口に出した瞬間に人間関係が終わる、強烈な言葉がある。

 

「鳥貴族ってマズイから嫌いなんだよね」

「有馬温泉なんて、たいしたことないやん」

というたぐいの、“否定の暴力”だ。

 

一生懸命に飲み会の会場を考えてくれた幹事や、温泉旅行に行って楽しかったと嬉しそうに話してくれる友人への、返事のことである。

 

これほどに信頼関係を壊し、淡い恋の始まりすら台無しにする言葉は、他になかなか無い。

きっと誰しも1回や2回、そういう苦い思いをした記憶に、思い当たるフシがあるはずだ。

 

そんなこともあり令和の今、ポジショントークで「否定をバラまくことが仕事」のオールドメディアがますます衰退しているのだろう。

そもそも、新聞記者よりも鉄道マニアのほうがよほど鉄道問題に詳しいし、歴史マニアのほうがよほど史実を多面的に理解しているものだ。

インターネットで誰でも情報が発信できる今、知識・経験でもオールドメディアの記者に勝ち目はない。

 

そんなことを漠然と考えていた時、まさに「日本一のマニア」であると自負している私の“テリトリー”で、とんでもない“否定の暴力”を発信している著名なジャーナリストをみかけることがあった。

宜しければ少しばかり、そんな与太話にお付き合い頂きたい。

 

“スパイが入り込んでいる”

お話を始める前に、私が日本一のマニアであると自負しているジャンルを少しだけ、ご説明したい。

私が日本一と自負しているのは、「自衛官オタク」というジャンルだ。

陸海空自衛隊の将官はもちろん、1佐(大佐相当)以上の幹部のキャリアについては、過去10年以上にわたり、全ての人事記録を残している。

 

出身地はどこで、どこの大学を出て、学生時代の部活は何をしていたか。

若い頃からどんな補職(キャリア)を歩んできたのか。

誰の親分・子分で、誰のことが好き/嫌いなのかといった人間関係を含め、研究対象にしている。

お名前とお顔、キャリアが一致する人は、ざっと数百人はいるだろうか。

 

客観的にみて、私は相当頭がおかしい。しかしマニアとはそういうものなので許してほしい。

 

そしてそんなある日、先述のように著名なジャーナリスト、門田隆将氏がXでこんな発言をしているのを見かけた。

 

要旨2018年に発生した、韓国軍による海上自衛隊機への攻撃行為を不問に付した海上幕僚長(海自トップ)など、更迭されて当然という発信である。

著名なインフルエンサーでもあるので、この発信に対しフォロワーたちも、こんな書き込みで応じている。

 

“事なかれ主義も極まってるね。つまらん役人がトップとは・・辞めて正解だょ。“

“有事が近くなって来ているのでしょうか。平時なら、こんなポンコツでも飾りになりますが。”

“何処までスパイが入り込んでいるのか”

 

ふ ざ け ん な お 前 ら

 

これほどに何も知らない人たちが、人や組織を軽々しく批判するなど余りにも軽率であり、噴飯ものである。

それに釣られて同調している人たちも、同様だ。

 

そこで「自衛官マニア」の、知識の出番である。

おそらく門田氏も、そのフォロワーさんも全く知らないと思うが、彼らが攻撃している酒井海上幕僚長(当時、以下敬称略)とは、どういうキャリアを歩んできた自衛官なのか。

本当に事なかれ主義のポンコツなのか。

詳細を話せばキリがないので、象徴的なお話をしたい。

 

今を遡ること14年前、2010年2月のことである。

2009年9月に誕生した民主党政権から半年も経っておらず、総理大臣は鳩山由紀夫、民主党幹事長は小沢一郎という時代だ。

国民は政権交代に熱狂し、民主党政権は文字通り、国民の支持を背景に勢いに乗っていた。

 

そんな中、鳩山は総理に着任すると早々に、海上自衛隊がインド洋で行っていた国際貢献活動の撤収を命じる。

アメリカ同時多発テロ以降、米国をはじめとした同盟国・友好国が「対テロ戦争」を遂行するにあたり、自衛隊が燃料の提供などを通じて後方支援を行っていたものだ。

 

当然のことながら、同盟国・友好国が戦っている中、後方支援からすら離脱するなど、信頼関係に影響が出ないわけがないだろう。

そんな“裏切り”をするような日本が攻められたなら、その時、どこの国が助けてくれるというのか。

しかし鳩山は、そんな国際事情をかえりみることなく、自衛隊の撤収を命じる。

 

そしてまさにその時、撤収を命じられた最後の指揮官が当時、第7護衛隊司令であった酒井であった。

酒井はこの命令を現地で受けた際、メディアからの質問にたったひとこと、こう回答している。

「撤収は今後、我が国の戦略に影響があるのではないか」

 

