今年もあと三ヶ月。令和という年号にもさすがに慣れた。

そんな時にすまない。私は昭和の音楽を聴いている。

具体的には1970年代のヒット曲。これを毎日のように聴いている。

 

しかし昭和の曲というのは面白い。

同じ日本のはずなのに、もはや現代とは違った文化のように感じられる。

たとえば昭和のヒット曲では、登場人物がひんぱんに汽車に乗っている。

当時は普通のことだったんだろうが、令和二年の今聴くと、そこが妙に気になってしまう。

 

このあいだ昭和のヒット曲をシャッフル再生していた時なんか、イルカの『なごり雪』で、

「汽車を待つ君の横で僕は 時計を気にしてる」

と歌われた後、ちあきなおみの『喝采』で、

「動き始めた汽車に ひとり飛び乗った」

と歌われて、おまえら汽車ばっかりかと思っていたら、次はチューリップの『心の旅』。

「ああ 明日の今頃は 僕は汽車の中」

一人で笑いそうになっていた。

 

シャッフル再生が繰り出した、汽車・汽車・汽車の三連打。

ポッ・ポッ・ポーッという感じ。煙まみれ。すごくむせる。

 

昭和という時代においては、汽車を待つことがドラマになり、汽車に飛び乗ることがドラマになり、明日は汽車の中にいると想像することですらドラマになっている。

「遠くへ行くこと」の象徴として汽車という乗り物が存在しており、人が遠くへ行く時にドラマは生まれるものだから、歌謡曲に汽車は欠かせないということか。

 

『なごり雪』を現代風にするとどうなるか

私は汽車に乗ったことがない。物心ついた時には電車だった。

汽笛の音にも実感はない。たぶん一度もその音を聴いたことはないと思う。

汽車じゃなくて電車じゃねーの、と思う程度には、私も現代の人間だということだ。

 

だから昭和の曲を聴きつつも、これを現代に置き換えるとどうなるのかを想像してしまう。大抵はだいなしになる。

たとえば、先ほども引用したイルカの『なごり雪』。

 

定番の昭和の名曲であるが、この曲の冒頭を現代風にアレンジすると、

「電車を待つ君の横で僕は スマホを気にしてる」

になり、全然パッとしない。

 

「電車を待つ君の横で」という言葉のリズムの悪さも気になるが、「スマホを気にしてる」が致命的だろう。

これじゃあ、別れよりもツイッターのタイムラインを気にしてるように見えるし。

 

昭和と令和で変わったのは移動手段だけではない。

連絡手段も変わった。

昭和の楽曲において連絡手段は手紙である。

だからこそ、昭和の曲における汽車の別れは重い。

 

しかしスマホのある現代では、電車に乗った直後にLINEで会話ができる。

手紙のまどろっこしさとLINEの速報性の違いは大きい。

しばらく連絡が取れないからこそ、ドラマは盛り上がるのだ。

 

現代における駅の別れでは、男女がプラットホームで静かに抱き合い、別れを惜しみ、とうとう電車が到着し、男が乗り込み、女はホームに残り、去ってゆく電車を見つめながら、スマホを取り出してメッセージを送る。

 

ペコン、という通知音も鳴る。

これは、ドラマが死んだ音である。

 

平成のヒット曲でもすでに時代を感じる

じつは、平成のヒット曲でも、すでに似たような現象が起きている。

たとえば、1998年にリリースされた宇多田ヒカルの『Automatic』。

200万枚売れたデビュー曲だが、この曲の冒頭は以下である。

「七回目のベルで受話器を取った君

名前を言わなくても声ですぐ分かってくれる」

「七回目のベルで受話器を取った君」がすでに微妙なところで、家庭用の固定電話は確実にその存在感を落としているし、「受話器」という言葉を、人はあまり口にしなくなっている。

 

これも現代風に言い換えると、「七回目のベルでスマホを取った君」だろうか。

いや、「七回目のベル」もすでに使われない表現かもしれない。

スマホにも着信音はあるが、それは電話のベルとは少しニュアンスが違うだろう。

 

それに、スマホの着信音というと、私なんかはiPhoneの初期設定だったマリンバの音を思い出してしまう。

となると、令和版の『Automatic』は、

「七回目のマリンバでスマホを取った君」

ということになるが、これはもはや悪い冗談でしかない。

名曲の威厳はどこか遠くに吹っ飛んでいる。

そもそも、マリンバに「七回目」という表現を適用していいのかも分からない。

 

電話のベルは音と音が静寂によって明確に区切られていたが、iPhoneのマリンバは繋ぎ目をほとんど意識させず、なめらかにループしている。

七回目ではなく、七周目と言ったほうがしっくりくるかもしれない。

「七周目のマリンバでスマホを取った君」が正解だろうか。

 

いやまあ、この歌詞を推敲したところで、どこにも行けないんですが。

さらに『Automatic』の歌詞を見ると、これに続く次の歌詞も微妙なところで、

「名前を言わなくても声ですぐ分かってくれる」

二人の親密さがこのように表現されるのだが、これもスマホだと成立しない。

着信と同時に画面に名前が出るからだ。

声を聞くまでもなく、自分が誰なのかは相手に通知されている。

 

スマホの場合、連絡先さえ登録していれば、会社の上司だろうが、微妙な距離感の知り合いだろうが、行きつけの歯医者からの予約今日ですよという連絡だろうが、すぐに誰なのかは分かる。

よって、現代版の『Automatic』では、七周目のマリンバでスマホを取った君が名前を言わなくてもすぐに気付いてくれるのだが、それは私の声を知ってくれていたからではなく、画面に名前が出ていたからである。

 

なんというか、ミもフタもないし、夢も希望もない。

 

あらゆる小道具がスマホ化する

『なごり雪』では時計をスマホに言い換えて違和感がなかったし、『Automatic』では電話をスマホに言い換えて違和感がなかった。

 

要するに、以前は機能ごとに存在していたさまざまな道具が、スマホに集約されてきたということだ。

考えてみれば、カメラだって今はスマホと言い換えられる。

電子決済が普及してきたから、財布もスマホと言い換えられる。

電子書籍が普及してきたから、本もスマホと言い換えられるし、電子チケットが普及してきたから、乗車券もスマホと言い換えられる。

 

ドラマに登場するありとあらゆる小道具が、スマホに置き換えられる気がしてくる。

現代におけるドラマの小道具は、スマホだけあれば十分なのか。

文庫本(スマホ)を読んでいた君に恋をして、君が落とした財布(スマホ)を拾うことで出会いが生まれて、二人はたくさん手紙(スマホ)を書いて、毎晩のように電話(スマホ)をする。

 

はしゃぐ君の笑顔や、静かに眠る君の横顔を写真(スマホ)に撮って、一年も過ぎた頃には、二人の想い出の写真を集めたアルバム(スマホ)が一杯になる。

なのに君は遠くの街に行くことになって、駅での別れ際、二人の涙で乗車券(スマホ)が濡れる。

防水機能が付いていたため、故障はせずに済む。

 

こうなるともう、曲名も『スマホ』にするしかないが、登場人物がこんなにスマホばっかり見てる曲、全然売れない気がする

ヒットの予感がまったくしない。

 

昭和のヒット曲では登場人物がやたらと汽車に乗っていたが、令和のヒット曲では、登場人物はずっとスマホを見ることになるんだろうか。

登場人物は全員、極度の眼精疲労。

別れが悲しくて泣いているんじゃない。この涙は目の疲れ。

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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【プロフィール】

著者名:上田啓太

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