「私、子供が欲しいんです」

そう話すのは、はるばる遠方から訪ねてきてくれた元同僚の清子さんだ。

彼女と連絡を取るのは3年ぶりだし、こうして顔を合わせるのは、実に5年ぶりだった。

 

「私、もう5年も婚活してて、ずっと上手くいかなくて、ついに40歳になってしまいました。すごく焦ってます」

「えっと、話を整理させてね。たしか清子さんは、5年前に前の旦那さんと離婚して、それからすぐ婚活を始めてたよね?
私はてっきり、前の旦那さんのことを早く忘れて、新しいスタートを切るために再婚したいのかと思ってたけど…」

 

「もちろん、それもありました」

「婚活市場には思うような人がいなかったの? 結婚を前提に条件で相手を選ぶんじゃなくて、ちゃんと好きになれる人じゃないとダメだったとか?」

 

「相手を好きになれたら最高だと思います。でも、そこにこだわっている訳でもないです。私はとにかく子供が欲しいから、それを理解して、協力してくれる人じゃないとダメってだけで。こっちには時間がないんだし」

「ふんふん。欲しいのは男じゃなくて子供なのね。あなたは親御さんの資産を相続して経済的には困ってないし、男の経済力をアテにする必要はないよね。なら相手が低収入でも構わないし、なんなら子種だけもらえればいいんだから、結婚はしなくていいやって、私なら考えちゃうかな。それか、どんなにお金がかかろうと、一刻も早く海外に行く。パートナーがいない女性でも精子バンクを利用して不妊治療してくれる国で、とっとと体外受精してくるわ。いっそ子連れのシングルファーザーを狙うのもアリかな。自分で産まなくても母親になれるんだから、もう出産のタイムリミットに焦る必要はなくなるし」

 

「えっ?」

「えっ? あっ、ごめん。あくまで私だったらそうするって話なんだけど、そういうことじゃなかった?」

 

「未婚のまま出産とか、シングルファーザーと付き合うなんて、考えたこともなかったです」

「そっかぁ。私はどうも考え方がスーパードライなもんだから…」

 

「私にとって、子供は結婚と結婚生活の延長線上にあるものです。まず付き合って、それから結婚して、一緒に暮らしていく中で授かるものだと思ってます。その順番を間違えたくないっていうか」

 

いや、言いたいことは分かるよ。分かるけど、もう40歳を過ぎている現実を考えると、それだと時間がかかりすぎない?

という言葉はいったん飲み込むことにして、

「うんうん。なるほど」

と相槌をうつにとどめた。恐らく、ここは黙って話を聞いた方がいいフェーズだ。

「…実は、1ヶ月くらい前から付き合い始めた人が居たんですけど、こないだ、それで揉めまして…。彼が『子供が先でもいいよね』なんて言うから、『まずは結婚が先でしょ?結婚に向けた話し合いと段取りが先だから、そっちを急がないと』って話をしたら、いきなりLINEをブロックされました。それが先週の話です…」

 

「えぇ? それはショックだったね。あぁ、そっか。だから衝動的に一人旅しにきたの? いきなりLINEもらってびっくりしたけど、気分転換しにきたのね?」

「それもあります。ここにくればユキさんが居ると思いましたし」

 

「そっかぁ。それにしても、いきなりLINEブロックは傷つくね」

「付き合ってた期間が短か過ぎるんで、そんなに傷ついてないです。けど、腹が立ちました。ブロックされるべきなのは私じゃなくてお前だろって」

 

「はは。そっかぁ。まあ、気持ち切り替えていこう。今は、どんな感じで婚活してるの?」

「結婚相談所は、あんまり役に立たなくて。料金はすごく安いところだったんですけど、途中でサービス停止になっちゃったんです。それで、お見合いパーティに行くようになったんですけど、顔ぶれがだんだん変わらなくなっていって、行くのをやめました。毎回、同じ人がいるんですもん。いつも来てる人とは知り合いみたいになっちゃいましたよ」

「ははは」

男性陣も同じことを思ってるかもね。

 

「最近は、もっぱらアプリです。でも、40歳になった途端にマッチングが難しくなってしまって。このところメッセージしても返事が来ないことが続いてて、アプリもやめようかなって。またお見合いパーティに行ってみるかもしれないです」

「そうなんだ。確かに、アプリだとあなたの良さが伝わりにくいかも。お見合いって、どういう風にするものなの?」

 

