「人間が、AIが自由意志を持つまでもなくAIに滅ぼされる。まるでハリガネムシに寄生されたカマキリのように。」
AIのデータセンターによって気温が上昇するという記事を見た方が、6月29日にXに投稿したメンションの内容だ。
なんか人類、得体の知れない衝動というか、本能に突き動かされてなのか…ハリガネムシに寄生されたカマキリみたいに、AI産み落とす事に取り憑かれて、死に向かって突進してない…? https://t.co/Om2Id37pzJ
— 磯光雄IsoMitsuo 仕事本三冊目発売中 (@IsoMitsuo) June 29, 2026
ハリガネムシはカマキリなどに寄生する寄生生物で、みずからの増殖のためにカマキリに自殺的行動をとらせることで知られている。
このハリガネムシに限らず、宿主の行動を自分たちにとって都合の良いように変えてしまう寄生生物が自然界には存在する。
たとえばトキソプラズマがネズミに感染すると、ネコに食べられやすいハイリスク行動が増え、これがトキソプラズマ自身の増殖を利する。
トキソプラズマが人間に感染した場合も、なんらか精神や精神疾患に影響する可能性が示唆されている。
こうしたことは自然界では珍しくなく、宿主が死のうが滅ぼうが知ったことではない。細菌感染症やウイルス感染症も同様だ。
人間に感染する細菌やウイルスは、宿主から栄養を奪ったり、宿主の体内にある複製装置を利用したりして自分たちを増殖させる。その際、細菌やウイルスが宿主のことを心配してくれるわけではない。
ともあれ、増殖に成功した細菌やウイルスの遺伝子は後世に継承されていくが、失敗した細菌やウイルスの遺伝子は継承されない。
この繰り返しをとおして、肺炎球菌やコロナウイルスは次第に姿を変えていく。このプロセスのことを、一般に「進化」と呼ぶ。
「進化」のロジックで増えるAIを振り返る
この「進化」のロジックで最近のAIについて振り返ってみよう。
現在のAIには自由意志はなく、AI自身が「増殖したい」「後世まで残りたい」と考えているわけではない。
超知能AIが爆誕したとか、そういった出来事が起これば話が変わるかもしれないが、少なくとも現在のAIを増やしているのは人間であってAI自身ではない。
ところが今日の人間ときたら、そんな自由意志を持たないAIを増やすことに躍起になっているのである。
AIのための半導体や電力の確保が急務となり、株式市場にも大きな影響を与えている。あるいはAIを増やすためなら何をやっても構わないと思っているのかもしれない。
AIと温暖化を関連づけるニュースを見て、「ハリガネムシに寄生されたカマキリ」と想像する人がいるのは私にはわかる気がする。
人間自身をそっちのけにしてAIを増やしているようにみえるからだ。
もちろんハリガネムシとAIはイコールではない。ハリガネムシはカマキリに一方的に寄生し、カマキリを死に至らしめて利益を得るし、そうやってハリガネムシは生き残り、進化してきた。
いっぽうAIは、人間を死に至らしめて利益を得るわけじゃない。少なくとも今はそうだ。そしてなによりわざわざAIを増殖させ、改良しているのは人間の側である。
人間目線でみれば、AIは人間が使役するものに過ぎない。
ところがAIの目線でこの構図を振り返るなら、そのときAIは人間を利用し、人間にみずからを世話させ、人間に工場をつくらせたりデータセンターをつくらせたりして増えているようにみえる。
ちょうど、穀物や家畜やペットが人間を利用し、増え続けるように。
“植物を作物化したり動物を家畜化したりして<飼い馴らす>という意味の英語domesticateは、ふつうは直接目的語を摂る動作動詞として理解されていて、たとえば「ホモ・サピエンスはイネを作物化し、……ヒツジを家畜化した」などと使われる。しかしこれは、domesticateされる側の植物や動物の能動的な行為主体性を見過ごしている。たとえば、どこまでわたしたちがイヌを家畜化したのか、あるいは、どこまでイヌがわたしたちを家畜化したのかはそれほど明確ではない。”
小麦や稲といった穀物、豚や羊といった家畜は、地球上で最も繁栄しているといって良いほど増殖している。
人間目線でみるなら、それらは人間に利用される植物や動物でしかなく、それらを増殖させているのは人間自身だ。
しかし、ここでスコットが述べているように、それらの穀物や家畜がこれほどまでに増えているのは、彼らが人間を利用し、人間の力を借り、人間を動機づけているからに他ならない。
ネコや犬を飼ったことのある人ならわかってくれるだろうが、「飼う」「飼われる」という事態は、それほど単純かつ一方的ではないのである。
この出来事を「進化」に沿って考えれば、人間にとって好ましい穀物や家畜、一生懸命に育てたくなる穀物や家畜が選ばれ、そうでない穀物や家畜が淘汰されることをとおして、人間にとって最高に利用しやすい小麦や稲や豚や牛ばかりが今日まで永らえている……というべきだろうか。
一般に、そうした過程は「進化」とは呼ばれず、人間目線にもとづいて「品種改良」と呼ばれている。
だが、人間を利用することで増殖する生物という正反対の目線からみれば、人間をいちばんうまくハックできる性質を持った穀物や家畜とその遺伝子が後世にはびこり、そうでなかった穀物や家畜が淘汰されたわけだから、これはこれで一種の「進化」にあたる。
こうして考えてみるなら、おいしいコシヒカリやまるまると太ったブロイラーは人間に育てられるという環境のなかで選ばれ、繁殖し、空前の繁栄をみた植物や動物たち……ということになる。
で、AIはどうだろう?
