興味を持ったことがある。

本当に掃除を徹底することでそこまで会社が良くなるものなのか。そんなうまい話があるのかと。

 

何か少しでも気づきを得るものがあればと考えて、鍵山氏が顧問を務める「掃除に学ぶ会」に参加を申し込んでみた。

例えば日曜日の朝7時から、小学校の全トイレをボランティアで掃除をしようという会である。

もうその設定からして、日曜をゆっくり過ごしたいと考えている私にとっては十分にクレイジーであった。

 

そして迎えた当日。

主催者から簡単な掃除の進め方について説明があり

「初心者の人は、無理をせずに道具を使って下さい。ゴム手袋も用意しています。」という趣旨のアナウンスが為される。

 

もはやこの時点で異世界に来た予感がし始めたが、そんなものは序の口であった。

掃除を開始しましょう、という掛け声が飛ぶやいなや、参加者の多くが、ダッシュで小学校の1階に走り出す。

後から聞いてわかったことだが、トイレの汚れが一番酷い低学年の便器を取り合うためのダッシュだったそうだ。

 

そして完全に出遅れた私は高学年のトイレを掃除することになるが、そこで初めて目にした光景は圧巻だった。

参加者全員が本当に素手である。

全員が素手で、小便器にこびりついた尿石を指でこそげ落とし、大便器に凝り固まった便を爪で落とそうとしていた。床掃除すら、スポンジやデッキブラシではない。

僅かな水を指に含ませ、タイルの目地に詰まった汚れを爪でかき出し、手のひらで床をこすり、壁の狭い隙間には小指を差し入れてキレイにしようとしていた。

 

もはや「無理をしないでくださいね」と言われても、ゴム手袋を受け取れる空気ではないではないか。

そして覚悟を決めた私もその一員になり、指で便をこそげ落とし、便器の裏に小指の先を差し入れ、固まっている尿石を素手でかき出し始めた。

 

正直、最初こそ抵抗があったが、いったんやってしまうと後はヤケクソだ。するとおもしろいほどに、汚れがどこに、どのような形で固まっているのかがすぐにわかり始めた。

そして、「なるほどなあ、尿ってこんな形で飛んで、こんなふうに隙間の中で尿石に形成されるのか」と、匂いや汚れの原因そのものの所在を、正確に理解できた。

鍵山氏が創業当初にどんな思いで素手でトイレ掃除を始めたのかを、少しだけ理解できた気がした。

 

そして、社長自らが毎朝、こんなトイレ掃除をするのである。

こんな「率先垂範」を見せつけられたら、どんなやんちゃ坊主でもトイレを汚く使うことなどできるはずがないではないか。

 

読み物の中で、「こうやってイエローハットの社員の心は、美しくなっていきました」などと言われてもピンと来ないが、現実にその光景を目の当たりにすると圧巻であった。

経営トップがここまでやれば、確かに会社は変わるだろう。変わらないはずがない。

 

本当の意味での企業文化の作り方と、1000億円企業を作ることができる経営者とはどういう人であるのか。

少しだけその真髄に触れることができた、貴重な経験になった。

 

全てを自責で考えられているか

ところで冒頭の、私の新婚1年目の話だ。

鍵山氏のストーリーを追体験すると、もはや「なぜすぐにやらないのだろう」などと、他責を考えることが恥ずかしくなった。

 

掃除でも洗濯でも、パートナーのやり方が自分に合わないなら、自分でやればいい。

当たり前ではないか。

「そんな当然のことを、やっと理解できたの?」と思われても、仕方がない。

確かに私は、「家のことは専業主婦の仕事」という価値観に縛られ、ストレスを溜めていた。アホである。

 

ところでこれを、自分の経営する会社の社員や、自分の部下の話に置き換えてみた場合はどうだろうか。

「仕事を任せたのに、なぜ成果が出ないんだ!」と部下を叱ったことはないだろうか。

「営業部なんだから、数字を達成して当たり前」と思考が止まっていることはないだろうか。

 

会社の業績が悪いのは、誰のせいでもない120%、経営者の責任だ。

部下が結果を出せないのも、思うように動かない原因も必ず上司に何か原因がある。

 

そしてそんなことにも思いが至らない経営者や上司は、「凡事を徹底しろ」と部下を叱り、ゴム手袋をしながらデッキブラシで便所掃除をする程度のサポートしかしない。

しかしそんなことでは、問題の本質にたどり着くことはできない。便器の裏に素手をねじ込めるような経営者や上司でなければ、汚れの本当の所在を探り当てることなどできない。

 

まずは自分で手足を動かし、本気の率先垂範をして見せてこそ初めて人は動き、共感し変わってもくれる。

衝撃的な素手の便所掃除だったが、鍵山氏の生き方からはそんなことを教えてもらった、とても貴重な体験になった。

 

そんなおかげで、結婚から20年近く経った今も、妻と仲良しでいられている・・・はずだ(多分)。

 

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【著者プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

「俺は見た目で人を判断しない」と言っていた友人と会う時に、スキンヘッド&白メガネ&迷彩服姿で行ったのですが、近づいたら逃げられました。

桃野泰徳 facebookアカウント

(Photo:Nik Stanbridge)