コロナウイルス下での「謎マナー」

最近、働き方が変わったためか、「マナー」に関する記事をちょこちょこ見かけるようになった。

特にテレワーク関連は盛況だ。

 

コロナ禍による初めてのリモートワークで、ありがちなルール違反3つ(プレジデント)

Web会議初心者が不快感を与えないための最低限のマナー10選!(起業ログ)

 

もちろん、マナーは不要、などと言うつもりは毛頭ない。

人と人がコミュニケーションをとる上で、マナーの果たす、潤滑油としての役割は大きい。

 

だが、過剰なマナーもまた、問題だ。

下の記事では、「ホントかよ?」と思うような、謎マナーまで紹介されている。

「テレワークの新しいマナー」なんていらない (1/3)

「オンライン会議を終わる時、取引先や目上の人がログアウトするまで出ない」

「相手に不快感を与えないよう、背景はバーチャル背景を使わなければならない」

「例え画面越しであっても、相手の目をしっかり見て話す」

 

本当にこんな組織があるのかどうかは、正直よくわからない。

だがリモートワークに限らず、マナーに異常にこだわる組織が存在しているのは、事実だ。

 

例えば日系の古参メーカーに、外資系に勤務していた知人が転職していたのだが、まず注意されたのが「メールのマナー」だったと聞いた。

・「ご苦労さま」を使ってはいけない

・「役職・肩書」の記述順序を間違ってはいけない

・「地位に準じた、メールの宛先の順番」を守らなくてはいけない

上の例以外にも

会議におけるマナー

他部署とのやり取りのマナー

役員へのマナーなどがガチガチに決まっており、さらにそれらを遵守させる「マナー警察」のような人々がいたそうだ。

申し訳ないが、「暇なのかな?」と、失笑を禁じえない。

 

私自身も、つい先日とある政治家の秘書に取材をした時、

「この時代になっても、相手の前でノートPCを開くことは失礼という政治家が結構いる」と聞いた。

彼は

「いつの時代だよ、って話ですよね。」

と笑っていたが、一方で、

「その程度で目をつけられるのアホくさいので、政治家の前ではノートPCを使わないようにしてます」

ともおっしゃっていた。

 

こうした、コミュニティや組織に固有の「ビジネスマナー」に関しては、その過剰さゆえに、もちろん反発もある。

【礼儀2.0】648人が回答した「謎ビジネスマナー」は日本社会の縮図だった(ビジネス・インサイダー)

・アンケート回答者の9割が、「無駄なビジネスマナーがある」と感じている

・年齢層を問わず「礼儀1.0にうんざり」という人はいる

・過剰な「取引先マナー」に違和感を感じている人も多かった

記事中で紹介されている「謎マナー」は、コンサルタント時代のクライアントにも少々心当たりがあり、私も当時

「この会社は、なんでこんなこと気にしてんだろ。」

と思った記憶も多数ある。

 

ただ、記事には「日本社会の縮図」とあるが、こうした「謎マナー」の存在は、もちろん日本だけではない。

こうした現象は世界のあらゆる場所、組織に見いだされる。

宗教団体の戒律。

田舎のローカルコミュニティにおける慣習。

学校の先生への態度。

 

「謎マナー」は、あらゆる組織、コミュニティにうまれ、そして所属する人々を「これは無駄ではないか?」と悩ませる。

 

だが、一体なぜこうした事が起きるのだろう。

多くの人が「無駄だよね」「謎だよね」と思っていれば、そんなものはとうの昔になくなっているはずだ。

 

だが、「謎マナー」はしぶとく生き残る。

私にはそれがずっと、不思議だった。

 

少数決原理

ところが最近になり、その謎がようやく解けた。

原因は「少数決原理」にあった。

 

少数決原理とは何か。

ナシーム・ニコラス・タレブは、著書の中でモデルを示し、次のように述べている。

社会における道徳的価値観は、民意の進化によって形成されるわけではないと予想できる。

むしろ、不寛容であるというただ一点の理由だけで、ほかの人々に道徳を押しつけるもっとも不寛容な人によって形成されるのだ。

要するに、世の中の規範は、ほんの僅かな頑固で不寛容な人たちに、皆が「まあ、これくらいならいいか」と妥協してしまうことで形成されるのだ

 

