これは今まで誰にも話したことがない、墓場まで持っていくつもりだった話です。

ただ、あれから10年近くの時が経ち

「もう時効ってことにしてもいいのかな」

とも思えてきたので、この気持ちが変わる前に振り返ってみようと思います。

 

***

 

「在宅ワーク可能なチャットレディ★未経験から簡単高収入♪」

 

ネットサーフィン中にふと目に入ったこんなバナー。

冷静に考えれば胡散くさすぎますが、引きこもり気質かつ金欠だった当時の私には

『在宅ワーク』

『簡単高収入』

という煽情的な文言にグっとくるものがあったのです。

 

チャットレディとは、カメラで映像を映しながら男性と話す仕事のことで、いわばインターネットキャバクラのようなものです。

 

当時の私は高収入が得られる”お水”の仕事に興味を持っていたのですが、漫画やドラマで見る女の園はヘドロのような人間関係が描かれていて、とても自分が生きていける世界ではない、と応募を断念していた経緯がありました。

 

「これだったら私にもできるかもしれない……!」

 

お金の魔力とはげに恐ろしいもので、情報商材のLPのような怪しいページを読みながら私はチャットレディの仕事に惹かれていたのです。

 

ネット越しなら人間関係に悩まされることもないし、ビデオ通話で金がもらえると思えば案外楽勝なんじゃ……!?

 

季節は夏本番。夏の熱気に当てられた私は、あまり深く考えないままサクっと登録を行い、勢いだけでチャトレデビューを果たしたのです。

 

***

 

私は完全に浮かれきっていました。

バイトで必死に働いたところで時給は1000円程度ですが、チャトレなら男性とお喋りするだけで時給4000円。

目の前に無限の沃野が広がっているように思えました。

 

プロフィールの入力を終え、あとはパフォーマンスを行う下準備をするだけです。

自分が一番映えるカメラの角度調節、ナチュラルメイク風厚化粧、詐欺に近い美顔ライトの照射、清楚in清楚な黒髪ウィッグの装着。

今まで配信で培ったテクを駆使しながら、人様にお見せできるレベルにまで外見を整えていきます。

そして準備が完了して「待機」ボタンを押すと、ほどなくして最初のお客さんが入ってくれました。

 

「こんにちはー」

 

男性側はチャットだけでなくマイクで喋ったり、カメラを映したりできるのですが、この方はマイクで話しかけてくれました。

 

「新人さんってことだけど、もしかして俺が初めての客かな?」

 

登録したての女の子は新人のコーナーに分類されるので、相手側にも私がデビューしたばかりということが伝わっていたのです。

 

「そうなんです! 先ほど登録したばかりなので、ちょっと緊張してます!」

 

この瞬間にもギャラが発生しているという自覚を持って、努めて明るく返事をする私。

 

こんな会話を続けるだけで時給4000円。

男性側はそれにマージンを載せた額を払うので、2時間会話すれば1万円を超える出費になります。

この時間にそれだけの価値があるのか?というのは甚だ疑問ですが、世の中には酔狂な人もいるもんだよな!と細かいことは気にしないことにしました。

 

しかし私のそんな甘い考えは男性の次の発言で粉砕されるのでした。

「下着とか少し見せられる?」

それは唐突に投げかけられた、あまりにも無理筋なお願いでした。

 

このサイトはノンアダルトなので、この手合いのセクハラにはめったに遭遇しないと思っていたのですが、、、開始していきなり出会ってしまったようです。

突然のことに困惑して押し黙る私をよそに、男性はさらにリクエストを続けます。

 

「チラっとでいいからおっぱいはだめ?」

下着が難しそうなのに、なんで要求のグレードが上がってんだよ……!!

 

愚直なまでにシンプルな欲望の吐露。

その性欲に正直な姿勢は見上げたものですが、これ以上こんな会話を続けても不毛なので、私は彼をキックして追い出しました。

 

正直、胸焼けするような出来事でしたが、ひとつ深呼吸をして冷静さを取り戻した私は

「これはレアケースの事故なんだ」

と自分に言い聞かせました。

明らかに規約違反のユーザーですし、最初の1人だけ見てサービス全体を判断するのは早計というものです。

 

改めて待機を続行すると、次の方も矢継ぎ早に入ってきました。

 

「はじめましてー。たかしと申します」

 

その方は自分のビデオも映していて、見るからに穏やかそうな壮年の男性でした。

歳は40半ば、仕事は弁護士をしているそうです。

 

たかしさんは落ち着いた大人の対応をしてくださり、そのマイルドな語り口に私も徐々に警戒心を解いていき、気づけば2時間以上も話し込んでいました。

 

やっぱりさっきの男が異常だっただけで、こういう紳士的なお客さんもちゃんといるんだ……!

