詐欺などの罪で懲役9年、罰金800万円の判決を受けた「頂き女子りりちゃん」の恋愛詐欺マニュアルが出回っている。正確には、マニュアルのWeb魚拓だ。

彼女が逮捕される前、有料で販売されていたものだという。

 

元ガールズバー経営者だった25歳の女性が、大金を貢がせた51才の男性に刺殺された事件を受けて、X(旧Twitter)ではりりちゃんを持ち上げるポストが急増した。

 

殺害されてしまった女性は、男性が大切にしていた車やバイクを売らせてお金を作らせたあげく、お金を受け取った途端に冷淡になるなど、りりちゃんがマニュアルで指南していたことと正反対の行動をとっていたそうだ。

 

りりちゃんのマニュアルでは、

「趣味のあるおぢは狙うな。趣味を売ってお金の工面をさせると、トラブルになりやすい」

「お金をいただいたら、自分がどのように助かったかを報告し、盛大に感謝を伝えるアフターケアが大切」

などと説かれていたらしく、「事件によってりりちゃんマニュアルの精度が証明された!」と、神格化される勢いで称賛の嵐が吹き荒れていた。

 

あまりに絶賛されているので、

「ほぉ。りりちゃんマニュアルとは、そんなにすごいものなのか?」

と気になってしまい、私もタイムラインに流れてきた魚拓を拾って読んでみることにした。

 

何やら知ってはいけない秘密の世界を覗き見るようで、期待に胸を膨らませて画面をスクロールしたが、一通り読んだところで

「なんだ。大袈裟に褒めちぎられている割には、普通のことしか書いてないな…」

としか思えず、がっかりしてしまった。

 

「頂き女子」という言葉こそ新しいけれど、その手法はいたって古典的なのである。

結局のところ、

・恋愛の罠にハメやすい男性のタイプ
・そうした男性がお金を出したくなる女性のタイプとシチュエーション
・男性からお金を引き出すための振る舞い方

は、時代が変わっても大きく変化しないのだろう。

 

話は変わるが、私が渡辺淳一の書いた恋愛小説「化身」を読んだのは、高校生の頃である。

父が買ったのか母が買ったのかは知らないが、自宅の本棚にあったものを暇つぶしに読んでみたのだ。確か17歳だったから、1992年。平成で言えば4年である。

Wikipediaによると、日経新聞に「化身」が連載されていたのは1984年(昭和59年)から1985年(昭和60年)で、単行本の初版が出たのが1986(昭和61年)年3月25日。その年の10月10日には、早くも映画が公開されている。

 

映画では、芸能界デビューしたてだった瑞々しい黒木瞳と、成熟した美をたたえた阿木陽子が、藤竜也を相手に大胆な濡れ場を演じて話題となった。もともと小説自体も話題作だったが、映画がヒットしたことでベストセラーとなったのだ。

映画はベッドシーンをまるっとカットしたバージョンが、繰り返し金曜ロードショーで放送されていたので、昭和生まれなら覚えていらっしゃる方も少なくないのではないだろうか。

 

「化身」は、小説・映画ともに押しも押されもせぬ昭和のヒット作だが、時代を超えて愛される名作という扱いは受けていない。平成から令和へと移り変わる時代の中で、内容が世間一般の常識や価値観とはそぐわなくなってしまっためだ。

 

なにせアラフィフのおぢが、娘と言えるほど年齢の離れた若い女性(銀座のホステス)を好きになり、強引に店外デートへ連れ出して、不同意性交で無理やりモノにするところから物語が始まるのだから、出だしからアウトである。

しかも、その女性は義父から性虐待を受けて男性不信という設定にも関わらず、トラウマの描かれ方が軽すぎる。

 

映画の方も、現代ならインティマシーコーディネーター無しでは撮影できないシーンが多く、当時も果たして俳優(女優)の同意がどこまであったのか問題視されそうだ。

 

今や「昭和だから」という免罪符なしでは肯定的に見られない作品となってしまったが、実を言うと、私はこの作品が好きである。

その理由は、渡辺淳一作品の中では珍しく、男が捨てられる話だからだ。

 

渡辺淳一といえば、男女の痴情を描く名手として人気を博した作家であり、「化身」よりは「失楽園」や「愛の流刑地」の方が代表作として有名だろう。

しかし、「失楽園」や「愛の流刑地」は私の趣味に合わず、読んでいて胸焼けがする。そこへいくと、「化身」の読後感は爽やかだ。

 

私が女性の立場で作品を読むせいかもしれないが、一人の男を愛し、やがて歩み去っていく女たちのしたたかさに共感を覚えるのである。

同時に、己の身勝手さゆえに女たちに去られ、愛と同時に財産をも失った男の意地が、哀れでありながらも愛しく感じる。

 

「化身」のあらすじを紹介すると、主人公である人気文芸評論家の秋葉大三郎(49才)は、数年前に性格の不一致から妻と離婚し、二人の娘(大学生)とも離れて暮らしている。

渋谷にある自宅で、年老いた母親とお手伝いさんの3人で生活をしており、家事は彼女たちがしてくれるため不便はない。よって再婚の意思はさらさら無く、気ままな独身生活を謳歌している。

 

離婚後は、史子(40歳)というフリーの編集者と深い仲だ。彼女は中学生の娘を育てるシングルマザーであり、自立した女性のため金もかからず面倒もないが、プライドの高い彼女との関係を重たく感じ始めている。

 

