昔、冷凍うどんの加ト吉から出資を受けていた会社で、経営企画の担当役員をしていた。

 

加ト吉は四国の田んぼのど真ん中、交通の便が非常に悪い観音寺駅の近くに本社を構えていたおかしな会社で、一帯は典型的な企業城下町だった。

そのため片道4時間をかけて業績報告に行っていたのだが、担当の黒田栄吉常務は懐の深い人で、親子ほども年の離れた私をいつも歓待し、かわいがってくれた。

 

加ト吉創業期の苦労話、

いい歳して20ゲーム連続でボーリングをした話、

湯原温泉には今も混浴があるぞ!など、楽しそうにお話するお顔は今も鮮明に覚えている。

 

そんなある日、黒田常務がひとしきりの仕事の話を終えると試すように、私にこんな質問をした。

「ところで桃野君。キミはホリエモンのことをどう思う?」

「ライブドア社長の堀江さんですか?」

「そうだ」

 

少し当時の説明をすると、ホリエモンが経済界の異端児として、相当な大暴れをしていた時だ。

マーケットの仕組みや法律の盲点を突き、株式分割を繰り返しては実態を伴わない形で株価を吊り上げ、高騰した株価を元手に企業買収を繰り返す。

その手練手管は賛否両論で、少なからずバッシングを浴びていた。

 

40代以上の人であれば、最後にはフジテレビを買収しようとして失敗し、

「想定内です!」

と、強がるホリエモンの姿を記憶している人も多いだろう。

 

ホリエモンはそれから数年後の2006年1月、証券取引法違反で逮捕され実刑判決を受け、服役している。

黒田常務は、そんな勢いで大暴れしている真っ只中のホリエモンをどう思うかを、私に聞いてきたということだ。

 

「下品です。違法でなければ何をやってもいいという彼の経営手法には共感できません。」

「そうか、ありきたりの答えだな。キミも若手経営者の一人なのに、意外におもしろくないんだな」

 

「黒田常務は、ホリエモンを評価されているんですか?」

「評価するかどうかはともかく、彼はおもしろいよ。賛否両論はあるだろうが、今の時代に必要な男だ。」

 

「そうですか」

「そうだ」

 

結局この日、私は黒田常務の不興を買ったのか、いつもより早めに田んぼのど真ん中に放り出された。

 

 

話は変わるが先日、帝国データバンクの倒産速報で、友人が取締役を務める会社が民事再生法の適用を申請したメールが流れてきた。

全国にホテルを展開する会社で、まだ歴史の浅い会社だ。

すぐに友人にメッセージを送ると、

「最善の選択だったと思います」

と、短い返信が返ってきた。

 

ホテル事業は、スタートアップの時期に一番お金が掛かる。

特に彼の会社では、売上の与信で銀行借入れを起こし、新規開業を繰り返していたので、その時にコロナウイルスで観光業が完全に死ねば、どんな経営者でも立て直せるはずがない。

いわば交通事故のようなもので、何かを考える猶予すら無いままに、一瞬でキャッシュが枯渇したのではないだろうか。

 

しかし友人には怒られるかも知れないが、このようなケースはある意味で「楽」かもしれない。

何をどうしたところで絶対にどうにもならないので、シンプルに法的整理を選択する以外に方法がないからだ。

 

一方で、死の寸止めをされているような事業の経営者は今、本当に苦しんでいるはずだ。

例えば飲食業などで、売上が一瞬で蒸発してしまったものの、固定費負担がまだ致命傷には至っていないようなケースだ。

一瞬で死ぬことができないから、当然いろいろと生き残り策を模索する。

 

しかし緊急事態宣言は延長が続き、なかなか出口が見えない。

出口が見えないストレスほど、人の心を折るものはない。

今はまだ、多くの人にとって肌感覚での痛みは無いかも知れないが、「不要不急の仕事」の多くが制限されている今の状況が続けば、より多くの人の痛みになるのは時間の問題だ。

 

人はルールを守って死ぬことなどできない

このような状況が続く中、昔、明治生まれの祖父から聞いた山口良忠氏の話を思い出した。

山口良忠氏は1913年(大正2年)に佐賀県で生まれ、1947年(昭和22年)10月11日に33歳の若さで亡くなった元裁判官だ。

死因は栄養失調に伴う肺結核。

 

1947年10月といえば日本の敗戦から2年余りで、全国的に食料や物資が不足し、食料が配給制だった時代にあたる。

当時は食糧管理法という法律があり、配給された食料以外の米は闇米と言われ、購入する行為は厳しく罰せられた。

そして山口氏は、その食糧管理法違反で起訴された被疑者の事案を主に裁く裁判官だった。

 

そんなこともあり、山口氏は闇米に手を出すことを良しとせず、配給された米以外は一切口にしなかった。

そして僅かな配給米をすべて子供たちに食べさせ、自分は妻と共にほとんど汁だけの粥で過ごしていたのだが、その結果として栄養失調に陥り、命を落とすことになった。

 

