『シェアする美術 森美術館のSNSマーケティング戦略』(洞田貫晋一朗・著/翔泳社)という本を読みました。
僕は美術館や水族館が好きで、出張などの際に寄っていくことも多いのです(最近は仕事とどちらがメインかわからなくなってきました)。
名前は知っているけれど、九州在住の僕には馴染みがなくて、森美術館って、こんなに人が来ているのか……と、けっこう驚いてしまいました。
2018年の美術展覧会入場者数の第1位がレアンドロ・エルリッヒ展、2位が建築の日本展、それらがいずれも森美術館で、3位がルーヴル美術館展(国立新美術館)、4位がゴッホ展(東京都美術館)。
森美術館の展覧会は、3位、4位に比べて、開催期間が2倍くらい長いとはいえ、現代アートを扱っていてこんなに集客力があるんですね。
ルーヴル美術館やゴッホと、レアンドロ・エルリッヒでは、知名度にも大きな差があるでしょうし。
こういう現代アートにも人が集まるのが「東京」という場所なのか、とも感じました。
著者は、森美術館の集客力の源泉として、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)をはじめとしたデジタルマーケティングの成功を挙げ、これまで行ってきたさまざまな戦略について紹介しています。
最近は、僕がよく行く九州の美術館・博物館でも、撮影OKな作品が増えてきており、SNSを通じて、観客に「拡散」してもらう、ということに施設側も積極的になっているのを感じるのです。
しかしながら、「ただ、撮影OKにすれば良い」というのではなくて、そこからさらに「積極的にシェアしてもらうための工夫」というのが森美術館にはあるのです。
これまでの美術展の告知といえば、テレビ・ラジオや新聞広告、駅のポスターといった媒体が中心でした。
新聞社が共催している展覧会も多いですよね。
ところが、その宣伝方法が、近年、劇的な変化をみせているのです。
こうした広告の流れが変化し始めたのは、スマートフォンの普及がきっかけだと思っています。
特に私が森美術館のSNSの担当になった2015年頃、それまで小型だったスマートフォンの画面が大型化し、カメラ機能も飛躍的に向上しました。
鮮明な画像を楽しむような使い方に変化し、通信も4Gになり高速化したことで、写真や動画をいつでもどこでも発信する流れが加速したのです。
具体的なデータをご紹介しましょう。
次ページの図は、「レアンドロ・エルリッヒ展」に来館した方の「来館のきっかけ」をまとめたものです。
ご覧いただくとわかるように、およそ60パーセントの来館者がスマートフォン・パソコン、つまりインターネットからの情報をきっかけに来館しています。チラシ・ポスターなど、紙をきっかけにして来館した来館者は、わずか20パーセント弱にとどまっています。
さらに「インターネット」と答えた方の内訳を見ると、なんとウェブサイトを抑えてSNSをきっかけに来館した方が一番多いことがわかりました。
いかにSNSが、展覧会に出向く動機になっているか。美術館側からしてみれば、展覧会の動員において欠かせないツールになっていることが、このデータからよくわかると思います。
著者は、「森美術館の来館者のおよそ70%が20~30代の若者である、という事情もあるが、若者が多いからSNSが効くのか、SNSの効果で若い来館者が多くなっているのかはさらに分析が必要」と述べていますが、この層をターゲットにプロモーションを行っているそうです。
ちなみに、東京都美術館や東京国立博物館は、来館者の中心は50~60代以上なのだとか。
著者は「これらのシニア層にもアプローチできる方法」も模索しているとのことです。
いまSNSを使っている人たちがこのまま高齢化していけば、何十年か後には、必然的にシニア層にもSNSの影響力は上がっていくのでしょう。
やや抽象的な言い方ですが、企業や組織のアカウントは「中の人」の人格を表立って表現できないので、ある意味、生活感のない、冷たい印象を持たれがちです。
だからこそ公式アカウントは、目にとめてもらえるようにキャッチコピーを考えて、きちんと情報を咀嚼して提供していく必要があるはずです。
できるだけ情報はリンクに頼らず、SNS内で完結していることが望ましいと思っています。
先ほども述べたように、SNSの投稿で重要なのは、「一対一のつながり」を意識しながら相手に話しかけるように伝えること。
そもそも最近は、検索エンジンで検索をしなくなってきたといわれています。特にSNSが普及し続けている昨今、その傾向はどんどん強まっています。
たとえば、「森美術館に行ってみよう」と思ったときには、多くの人がウェブサイトを見ます。