別れた妻子に毎月多額の生活費と養育費を送りつつも、自宅の他に別荘を持ち、余裕のある生活をしていけるのは、収入が多いからではない。父親から相続した遺産のおかげだ。

要するに、遺産を食いつぶしながら贅沢な暮らしを続けている道楽者なのだった。

 

そんな彼が、友人に連れられて訪ねた銀座のクラブで、23歳のホステスを見そめた。

彼女は本名を霧子といい、地方出身でまだ東京に馴染んでおらず、クラブでも働き始めたばかり。姿は良いが、服のセンスと立ち振る舞いが垢抜けず、野暮ったいせいで人気がない。

けれど、秋葉は彼女の若さと、何より「鯖の味噌煮が好き」だという素朴さを気に入り、自分の手で磨いて好みの女に仕立てたいという欲望を抱く。

 

……どうだろう?気恥ずかしくなるほどテンプレの設定ではないだろうか?

 

なぜ男という生き物は、

・若くて素直
・地方出身
・バカじゃないけど学歴低い
・美人だけど地味
・清楚系(黒髪デフォ、化粧薄い、パーマや派手なネイルしない)
・垢抜けてない
・自分に自信がない
・不器用だけど健気
・人生経験と男性経験が少ない&性的に未成熟
・線が細くて頼りなさげ

以上の条件をコンプした女に、こうもコロっと参るのだろうか。

 

りりちゃんマニュアルでも「己をそういう女として自己演出せよ」と書いてあったが、霧子がまさにそういう女そのものであることを鑑みると、昭和の昔から令和に至るまで「男が金をかけたくなる女」の王道は変わっていないということだ。

 

しかし、霧子が男の庇護欲をかきたてる未熟な女であるのは、物語の始めのうちだけだ。控えめといえども元は銀座の女であるため、湯水のごとく金がかかる。

秋葉は霧子のためにマンションを用意し、車を買い与え、生活の面倒を見るだけではなく、カルチャースクールやエステ、海外旅行の費用も支払い、代官山にブティックまで持たせたので、あっという間に遺産を使い果たしてしまった。

 

自由になる金がなくなると、出版社に原稿料の前借りをするが足りず、しまいには自宅を抵当に入れて借金までする羽目になる。

 

「これが最後の恋」「自分にとって最後の女」と思えばこその出費だったが、霧子はたっぷり金をかけられたことで磨かれ、やがて誰が見ても魅力的な都会の女へと変身していく。

ブティックの経営を通して交友関係と視野も広がると、男に囲われる暮らしにも飽き始め、キャリアウーマンとして自立を目指し、自由を求めるようになっていった。

 

散々世話をさせておきながら次第に冷淡になり、自分を捨てようとしている霧子への怒り。彼女を取り巻く若い男たちへの嫉妬。財産を失ったあげく取り残される惨めさ。孤独な老後への恐怖と焦りで、秋葉は自分を見失っていく。

 

待ち伏せ行為、霧子の自宅への侵入、恫喝や暴力行為など、今ならストーカー行為規制法に引っかかることを一通りやってあがきながら、しかし霧子の別れの意思がみじんも揺るがないと悟ると、未練に苦しみながらも諦めていく。

 

ポイントになるのは、霧子の別れ際の態度である。

・隠れて秋葉以外の男たちと交際しているけれど、あくまで「好きな人はいない」「誰とも結婚するつもりはない」「他の男と一緒になるためにあなたと別れたいのではない」と言い張る

・本当は秋葉との関係に飽きているし、もう寝るのも嫌だけれど、「あなたのことは大好きよ。だけど自由になりたいの。私はただ、これまでの男の人に頼る生き方と生活を変えて、これからは自分一人で歩いてみたいのです」と言い切る

・これまでしてもらったことへの感謝を伝え、彼女の仕事への出資金(ブティック開業にかかった資金)についてだけは、わずかづつでも返済の意思があることを示す

 

別れたいと逃げ出しておきながら「大好き」と言われて秋葉は混乱するものの、霧子の誠意を伝えようとする態度に触れて、彼は「これで男としての面子が立った」と溜飲を下げるのだ。

 

男のプライドを尊重し、おぢに恥をかかせない。これぞ、頂き女子の作法ではないだろうか。

 

プライドがそんなに大事かといえば、大事に決まっているだろう。

女が男の面子を立てればこそ、男は女のために痩せ我慢をしてくれるのだ。

 

本音では「逃さねぇ。許さねぇ。金かえせ」と憤まんやるかたないに違いなくとも、守られたプライドと保たれた面子こそが、頂かれたおぢに一線を越えさせないのである。

そして、いいわけないのに「金のことならいいよ」だなんて、最後に格好をつけて見せたりもする。

 

そんなのは昭和の話だろうと侮るなかれ。りりちゃんを始めとした令和の頂き女子たちが狙うおぢは、もれなく昭和生まれであるのだから、今どきの令和男子とはDNAが違うのだ。彼らにはしっかり昭和の血が流れている。

 

りりちゃんのマニュアルは、出回った以上は広く共有され、やがて陳腐化するだろう。小手先のテクニックを指南するマニュアルとはそういうものだからだ。

 

しかし、古い時代の大衆小説とはいえ、「化身」が描く男女の心情は今も古びていない。

時代が変わっても人の心のあり様は変わらないし、変われないものなのだから。

 

 

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【著者プロフィール】

マダムユキ

最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。

Twitter:@flat9_yuki

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