AIは動物ではなく物体だ。あるいはソフトウェア、そして商品だ。しかし人間をいちばんうまくハックできる性質を持ったものが市場淘汰に耐えて後世に残り、そうでないAIは淘汰されるという点では、「品種改良」、ひいては「進化」に似たプロセスの渦中にあると言える。
現在はAIバブルといわれるが、バブルが弾けて市場淘汰の圧力が強まれば、これが「進化」に酷似したプロセスであるさまがくっきりと見えてくるだろう。
穀物も家畜もAIも人間が滅ぶかどうかを顧慮しない
「進化」に沿ってモノを考える時、ひとつ、忘れてはならないことがある:それは、生きながらえるとか子孫を残すとか、そういった個人の願望とは無関係に「進化」は進行する、ということだ。
小麦や稲も、豚や牛も、自分たちが絶滅するかどうかは全く顧みない。
仮に、穀物や家畜があまりに魅力的で、あまりに人間をうまくハックしすぎて、それらを人間に増産させすぎた結果として地球環境が壊れたら、それらは人間を滅ぼし、間もなくそれらも滅ぶだろう。
「進化」は持続可能性や種の保存といったこととは無関係に進行する。皆が不幸になる転帰を迎えるかもしれないとしてもだ。
AIもたぶん同じだ。AIがあまりに魅力的で、あまりに人間をうまくハックしすぎた結果として地球環境を破壊するほどAIが増え、人間やAIが共倒れになってしまうとしても、そんなことはお構いなしにことは進行していく。
人間が人間自身や地球環境よりもAIを愛顧し、すべてに優先するほど魅力的なAI が人間をハックし続けるならば、それは起こってしまうだろう。その際のAI は、別に超知能である必要はかならずしも無い。
もし、人間に自由意志があり持続可能性を意識する悟性もあるならば、もちろん簡単にはそんなことにはならない……はずだが。
ドーキンスのミーム論に沿って自己増殖するAIを眺める
ここまで読んで、AIを寄生生物やウイルスと同じ「進化」のアナロジーで考えることに抵抗のある人もいるだろう。
AIは生物そのものと違って自己増殖する機能を持ち合わせていないから、抵抗があるのもわかる気がする。
それでも、宿主を利用して自己増殖させるという点で、AIはウイルスに似てないだろうか?
確かにAIはハリガネムシや肺炎球菌と違って自己複製の機構を自分自身のうちに持たない。けれども人間の持っている複製機構を間借りして自己複製している……という点ではウイルスには似ている。
人間の細胞内の生体機能を利用せず、人間の工業力を利用している点ではウイルスと違っているが、共通点のある存在だとは言える。
この、ウイルスとAIを架橋する存在として私が今、思い出すのはドーキンスの『利己的な遺伝子』だ。
ドーキンスは同書のなかで遺伝子にとって人間は「自己複製や自己保存のための乗り物のようなもの」と比喩している。
ただし、この比喩を「遺伝子が自由意志でもって人間を運転したり操作したりしている」と解釈してはいけない。
そうではなく、遺伝子そのものの立場からみれば、人間ひとりひとり、ひいては生物の一体一体は、遺伝子の生命維持装置兼コピー機でしかないといった意味だ。
淡々と自己複製し続ける遺伝子は、人間やカマキリやハリガネムシをみずからの生命維持装置としてこの世に存在させ、と同時に、コピー機として使役して自己複製する。
遺伝子そのものからみれば、生命維持装置の役割しか果たさない生物個体は仕事を果たしたとは言えない。
たとえば最も幸福で最も苦痛の少ない人生を歩んで死んだ人間が、しかし子孫を残さなかった場合、遺伝子そのものからみれば失敗もいいところだ。淡々と自己複製を積み重ねてきた遺伝子としての血脈が、そこで絶えてしまうからだ。
ちなみにウイルスの場合、ここでいうコピー機としての機能が省略され、寄生先の力を借りて自己複製しなければならない点が違っている。
が、淡々と自己複製する遺伝子の乗り物である点は人間やカマキリと変わらない。
そのうえでドーキンスは、こうした考えををミーム(模倣子)という自己複製する人間の産物にまで拡張している。
流行歌の旋律というミームの場合、ミーム・プールの中での繁殖の程度は、その曲を口笛をふきながら街をゆく人の数で測れるかもしれない。婦人靴のスタイルというミームが問題なら、集団ミーム学者は、靴屋の売上統計を利用することもできよう。
遺伝子の場合と同様、ミームの中にも、急激な増殖によって目覚ましい短期的成功を達成しながら、ミーム・プールの中に長くは留まれないようなものもある。流行歌や、やたらにかかとのとがったハイヒールなどがその例だ。
一方ユダヤ教の律法のように、数千年にもわたって自己複製し続けるものもある。こういったミームは、書きしるされたことばのもっているきわだった潜在的永続性のおかげをこうむっているのがふつうである。
ドーキンスは大胆にも、人間世界で人間をコピー機として自己複製し、流行したり継承されたり絶滅したりしている文物をミームと呼び、遺伝子と同じように淡々と自己複製する存在としている。