現役の幹部自衛官として、総理批判ととられるかどうかの、ギリギリの表現だ。

そのギリギリの表現に、無念さと政権批判を滲ませている。

 

将来の海上幕僚長に向け順調にエリート街道を昇っていた酒井にとって、更迭覚悟の発言である。

まして当時は、繰り返しになるが民主党政権が勢いに乗っていた時代だ。

加えて、2011年の東日本大震災の前なので、まだ自衛隊に対する世間の理解も進んでいない世相でもある。

よく左遷されなかったものだと、今も不思議に思っている。

 

「いやいや、いくらなんでも総理大臣が、そんな軽率に人事に介入などできないのでは?」

そんなふうに思われるだろうか。

実は同じ2010年2月、同様に“ギリギリの政権批判”をして更迭された自衛官が実際にいる。

第44普通科連隊長であった、中澤剛・1等陸佐(当時)だ。

 

中澤は、王城寺原演習場で行われた日米共同訓練の開始式で、こんな訓示を述べる。

「同盟というものは、『信頼してくれ』などという言葉だけで維持されるものではない」

 

言わずもがな、鳩山総理がオバマ大統領に伝えた「trust me」を暗に批判し、「国防を舐めるな!」という怒りを滲ませたものである。

これに対し鳩山は、中澤に対し文書による「注意処分」を下し、翌月には連隊長職から更迭してしまった。

 

酒井が許され、中澤が許されなかった基準はよくわからないが、中澤のほうがより”色の濃いグレー”と判断されたのだろう。

いずれにせよ酒井は、保身よりも国防を、自らの出世よりも筋を通すことを選び、リーダーとしての矜持を体現した。

日米同盟を基軸とする我が国の安全保障体制が揺らぐことに、職を賭して最高指揮官・鳩山に抗議をしたということだ。

 

そんなキャリアを積み上げ、海上幕僚長(海上自衛隊トップ)にまで昇った酒井に対し、門田氏とそのフォロワーは、

「日本のために退任は妥当」

「事なかれ主義も極まってる」

「何処までスパイが入り込んでいるのか」

という“否定の暴力”をぶつけたのである。

 

そもそもとして、韓国軍による火器管制レーダー照射を不問にするかどうかの外交判断など、制服組にできるわけがないだろう。

もしその判断ができるというなら、その逆、

「韓国軍を徹底的に許さず、準同盟関係を破棄する」

という判断も、制服組ができるということだ。

そんな権限が制服組に与えられているわけがないこと、なぜわからないのか。

 

“否定の暴力”というのはこのように、言う方はいつも軽率で、言ったことを覚えていないほどに軽い。

どうか、影響力のあるジャーナリストとして、インフルエンサーとしてもう少し、「否定という暴力的な手段」の行使について、考えて欲しいと願っている。

 

“否定の暴力”の正体

思えば私たちは、「誰かや組織を否定すること」の重さを、余りにも軽く考え過ぎている。

そもそも否定というのは、相手を圧倒するほどの情報と知識が前提になる行為だ。

情報と知識に基づかない否定はただの感情論で、何も生み出さない。

 

にもかかわらず、お気軽に“知識人”を装う、あるいは対人関係でマウントを取る手段として人はすぐに、“否定の暴力”を行使する。

 

「鳥貴族ってマズイから嫌いなんだよね」

「有馬温泉なんて、たいしたことないやん」

 

というたぐいの、“俺のほうがわかっている”という、百害あって一利なしのコミュニケーションである。

 

オールドメディアやその記者がそうであるように、表面的で浅薄な知識による“否定の暴力”など、インターネットの時代にはすぐに暴かれ、カウンター攻撃を喰らうものだ。

広大なインターネットの世界には、どんな狭い領域にも、信じられないほどに知識をため込んだマニアが居るので当然である。

だからこそ、ポジショントークで否定的な言葉を紡ぐオールドメディアにはどんどん、居場所がなくなっていくのだろう。

 

否定では決して人や組織は育たないし、良い人間関係など生まれない。

短所を攻撃されたら人は反発するだけで、そこに生まれるのは嫌悪感や憎しみだけなのだから。

だからこそ 、人と組織を上手に育てるリーダーは、“否定の暴力”を行使しない。

もちろん、それはやがて”好意”に形を変え何倍にもなり、リーダー自身に返ってくることになる。

 

“否定の暴力”が余りにも軽く行使される時代だからこそ、“本物の知性と品格”が問われている。

ぜひ、一人でも多くの人にそんなことを考えて欲しいと願ってる。

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

飲食店でも、例えば帰り際に、
「今日頂いたキッシュ、すごく美味しかったです。必ずまた来ます」
と伝えるだけで、もう2回目からは常連のように歓迎されます。

「ソースの味がイマイチじゃないかな」などと言ってみれば、いつでも嫌いになってもらえます。
信頼関係に基づかない否定は、相手の心に届きません…。

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Photo by:UVolodymyr Hryshchenko