展覧会の大まかな内容と、営業時間、料金、アクセスあたりを確認するには、公式ウェブサイトは欠かせません。
しかし、「森美術館に行ってみよう」と思ったきっかけは、おそらく公式ウェブサイトではないでしょう。SNSなどの情報で森美術館を知り、興味を持ったはずです。この認知経路においては、ウェブサイトは「受け」となりますので、偶発的な情報接触は難しいのです。
Googleなどで「検索」をする人が減ってきている、という話を最近けっこう聞くんですよ。
じゃあどうしているのかというと、自分が知りたい情報をTwitterやInstagramのハッシュタグで検索して、口コミで情報を得るのです。
わざわざGoogleに行くより手っ取り早いし、「検索エンジン対策」で上位に表示されている公式サイトやまとめサイトはもとより、「口コミ」で評価をしているはずの『食べログ』などの情報サイトもアテにならない、と感じている人が増えてきているのかもしれません。
「口コミ評価サイト」が影響力を持てば持つほど、そこで「うまく宣伝をしよう」という人が出てきて、「純粋な口コミ」ではなくなってしまうのです。
若者たちは、もう、そのことに気づいている。
あるいは、検索サイトを開くことすら、めんどうになってきている。
著者は、この本のなかで、「見てもらえる、親しみを感じてもらえる企業アカウント」作りのためのコツを紹介しています。
先ほど広告的、宣伝的なアカウントは、ユーザーから嫌われるとお伝えしました。
しかし、企業アカウントの最終目的は商品の購入だったり、集客だったりするのが本心ですから、どうしても投稿から広告や宣伝の香りがにじみ出てきます。
どうすれば、それを消すことができるのか。簡単にできるコツを、ひとつご紹介しましょう。
それは、アップする写真を自分で撮ることです。
SNSは公にさらされる場なので、当然ながら企業アカウントは質の高いものを見せなければならない、という思考になります。
そのため、プロのカメラマンが撮影したオフィシャル写真や、宣材写真を使います。
しかし、画格、構図、明瞭度など、クオリティの高いオフィシャル写真は、紙媒体、ウェブサイトには向いているのですが、SNSではなかなか伝わりにくい。
なぜなら写真の精度が高すぎるがゆえに、温度感がなく、冷たい印象を与えてしまうからです。つまり、「広告感」が出てしまうのです。
親しい友だちに「こんな面白いところへ行ったよ」と写真を送るときは、自分で撮った写真を送ると思います。
もしかしたら、ゆがんでいるかもしれないし、多少ブレているかもしれない。でも、撮った人の「温度」と「気持ち」は伝わります。
まさにそれと同じです。「中の人」が自分で撮る。そのほうが間違いなく「気持ち」が伝わります。親しみが湧く、ということです。
きちんと撮影できていれば、多少、ゆがんでいたりするのはご愛嬌。それでフォローをはずす人はいません。
ここでもうひとつ、広告らしさを消すコツを挙げるとすれば、「値段を載せない」という手があります。
森美術館でも展覧会グッズを紹介することはありますが、ほとんど値段は載せません。
「〇〇展のこんなグッズが、ミュージアムショップで販売されています」と事実をお伝えするのみ。値段を書くと、一気に宣伝っぽくなってしまうからです。
ぜひ来てください、ぜひ買ってくださいという言い方は、極力しないようにしています。
先ほどご紹介した「閉幕まで何日!」という投稿も、「だから早く来てください」とは書いていません。
書きたい気持ちを抑えて淡々とカウントダウンだけをする。
事実を盛ることなく、かつ人間の温度に温めてお伝えすることだけです。
企業アカウントであれば、どうしてもフォロワーさんたちに「具体的に宣伝したくなる」けれど、そういう気持ちを抑えて淡々と事実を伝えるだけにとどめておいたほうが、結果的には親しみを持ってもらえる、ということみたいです。
これは、伝えられる側として、わかるような気がします。
情報を受ける側からすると、あまりにもガツガツしているアカウントには引いてしまったり、宣伝したいだけか、とガッカリしたりするんですよね。
企業のマーケティング担当者から、SNSで愛されたい(あるいは、嫌われたくない)個人まで、けっこう広い範囲の人に「響く」内容だと思います。
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【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
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(Photo:Hernán Piñera)