そして開始から3時間近くが経過しようとしていた時、たかしさんがふとこんな話題を振ってきました。

 

「ここで稼ぐコツってわかりますか?」

 

チャトレで稼ぐコツ――そんなものが本当にあるのでしょうか。

まったく見当がつかない私は答えをたかしさんに尋ねます。

 

「すみません、そのコツっていったい何なんですか?」

 

「それが、これなんですよ」

 

言って突然カメラの角度を下にずらし、己が下腹部をアップで映すたかしさん。

 

「えっと……えええ!!!?」

 

急転直下の出来事でした。

一連の所作があまりにスムーズかつシームレスだったので、最初は何が起こっているのか理解できませんでしたが、画面を見ると毒々しく屹立したモノが写っています。

 

「ルックアットミー。ちゃんとよく見てください。何が映っていますか?」

 

その後も冷静なトーンでトチ狂ったことをのたまうたかしさん。

私は無言のままパソコンの電源を落としました―――

 

***

 

その後、何日かチャットレディを続けて分かってきた客層の特徴は、

 

・スケベの閾値が異常に低い

・大脳が欠損している

 

というものでした。

教訓としては、ノンアダルトではなく、客をノンピーポーと思ったほうがいいということ。

 

ここは人の皮をかぶった魑魅魍魎が跋扈する、百鬼夜行の異世界です。

そう思わないとこっちが狂ってしまう。

わりとカジュアルに性器を露出する人が多いのですが、サイトの規約違反以前に法に抵触している逮捕案件です。

ここには社会規範の外側で生きてらっしゃるような方がたくさんいて、チャトレをしていると、ここが法治国家であることを悪い意味で忘れてしまいそうになります。

 

じゃあまともな方はいないのか?と言うと、最初はまともに思える人は結構います。

ただ、たかしさんのようにいきなりスケベ卍解を行う者や、そうじゃなくてもモーフィング画像のように徐々にスケベな顔に変わっていく方がほとんどです。

 

結局のところ変態ガチャを引いているようなもので、どんな人も最終的にスケベな顔に変遷していくのです。

私はこの一連の変化を『スケベのアハ体験』と呼んでいました(本来の意味とは違いますが…笑)。

 

ではいったいどうすればいいのか? このまま諦めるのか?

 

元来、私は負けず嫌いな性分です。

こんな半端なところで辞めれば敗走したも同然。

工夫次第でがっつり稼ぐことはできそうですし、それに今の状況をメカ次元から考えれば、高度な精神修養が積めるチャンスとも言えます。

 

「どうせやるならチャトレで天下を取りたい――」

 

かくして私の挑戦が始まったのでした。

 

効率的に稼ぐためには戦略的に対策を講じる必要があります。

客の目的を突き詰めて大別すると以下の2つ。

 

・リアルセックス

・ライブチャット上でのスケベ体験

 

ここでより重要となるのは母数の多い後者の対策です。

たかしさんも示唆していたように、チャトレで稼ぐコツはチンポのコントロール、スケベマネジメントにあります。

 

ノンアダルトだから、不快だからと言ってスケベ層を切り捨てるのは下策と言えます。

むしろスケベという明確な目的があるからこそ、調教次第で太客になってくれる可能性は十二分にあります。

馬鹿とスケベは使いようなのです。

 

ただ大前提として、衣類を脱ぐ行為はご法度です。

脱げば手っ取り早く客をつかめますが、脱いだ時点で相手は目的を達成することになるので、そこに至るまで時間をかけても短命に終わるケースが多いでしょうし、高確率で画面をキャプチャされるので、映像がネットに流出するリスクもあります。

 

そこで私がとった戦略はSキャラに徹すること、ドSの女帝になることでした。

チャットレディは客から指示を受けることになるので、大抵が受け身、責められる側になってしまいます。

そのためチャトレにはS属性が滅多にいないらしく、私はこの未開拓の市場に勝機を見出しました。

 