「まず最初に、私は子供が欲しいって話と、年齢的に時間がないって話をします。そこが大事なところだから」

…………………重っ。

「そうなんだね。じゃあ、そこさえ理解してくれれば、あとのことは重要じゃない感じ? 年収とか年齢とか」

 

「年収は高くなくていいですけど、500万くらいは欲しいかなって。年収200〜300万とかは流石にあり得なくて、婚活しに来んなよって思います」

「うーん。そっか」

 

「年齢は、やっぱり同世代がいいですね。子供が欲しいって思ってる人がいいです」

アラフォーで子供を真剣に欲しいと思ってる年収500万円以上ある男性は、35歳以下の女性にアタックするだろうなぁ。

 

私は改めて、清子さんの全身を見た。

化粧気のほとんどない素朴な顔には、まだシミやシワもなく若々しかった。これなら、髪型やメイクを工夫して女性らしさを演出すれば、アプリでマッチングする確率も上がるのではないだろうか。

 

ただ、この数年の間にひどい猫背になってしまったようで、そのせいでスタイルが悪く見えるし、立ち姿が老けて見えた。親から受け継いだ資産の管理が仕事になってからというもの、ほとんど自宅に居るせいだろう。

人前に出る仕事の時はパンプスを履いたので、自然と背筋も伸びていたのだ。

 

もしも私が婚活アドバイザーだったなら、容赦ない言葉で清子さんを袈裟斬りにしていただろう。

「あなたは自分の立場がわかってませんね。いいですか、今のあなたでは、あなたが求めるような男性とは絶対にマッチングしません。ありのままのあなたじゃダメなんです。
まずは美容院に行って髪型を変えて。それからメガネを外してコンタクトにしなさい。お化粧はちゃんとして。何より猫背を直しなさい!」

とかなんとか。

 

でも、私に求められているのはそれじゃない。きっと、今はそうじゃない。

「うん。そうか。分かった。でも、清子さんが求めているのが本当に子供なのかどうかは分からないから、なんとも言えないな。あなたが本当に欲しいのは『人並み』ってやつかもしれないから。ひょっとしてだけど、この5年間、あなたは周りと比べて、自分に足りてないものや、自分が持ってないものを数えてしまってたんじゃないの?」
「えっ」

「なんかね。35歳から40歳くらいの頃って、そんな時期な気がする。周りの人の人生と比べて、自分の人生に足りてないものの数を数えてしまうの。でも、そんな気持ちも40代半ばになる頃には、自然と消えてしまうんだよね。気がついたら足りないものを数えなくなっていて、『これが私の人生なんだ』って、受け入れられるようになる。感情の起伏もなだらかになって、激しく傷つくことがなくなる代わりに、何かを激しく求めたり、喜びに震えることもなくなっちゃう。感受性が磨耗してしまう代わりに、穏やかになれるのかな」

 

「そうなんですか? 私にも、そんな日が来ますか?」

清子さんの顔が上がる。

 

「うん。でもね、そんな日が来ちゃったら、もう焦る気持ちをエネルギーにして足掻くってことが、できなくなっちゃうと思う。今が、足掻ける最後のチャンスだよ。
だから、婚活やりきってみて。みっともなくていいから。きっと、最悪なのは子供が持てないことではなくて、納得するところまでやりきらなかった自分に後悔が残ることだと思う」
「そうですよね?! 私、まだやり切ってません。実は、40歳になったら婚活やめようって、ずっと考えてたんです。でもやめられなくて。きっと、やり切ってないからやめれないんですね」

清子さんの目に光が宿る。声に力強さが増していく。

あぁ、彼女は、誰かからそう言って欲しくて、わざわざ私に会いに来たんだな。

 

「せいいっぱい足掻いてみた結果、『ユキさん、再婚できました!子供も授かりました!』って報告が来たら嬉しいよ。だけど、もしそうならなくても『子供は無理でしたけど、この人となら一緒にいたいなって思う人と出会いました』って、そんな報告を受ける未来が来てもいいかな」

「はい!私もそう思ってます」

 

「じゃあ、頑張って」

「はい!いい報告ができる様に頑張ります!」

別れ際、私たちはハグをして、「また会おうね」と約束をした。手を振る彼女の顔は明るかった。

頑張れ。足掻け。生きていこう。

 

 

 

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(2026/8/17更新)

 

 

 

 

【著者プロフィール】

マダムユキ

ブロガー&ライター。

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photo:Siora Photography