「秘すれば花」という有名なフレーズがある。これを述べたのは「世阿弥」という人物であり、教科書にも出てくるような有名な人物だ。父の観阿弥とともに猿楽(能楽)で大成したことで知られる。
さて、「秘すれば花」という言葉は、世阿弥の著書である「風姿花伝」に記されている。
この本は今から500年ほど前に書かれたものであるが、内容は一子相伝とされ、代々その技を受け継ぐ者だけに読まれてきた秘伝中の秘伝とされている。
風姿花伝が世に出たのは明治42年、吉田東伍博士が『世阿弥十六部集』として発刊した時からである。それまでは一般の人が見ることはかなわなかった。
風姿花伝の優れたところは様々あるが、最も面白いと思われる部分は
「花」
についての講釈である。
「花」とは何か。花とは一般的には美しいもの、愛でるものとして解釈される。観客やお客さんは、「花」を求めて芸を見る。現代であれば、「花」を求めて製品を購入し、サービスを利用すると言ってもいいだろう。
では世阿弥の言う「花」の本質とは何か。
”そもそも花というもの、万木千草四季折々に咲くものであって、その時を得た珍しさゆえに愛でられているのである。申楽においても人の心に珍しいと感じられる時、それがすなわち面白いという心なのだ。
花、面白い、珍しい。これらは3つの同じ心である。いずれの花でも散らずに残る花などあろうか。花は散り、また咲くまた咲く時があるがゆえ珍しいのだ。”
人はなぜ桜を美しいと思うのか。1年に一度しか咲かず、すぐ散ってしまうからである。人は「珍しさ、面白さ」に惹かれて、行動する。
”その時々の世相を心得、その時々の人の好みに従って芸を取り出す。これは季節の花が咲くのを見るがごときである。”
世阿弥はすでに500年前に「マーケティング」を理解していたと言っても良いだろう。そして、「秘すれば花」のフレーズは次のように紹介されている。
”秘すれば花なり。秘せずは花ならず、という。この違いを知ることが、花をしる重要点である。そもそも一切、諸道、諸芸においてその家々で秘事とされるものは、秘することによって大きな効用があるゆえである。
つまり秘事は露見すれば、秘密にしておくほどのものではないのだ。(中略)
「ただ珍しさが花なのだ」ということをすべての人が知ってしまえば、さあ、珍しいものが見られるはずだと思い期待する観衆の前では、いくら珍しい芸を披露してみたところで、見ている人の心に珍しいという感覚が生まれるはずもない。
見ている人にとってそれが花だということがわからないからこそ、シテの花ともなるものなのだ”
つまり、顧客の満足を高めるためには、「期待を超える」事こそが大事であると、今ではどのマーケティング書も書いているが、世阿弥は500年前にそれを見抜いていたということだ。
恐るべし。
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