例えば、こんな話である。

・遺伝子組み換え食品を食べる人は、遺伝子組み換えでない食品も食べる。だが、逆は成り立たない。つまり、遺伝子組み換え食品を食べないほんのわずかな(たとえば全体のたった5パーセント程度の)人々が、地理的にまんべんなく散らばっていれば、全員が遺伝子組み換えでない食品を食べざるをえなくなる。

・ピーナッツ・アレルギー持ちの人はピーナッツを少しでも含む食品を決して食べないが、ピーナッツ・アレルギー持ちでない人はピーナッツを含まない食品を食べられる。

・コーシャ(またはハラル)食品を食べる人々は、コーシャ(ハラル)認定されていない食品を決して食べないが、それ以外の人々がコーシャ食品を食べるぶんには何の問題もない。したがって、アメリカ社会にはコーシャの人々は0.3%以下しかいないのに、ほとんどの飲み物がコーシャになる。

・パーティーに女性が1割以上いるなら、ビールだけ出すわけにはいかない。だが、ほとんどの男性はワインも飲む。だから、ワインで統一すれば、グラスは1組で足りる。

これは当然、マナーにも適用される。

 

つまり極端にマナーを気にする「マナー警察」が、5%程度もいれば、全員が地雷を踏まないように、そのマナーを気にしだすのだ。

これが「謎マナー」の生まれる原因だ。

 

「あのよくわかんないマナー、みんな気にしてるんですかね?」

と聞いたら、まず100人中、95人は「気にしない」と答える。

だが、たった5人でも「超重要だろ!何いってんだお前!常識だ!」と喚き散らす、非妥協的な人物がいれば、そのマナーは守らざるを得ない雰囲気になる。

 

結果的に、会社員であれば、そうした「謎マナー」を無視できない。

なぜなら「マナーは地雷」だからだ。

 

知らずに踏むと大怪我をし、一部の頑迷な権力者の不評を買えば、キャリア上致命的になることもある。

だから皆、マナーに関しては超保守的になる。

「まあ、これくらいなら、声を上げるのも面倒だし……従っとくか。」

と、95%の人は思うのだ。

 

要するに「必要以上に騒ぎ立てるやつ」が、圧倒的に得をする。

「声が大きい人が得をする」と言われるのも、そのためだ。

 

そして、民主主義の致命的な弱点も、ここにある。

タレブは、このように言う。

間違いなく、不寛容な少数派が民主主義を操り、破壊する危険性はある。やがては、きっと私たちの世界を破壊するだろう。

確かに、民主主義の綻びは、随所に見られる。

 

頑迷な一部の利権団体などが強固に主張すれば、大衆は

「面倒だから、ま、いいか」

という「事なかれ主義」に呑まれてしまう。

 

「絶対に自分の利益を代表する団体にしか投票しない集団

が、支持層の人数以上に、強力なパワーを持ってしまうのはそのためだ。

 

「過剰なビジネスマナーが存在する組織」は、たいてい、停滞している。

もちろん、あらゆる組織もこの問題を抱えている。

だから、過剰なビジネスマナーの存在は「組織の停滞のシグナル」とみなしてよい。

 

なぜか。

それは、「過剰なビジネスマナーが存在する組織」は、事なかれ主義の温床だからだ。

その構成員は

「地雷を踏まない」

「慣習に従う」

ことが最優先になり、合理性や成果が二の次になりやすい。

 

・「過剰なビジネスマナーを徹底するコスト」を、容認する

・「声の大きさ」でルールが決定されてしまう

・「形式」にばかりこだわり、成果を追求しない。

・堂々と交渉せず「迎合すること」がカルチャーとなっている

 

要するに、少数決原理の負の側面が、色濃く出てしまっているのが、「過剰なビジネスマナーを強いる組織」だ。

 

だが、そのような組織に成長はない。

あるのは停滞と、その先にあるゆるやかな滅びだ。

 

もし自分が所属する会社が「謎マナーが多いな」「謎マナーが増えたな」思っているなら。

おそらく組織は停滞しているか、その徴候が見られるだろう。

もしかしたら、それを世間では「大企業病」というのかもしれない。

 

 

 

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【著者プロフィール】

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元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者(tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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