これは相当に異常なことだ。

国が定めた法律を守れば死ぬのだから、そんな法律を守る意味はなく、もはや国としての体をなしていない。

当然多くの国民は法律を守らず、闇米を求め田舎に出向き、自分と家族の命を守るために農家などから直接食料を買い付けた。

 

そして法律を厳格に守り亡くなった山口氏のニュースがメディアに流れると、国民の間では賛否両論、大きな議論になる。

山口氏を、裁判官としての模範であり、英雄で本物の日本人であると称える論調。

一方で、無茶な法律を墨守して命を落とした愚か者であるかのように書くメディアもあった。

 

恐らく現代の価値観で言えば、

「自分なら、法律違反であっても自分と家族の命を守るために闇米を買う」

と考える人がほとんどではないだろうか。

守れば死ぬような法律に従う「素直な人」は、ほとんどいないだろう。

それは今も昔も同じで、だからこそ多くの人が法を犯し、闇米を求め自分と家族の命を繋いだ。

 

この辺りの話は、佐賀県白石町や北海道弁護士連合会の公式Webサイトなどでも読める。

白石町 山口良忠

山口は配給のほとんどを2人の子供に与え、自分は妻と共にほとんど汁だけの粥などをすすって生活した。自ら畑を耕してイモを栽培したり栄養状況を改善する努力もしていたが、次第に栄養失調に伴う疾病が身体に現れてきた。しかし、「担当の被告人100人をいつまでも未決でいさせなければならない」と療養する事も拒否した。そして、1947年8月27日に地裁の階段で倒れ

昭和22年(1947)9月1日に2件の判決を言い渡した後、同月7日に白石町(昭和11年4月1日町制)へ帰郷し療養するも、10月11日、栄養失調に伴う肺結核により33歳で死亡。

北海道弁護士会連合会 ─虚像を斬る─ 山口判事没後55年に思う

一事が万事でもなかろうが、昭和の歴史に記録されている「山口判事の死」に関して証拠に基づかないさまざまな虚構や勝手な評論・批評が横行している。その時世に都合がよいように仕立てられ、使い分けられ、それがそのまま引用され、さらに巧みに尾ひれさえつけられて伝えられている。

そしてコロナ禍にある今。

ルールを守って営業している飲食店などにまで、「自粛警察」と呼ばれる一部の人たちからの嫌がらせが相次いでいる。

僅かでも売上を稼がなければ間違いなく死ぬのだから、定められたルールの中でお店を開けるのは当然のことだ。

 

恐らく攻撃している側の人も、同じ立場になればそうするだろう。

それとも、自粛要請の延期が続き自分の生活まで成り立たなくなるところまで影響が出ても、自分なら家族とともに餓死を選ぶとでも言うのだろうか。

 

間違いなく断言できるが、闇米がそうであったように、死活問題が自分のところにまで及んだら誰だって、自分と家族の命を守るために行動するはずだ。

少なくとも、ルールを守って必死に自分と家族を守るために戦っている人を非難するようなことは、絶対にすべきではない。

 

ホリエモンは下品な経営者なのか

そして冒頭の、ホリエモンの話だ。

当時は2000年代前半で、バブル崩壊後で世相は決して明るくはなかったが、それでもまだ、日本はなんとかなるという根拠のない安心感が多くの人の本音だった。

 

しかしその後、日本の白物家電は台湾、中国、韓国に飲み込まれ、お家芸だった半導体まで取られ、国際競争力はより深刻さを増している。

まさか三洋が中国に、シャープが台湾のメーカーに買収されるなど、当時は誰も想像もしていなかったはずだ。

 

しかし黒田常務はもちろん、財務のスペシャリストであり、財界でも活躍していた経営者だ。

であれば、日本のこの近未来は当時から正確に予想していただろう。

そして、誰もが常識やルールを守って満足しているだけの日本では、いずれ必ず食えない時代が来ると、強い危機感を感じていたのではないだろうか。

 

そんな黒田常務から

「ところで桃野君。キミはホリエモンのことをどう思う?」

と聞かれ、私は、

「下品です。違法でなければ何をやってもいいという彼の経営手法には共感できません。」

と回答したことになる。

言ってみれば、大局観も無く、自分がまだ痛みを感じる立場にいないからこそ偉そうなことが言える、「自粛警察」だったということだ。

 

あれからずいぶんの時間が経ち、自分の与信で会社を経営し一端の負債を積ませてもらうなど、ちっぽけながら経営者として経験の幅を広げることができた。

 

その上で、今もう一度黒田常務にお会いすることがあり、

「桃野君。改めて聞くが、ホリエモンのことをどう思う?」

と聞かれたらきっと、

「賛否両論はあると思いますが、彼は今の時代に必要な経営者です」

と答えるだろう。

 

必死になってギリギリを攻めること、しかもそれを自然体で楽しんでいる姿は、経営者としての一つの理想だ。

彼の生き方を批判的に論じたいのであれば、その境地に追いついてからでないと、とてもできない。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

「毟(むし)る」という漢字は少ない毛と書きますが、これが言葉の暴力でなく何だというのでしょうか(怒)。

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