副業で年間4000万円を稼いでいるという、motoさんの本がベストセラーになっている。

一つのところにとどまっても、給料がなかなか上がらない状況では、「転職」あるいは「副業」で所得を上げたいという方が多いのだろう。

こうした本がベストセラーになっているのは、世相を反映していると言えそうだ。

 

ただ、実際に副業をやっている人がどの程度いるのか、といえばまだまだ少ない。

厚生労働省の資料によれば、副業を実際に行っている人はサラリーマンの多くを占める年収200万円〜1000万円の方々の2%〜3%程度に過ぎない。

要するに、副業をやりたいが二の足を踏んでいる人が多いのだ。

これには様々な理由が考えられるが、大きくは2つの理由があるだろう。

 

労働者側のスキル

一つは労働者側のスキルの問題。

図を見ていただくとわかるが、副業者の割合が多いのは、年収200万円未満と年収1000万円以上の人たちである。

年収200万円未満の方々は、生活が本業だけだと苦しいので、アルバイトなどをこなしている人たちだろう。いわゆる「兼業」である。

 

だが、motoさんの本にあるような「稼げる副業」をやっている人たちは、年収1000万円以上の人々だ。

要するに、「今でも稼げるハイスキルな人たち」が、そのハイスキルをさらに生かして稼ぐために副業をやっているのだ。

 

つまり「副業」は、「稼げるひとが、更に圧倒的に稼げるようになる」ものであり、中途半端なスキルしか所持していない人にとっては参入障壁が高い、という性質を持っている。

 

企業側の考え方

そして、もう一つは企業側の考え方の問題だ。

例えば、こんなニュースを見た。

正社員の副業、「今後も認めない」41% 理由は?

日本商工会議所が「商工会議所LOBO(早期景気観測)調査(7月分)」に付帯して「正社員の副業・兼業に関する状況について」を会員中小企業に聞いたところ、現在認めていない企業が73%。その中で今後も認めない41・4%の企業の理由は「長時間労働・過重労働につながりかねない」が大半だった。

副業・兼業に関し「積極的に推進している」のは1・7%。「容認している」が25・3%。認めるかどうか「現在検討している」が7・0%あり、「将来的には検討したい」が24・6%。残り41・4%は今後の検討余地も示していない。

理由の上位2項目は「長時間労働・過重労働につながりかねない」(67・6%)と、「社員の総労働時間の把握・管理が困難なため」(49・4%)。

いまでもまだ、企業は副業を認めることに消極的なのだ。

 

昨年9月には、こんなニュースもあった。

副業・兼業、企業の75.8%が許可する予定なし

企業調査で従業員の副業・兼業に対する意向を調べたところ、「許可する予定がない」が圧倒的に多く75.8%。他方、「許可している」は11.2%、「許可を検討している」は8.4%にとどまった。

同じ調査ではないので、完全に比較はできないが、要するに、殆どの企業は副業を歓迎していない。

 

もちろん、大きな流れとしては、雇用は流動性を増し続けるだろう。

実際、主要企業では副業解禁がトレンドとなっている。

副業解禁、主要企業の5割 社員成長や新事業に期待

 

また、政府も副業推進に前向きである。

副業・兼業、原則認める届け出制に 実態把握が課題

 

だが、それであっても、まだ副業を認める企業は、主流派ではない。

また、副業を認めている会社でも、副業には懸念を示すところもまだまだある。

一体、なぜだろうか。

 

それは、労働基準法38条にこう書かれているからだ。

「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」

 

実際、上の「副業を認めない」会社の理由に、

「長時間労働・過重労働につながりかねない」と、

「社員の総労働時間の把握・管理が困難なため」が上がっているのは、この労働基準法38条のためだ。

 

具体的には、どういうことだろうか。

アデコのページには、わかりやすい例が載っている。

Q18アルバイトを募集したところ、他で正社員として勤務する方が応募してきました。この方を採用した場合、労働時間はどのように管理するのでしょうか。

労働基準法第38条「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定められているため、本業と副業の勤務先の労働時間を通算して扱うことになります。

例えば、A社で平日8時間勤務する者が、毎週土曜日B社で8時間勤務する場合、通算の労働時間は週40時間を超えることになります。(中略)

A社で勤務する者がB社で副業をはじめた場合、B社に割増賃金の支払義務が生じます。

つまり、副業者は、労働時間を本業と通算されるため、副業者を雇った企業は、なぜかこの人に「割増賃金」を払わなければならないというのだ。しかも、自己申告ベースで。

 

これを知って、私がまず感じたのは、

え?

何言ってんの?

