クレームはビジネスチャンスの宝庫……。

これは本当なんだろうか?

 

たしかに、改善点に気づかせてくれるお客様の声はある。

でもその一方で、「そんなこと言われてもどうしようもねぇよ」というメチャクチャな言い分も少なくない。

 

役に立つ良いクレームと、そうでない悪いクレーム。

この差はいったいどこにあるんだろう?

 

そこでわたしは、ひとつの答えを見つけた。

 

美容院を出て10分でヘアセットが崩れるというハプニング

先日、ゲストとして結婚式に呼ばれたときのこと。

女友だちといっしょにわたしの行きつけの美容院に行き、ヘアセットをお願いした。

 

わたしを担当してくれた人は何度かお世話になっているトップスタイリストだったが、友人の担当者は初めて見る若い女性。

悪い印象はもたなかったが、友人との会話から不慣れなのが伝わってきて、なんだか頼りなさそうな感じがした。

ちょっと心配しつつも、お互いシンプルな髪型を希望したので、ヘアセットは30分程度でさくっと終了。

 

しかし異変は、美容院を出た10分後に起きた。

 

友人のシニヨンから、毛束が出てきてしまったのだ。

髪の毛がちゃんと固定されておらず、セットが崩れてきたのである。

 

時間も時間なので応急処置をして結婚式へ。

しかし時間とともにシニヨンはどんどん空中分解していき、ヘアピンやボリュームを出すためのもこもこ(正式名称は知らない)が見えてしまうほどに……。

 

結婚式用のヘアセットでこれはあまりにもひどい。

美容院を紹介したわたしとしては、友人に顔向けできない思いだ。

 

でも、美容師の方を責めたところで、もう一度結婚式をやりなおせるわけじゃない。

きっと、ペコペコ謝られるだけ。

 

面倒くさいし言わないでもいいか……とも思ったが、結局わたしは迷った末、伝えることにした。

腹が立ったからではない。

「あなたの仕事はこういう結果になったんだよ」ということを、担当した美容師の方に伝えたかったからだ。

 

自分の仕事の顛末を把握しているか?

わたしはくずれた髪型の写真を添付して、このようにメールした(実際の言い回しは少しちがう)。

「○○さんにお願いしたヘアセットが、このようになりました。1万円を出してプロにお願いした身としては残念です。美容師の方は自分がしたセットがどうなったのかを知ることができないので、あえてお伝えすることにしました。返金や謝罪を求めているわけではなく、あくまで『あなたがした仕事はこういう結果になったんだよ』ということを知ってもらいたいのです」

 

わたしはライターとして記事を書くことをお仕事にしているから、読者の方から直接フィードバックをいただく機会が多い。

自分の記事がどういう人に届いて、どんな受け止められ方をしたか。それを確認することができる。

 

でも、美容師はそうじゃない。髪を切って、お見送りをして、それで終わりだ。

 

自分が担当したお客さんは、次の日思ったより前髪が短くてイライラしているかもしれない。

1回寝たらパーマがグチャグチャになっていて、翌週ちがう美容院でばっさり髪を切っているかもしれない。

客自身がわざわざそれを伝えなければ、自分の仕事がどういう結果になったのか、知ることができないのだ。

 

たとえば、料理人も同じかもしれない。

キッチンにいると、お客様がどんな顔をして食べているのかはわからない。

工場で働いている人も、自分が作っている製品がどんな人に届いているか確かめるのはむずかしい。

 

売り上げなどの数字で人気度を確認することはできても、自分の仕事の顛末を目で見たり耳で聞いたりする機会がない職種は、案外とても多いのだ(ライターが特殊なだけかもしれないが)。

 

良いクレームと悪いクレームの境界線は「仕事の結果かどうか」にあり

わたしは、仕事というのは「だれにどんな影響を与えたか」が大事だと思っている。

 