この見方でみるなら、ベートーヴェン『運命』も、冨樫義博『HUNTER×HUNTER』も、新約聖書も、浄土真宗大谷派も、カント『純粋理性批判』も、すべて模倣子だ。
それらを利用したり流行らせたりする人間自身の思惑はさておいて、人間世界で人間をコピー機として使役することで、それらは増殖し、ある時代・ある環境のなかで増えたり減ったり絶滅したりする。
ミームは生命維持装置として生物個体を乗り物にしているわけではないし、宿主の生体機能をコピー機として利用しているわけではない。
しかし人から人へと感染し、人を使役して増殖し、それぞれの時代や環境のもとで市場淘汰に生き残った者がはびこる、という点は生物……というよりウイルスによく似ている。
ではAIはどうか。同じではないだろうか。これから人間を使役して増殖し、2020年代、2030年代の環境のもとで市場淘汰に生き残った者がはびこっていくとしたら、それはまさにミームらしい挙動だ。
もし、AIが人間をあまりにも使役しすぎて、あまりに自己増殖しすぎて、その結果として地球環境がぶっ壊れたり、人間とその遺伝子の自己増殖が妨げられ過ぎたりすれば、人間はウイルスのごとく猛威をふるったAIに滅ぼされるだろう。
いや、本当はAIでなくても構わないのかもしれない。ミームに該当する何か、たとえばスマートフォンでも、ポルノグラフィでも、インスタグラムでも、アニメでも、資本主義でもいいが、そういったものが人間とその遺伝子の自己増殖を困難にするなら、やはり人間は滅ぼされる。否、みずからのつくったミームによって滅ぶだろう。
将来、AIが自由意志を持った超知能になることを警戒する向きがある。超知能が出現したら人類は滅ぶという話にも、一定の説得力があると言える。
しかしドーキンスのミーム論に基づいて考えるなら、AIが自由意志を持つかどうかより手前の問題として、AIやらなにやら、人間界にさまざまに存在し自己複製を優先してやまない色々なミームが、人間とその遺伝子の自己増殖を押しのけてまで自己増殖に励めば、人間は衰退し、人間が一定数より衰退すると文明社会はイノベーションの前進から後退に転じるかもしれない(注:イノベーションは人口規模に依存し、人口が少なすぎるとイノベーションの拡大どころか既存の技術の維持すら困難になることを踏まえてここではこう書いている)。
そうした衰退への一里塚としてAIは位置づけられるだろうか?
わからない。
しかし、AIがはびこるという現象も、人間が増えたり減ったりするという現象も、AI自身の自由意志や人間ひとりひとりの自由意志といったこととは無関係に進行していく。それが「進化」という現象の本態ではなかっただろうか?
そこでは生物個体、ひいては個々人の自由意志などたいして意味のある事象ではない。
この視座から現在進行形の出来事を眺めると、私は諸行は無常であるというひんやりとした気持ちにみたされ、なるようにしかならないな、とあきらめの境地に至る。
もし、人間に自由意志があり持続可能性を意識する悟性もあるならば、もちろん簡単にはそんなことにはならない……はずだが、自由意志などしょせん個人レベルの問題の話でしかなく、「進化」のスケールから物事を眺める際にはあてにできないと思う。
Google検索にAI Overviewが表示され、ChatGPTやPerplexityで情報収集するユーザーも増えています。検索順位を上げるだけでは、企業の情報が見つけられなくなる時代に、何をすべきか——。Books&Appsの弊社ティネクト代表安達裕哉が「経営oneplusサミット2026 Summer」に登壇します。

<2026年7月30日 開催予定>
AI検索対策最前線:手法から効果測定まで
安達裕哉 登壇|経営oneplusサミット2026 Summer 内セミナー講演概要
これから重要になるのは、AIに正しく理解され、引用され、推奨されるための情報発信です。SEOからAIOへと変わりつつある考え方から、具体的な対策手法、効果測定の考え方までをコンパクトに解説します。
登壇者
安達裕哉(ティネクト株式会社 代表取締役社長)
Deloitteで12年以上にわたり大企業から中小企業まで業務プロセス改善コンサルティングに従事。近年はAIによるコンテンツ作成を専門とする。著書に『仕事ができる人が見えないところで必ずしていること』『頭のいい人が話す前に考えていること』など。
開催日時:2026年7月30日(木)13:35-13:55
配信形式:オンライン(経営oneplusサミット2026 Summer 内)
参加費:無料
特典:事前申込でアーカイブ動画(2週間)を全員にプレゼント
お申込み・詳細
こちらのイベント詳細ページ をご覧ください。
(2026/6/26更新)
【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

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