S側に立つことができれば、主導権を握ることができるので、時間を最大限まで引き伸ばすことができ、また言葉責めを活用すれば脱ぐことなく相手のニーズを満たすことができます。

男性側も他のチャトレでは得られない体験ができるため、ここでは唯一無二の強みとなるのです。

 

***

 

かくしてチャトレで言葉責めに明け暮れる日が続きました。

そして次第に固定として運用できる客も増えていき、ありがたいことに

「いつログインするのか」

「早く話したい」

と常に複数のオファーを頂くような状態になっていました。

 

既存客の対応だけでも手が回らない状態になっていたので、新規のお客さんと話す機会もなくなっていたのですが、私はずっと心に引っかかっていることがありました。

 

それは、たかしさんのことです。

私はチャトレの真理を示してくれたたかしさんに無下な対応をしてしまいました。

よくよく考えてみれば、彼は3時間も私と会話してくださったのです。

その内容もウイットに富んでいて面白く、私も好奇心をくすぐられて接待というよりも普通に会話を楽しんでいました。

 

たかしさんは悪くありません。

すべては私の精神修養が至らなかったせいであり、もしできることなら

 

――たかしさんに謝罪をしたい。そして成長した私の姿も見て欲しい――

 

そんな想いが日に日に強まっていき、ついに私はサイト内でたかしさんに宛てた日記を書いたのです。純粋に謝罪したいという気持ちを綴りました。

 

***

 

そのメールは日記を公開してから3日後に届きました。

 

「お久しぶりです、たかしです。日記、読みました。よければもう一度お話できませんか」

 

それは願ってもいない申し出でした。

またたかしさんと話せる。

そう考えるだけでこの上なく昂揚する自分がいました。

私は昂ぶる気持ちを抑えながら日程調整を行い、そして週末にたかしさんと再び邂逅することになったのです。

 

「あの時は、本当にすみませんでした……」

 

最初に謝罪の言葉を口にしたのはたかしさんの方でした。

今回もビデオを付けて話していたのですが、たかしさんは申し訳なさそうな表情で語り始めました。

 

私との会話はチャトレ史上一番楽しかったということ。

自分の嗜好を貫いてくれた子に出会えて、得体のしれない興奮を覚え、暴走してしまったこと。

 

「僕はあの後もずっと後悔を引きずっていたんです……」

 

ガックリとうながれ、今にも泣きだしそうな表情で語るたかしさん。

その姿を見ていたら、私は――

 

「――たかしさん、言いたいことは分かるのですが……その…勃ってませんか?」

 

そうです、こんな状況なのに、たかしさんは股間を怒張させていたのです。

 

「これで謝罪と言われても……」

 

「すみません、こんなつもりじゃ……」

 

「なら3分後にまた確認するので、もう絶対に反応させないでくださいね。あなたに謝罪の気持ちがあるのなら」

 

絶対に守れない約束を取り付け、たかしさんを追い込んでいきます。

案の定、3分経っても勃起はおさまるどころか激しさを増していました。

 

「幻滅しました。まじめに話しているときに汚いモノ猛り立たせるって人としてどうなんですか? すみませんが、もう関わりたくないので失礼します」

 

「待ってください! 何でもしますのでまた落ちるのだけはやめてください!」

 

この瞬間、私とたかしさんの主従関係が決まりました。

 

「弁護士だかなんだかしりませんが、こんな情けない姿さらしてよく人の弁護ができますね。それも自分よりも2まわりも年下の小娘に言われて恥ずかしくないんですか?」

 

「はい……申し訳ございません」

 

***

 

それからたかしさん――たかしは私の肉人形となり、大学を卒業するまでに軽自動車が買えるぐらいの額を突っ込んでくれました。

 

私は死ぬまで

 

「おちんちんきもちいいよお!!!!」

 

と言いながら大量射精していたたかしの姿は忘れないでしょう。

 

Fin.

 

【著者】

氏名:パキナ

通信会社に勤務後、毒電波をゆんゆんと発信する個人投資家に転身。

現在、含み益で無人島が買えるぐらいのShangri-Laから、含み損で墓が立つまでのパライソへ進行中。

電波届いた?

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