すべての仕事はだれかの役に立つためのもの。

生活を楽しく、豊かにするためのもの。

だから、売り上げはもちろん、「満足度」というのもまた大切だ。

満足度が高いほど、自分の仕事はだれかの幸せにつながった、いい仕事をした、と言えるのだから。

 

でも、自分の仕事がどんな人にどう届いたかを把握している人って、どれくらいいるんだろう。

きっと、そんなに多くはない。

 

そう考えると、こんなふうに言えるんじゃないだろうか。

「相手の仕事の結果を伝える意見は良いクレーム」。

 

たとえば、こんな連絡だったらどうだろう。

「あなたが勧めた品物の型番が望むものとはちがい、接続できなかった」

「この食材が苦手だと伝えたはずなのに、料理に使われていた」

「約束していた時間に担当者が来ないばかりか完全に忘れていて、連絡も取れなかった」

こういう意見を「理不尽」だと言う人は、なかなかいないと思う。

 

一方、こんな主張だったらどうか。

「品揃えが悪くてほしいものが買えなかった。俺が望むものを持ってこい」

「こんなまずいもの食べられない」

「さんざん待たせやがって。やる気あんのか」

結局のところ、自分の欲望が満たされなかったことに対して怒っているにすぎない。

 

「あなたの仕事の結果がこうなったので困っています」ではなく、「お前のせいで俺が不愉快になったから謝れ」という要求だから、ただのワガママであり理不尽なのだ。

 

「良いクレーム」というのは、だれかの仕事の結果がいいものではなかったということを教えてくれるものだ。

だから、言われた側は謝罪し、反省し、次に活かすことができる。

 

「悪いクレーム」というのは、単なるストレス発散、八つ当たりでしかない。だから、なんの役にも立たない。

そういう意味で、わたしが美容院に伝えたことは「良いクレーム」だったと思っている。

 

「仕事の結果」を伝えるクレームは耳を傾けるべきお叱りの言葉

クレームのすべてが理不尽なわけではないが、すべてのクレームをいちいち真に受けていたら身が持たない。

大事なのは、「耳を傾けるべきお叱りの言葉とただの理不尽の線引き」だ。

この「線」があいまいだと、現場は神を気取ったお客様に振り回されて疲弊してしまう。

 

ではどこに「線」を引くか。

そこで提案したいのが、「だれかの仕事の結果起こったことなのか」を基準に考えることだ。

 

だれかの仕事がいい結果をもたらさなかったのであれば、それはその人の責任。

こちらが悪いし、今後そういったことが起こらないように反省する必要がある。

指摘してくれたお客様には感謝すべきだろう。

 

しかし、とくに落ち度がない、もしくは落ち度があったとしても本来の責任以上のものを背負わせてくる要求は、ただのあちらのワガママだ。

今後に活かしようもないから、さっさと遠ざけるにかぎる。

 

お客様の声がどういう性質のものであるかを見極めるために、「だれかの仕事の結果かどうか」と考えてみるのは、案外便利な線引きじゃないかと思う。

 

さて、最後に美容院の話の続きでも書いておこう。

 

メールをした翌々日、直接話をするために、前髪カットの口実をつくってもう一度美容院へ行った。

担当した方はお休みだったが店長がきちんと謝罪してくれたので、「こちらは怒っていないこと、落ち込まないでほしいことをお伝えください」とこちらも丁寧に答えた。

「次のヘアセットはその方を指名させていただくので、そのときはまたお願いします」とまで言った。

 

しかしその後、担当した美容師の方からの連絡は一切来ず。

 

代表者は店長であっても、「あなた」の仕事の顛末なんだから、わたしは「あなた」と話がしたかったのに。

自分の仕事に責任を持っていれば、改めてわたしに連絡するんじゃないかなぁ……。

 

というわけで、もう行くことはないだろう。

高校生のときから10年近くお世話になった美容院とも、これでお別れだ。

 

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【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

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(Photo:tup wanders)