だった。

 

副業者を雇った会社からすれば、本人が仕事以外に何をしていようが、基本的に感知できないはずだ。それなのに「割増」だけが発生する。

もっといえば、「管理不可能」な業務外のことまで、なぜ会社首を突っ込まねばならないのか。明らかに不合理である。

 

よくわからん。

こういう話は、労働本専門の弁護士に聞こう。

そこで、労働法に詳しい、知人の弁護士に聞いてみた。

 

森・濱田松本法律事務所の荒井さんという労働法の専門家だ。大手総合商社や中央省庁への出向の経験もあり、企業の実務にも詳しい。

「柔軟な働き方に関する検討会」の委員でもある。

 

副業者に割増賃金を払う必要なんて全く無いですよ

私はかねてからの疑問を聞いた。

「荒井さん、副業者を雇う時、労働時間の通算をしなければならない、という法律なのですが、これって本当に割増賃金を払わなければならないのでしょうか?」

 

「いやいや、払う必要なんて全く無いですよ」

 

「…え?」

 

「まず法律の条文の細かい話からすると、「事業所を異にする」とは書いていますが「使用者を異にする」とは書いていない。」

「……確かに。」

「使用者を異にする場合でも割増賃金を払え」というのは、あくまで行政の考える解釈であって、いくつかある考え方の一つでしかないです。最終的には裁判所が決める話で、絶対の根拠ではありません。日本を代表する学者たちも「通算するのはおかしい」つまり払わなくていい、と言ってます。」

 

「おお……、根拠って、ないんですね。」

「マジです。というか、時代遅れの行政解釈を見直すべきでしょう。仮に裁判になったとしても、「管理不可能なもの」の責任を取らせるような判決は出ないと思います。「柔軟な働き方に関する検討会」の報告書でもこの解釈の見直しを提言しました。それでいま議論が進んでいます。」

 

私は不思議になって聞いた。

「なんでこんな事になってるんですかね。」

「単純です。今の日本の労働法は、一人が一社だけに勤めることを想定していて、一人が複数社に出入りすることを想定していないからです。旧来の日本型雇用のために作られていて、アップデートされていないんですよ。」

 

「なるほどー」

「もっと言えば、裁判所は「副業の禁止などできない」と昔から言っていて、副業についてはすでに争うまでもなく結論は出ています。副業は自由。制限もできないし、企業はそれを管理する必要はない。それだけです。」

 

「うは、そうなんですね。」

「ただ、企業側にも従業員が副業をすることによるリスクがありますので、現在は「届出すれば副業OK」というところで折り合いをつけている企業が多いのではないですかね。」

 

「副業をやっていることを知られたくない」という場合はどうすればいい?

「でも、「届出」をすればいい、という会社で始めるならともかく、「禁止」という会社で副業をやりたいひとは、どうすればいいですかね?」

 

「黙ってやればいいんです(笑)。」

 

「(笑)ですよね」

「副業の一律の禁止はほとんどの場合無効なはずので、そのルールは無効ということになりますね。許可を求めたのに不合理に禁止するのも違法です。もちろん、機密を漏らしたり、競業会社に勤めたり、会社に損害を与えるようなことをしてはいけない。それは副業をやるかどうかと関係なくダメです。」

 

「ま、そりゃそうですね。」

「でも、そもそも、企業は業務時間外のことに関知できないのは当たり前です。だから、黙ってやれと。実は行政の立場でも、企業が「社員の副業を知らなければ」時間を通算しなくていいことになっています。副業についてあれこれ聞いてしまうほうが、むしろ法的なリスクは高いですよ。」

 

「なるほど……。ウチの会社も実は、副業率100%なのですが、全員が何をやっているか、私もほとんど知りません。」

「それでいいんです。そんなのに首を突っ込む方が危ないです。もちろん、体調が悪そう、といった具体的な兆候がある場合は別です。副業の話に限りませんが。」

 

「でも、なんで副業を禁止する企業が多いんですかね。」

「単純に、労働力を囲い込みたい、というのが本音でしょう。でも終身雇用の時代でもあるまいし、「副業するな」は、ちょっとどうかと思いますけどね。」

 

「(苦笑)」

「私が見聞きしてきた企業の中には、優秀なのに時間を持て余しているような人がたくさんいました。やることが終わっているのに、5時を過ぎても課長が席を立つのを待っている人がたくさんいるんですよ。そんなのって無駄じゃないですか。他の会社で戦力になったほうがよほどいいと思いますよ。」

 

副業が「日本型雇用」に風穴を開ける

「いい加減、流動性の極端に低い日本型雇用はバージョンアップの必要があります。優秀な人は様々な場所でもっと活躍して、稼いでほしい。もう一社が人を抱え込んでいい時代ではないんです。」

「そうですね、ただでさえ働ける人が減りますもんね。」

 

「でも、流動性を上げるため、という理由で解雇規制の撤廃は難しいし、やるべきでもないでしょう。困る人が大勢出ます。

「はい。」

 

「だったら「◯◯はやるな」というより、「もっと働きたい人は自由に働いてください」ということを広めていけばいいんじゃないかと、私は思っているんです。そこから日本型雇用が少しずつアップデートされるのではないかと思うんですよ。」

 

 

私は話を聞き、「適材適所」という単語が頭に浮かんだ。

 

解雇規制が雇用の流動性を低くし、結果的に低賃金を招くのなら、お金が欲しくて、働くのが得意な人はどんどん働いてもらえばよいのだ。

むしろ「本業」で安定した給料をもらいながら、「副業」でチャレンジできる人もいるかも知れない。

 

そんなことを、荒井さんの話から想像すると、少し楽しくなった。

 

 

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(2024/3/26更新)

 

 

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